10 裏切り者の正論
「ふんっ!」
ブオンッ
ゲールラの強烈な槍の突き込みがテルの横をとおりすぎる。それを紙一重でかわし後ろに下がるテル。
残念ながら特別に狭く加工されていたのだろう。会議室の扉はテルはすんなり通ることができたもののエルエイルには少し狭かったらしい。つっかえていてなかなか入ってくるのに苦戦している。
その間テルはゲールラと戦わなければいけないのだが、残念ながらテルでは100回戦ってもゲールラに勝てる可能性は0回であった。
力強さ、槍のコントロール、体さばき、全てにおいてゲールラのほうが優れている。
本来将軍は軍隊の指揮さえできていれば十分なのだ。だが、ゲールラは自分の体も鍛えることで部下の手本となっていた。
副官の史郎もまずは自分の槍の腕前を鍛えていた。その上で軍隊の指揮の仕方を学んだのだ。
「ふん、ふん、ふん!! 突き込みが甘いわ!!」
「くっ!!」
ぎりぎりの回避ではテルが優っている。しかし、体力が尽きればやがてテルも攻撃を食らうこととなるだろう。
そのため反撃を試みるも、軽くかわされる始末であった。
テルは槍を扱って鍛えているとはいえ、内政官にしては、という但し書きがつく。テルの日頃の業務は資料整理なのだから。
ついにゲールラの槍がテルの体をかすめ始める。窮地に立たされているテルも苦しい顔をしているが、ゲールラも苦い顔をしていた。
「こんな、こんなやつに」
テルはちらりとエルエイルを見る。まだエルエイルの侵入まで時間がかかりそうだった。
テルは発想を変えて時間稼ぎに徹することにした。
「裏切り者め、なぜ裏切ったりした!」
「なに?」
テルの挑発にゲールラは顔を真っ赤にさせた。鼻で笑うとゲールラは喋り出した。
「そもそも私はタコスのことを認めておらん! 」
叫びとともにゲールラの槍が飛んでくる。それをいなしてかわし、避けに徹するテル。
「あのガキは全ての海の支配などと言っているがそんなことは不可能だ!」
「まだわからないぞ」
「いいや、わかるっ!」
ゲールラの鋭い突き込みが襲いかかってくるが上に避けるテル。ゲールラはヤリを突き出した姿勢のまま上に強引に振り上げる。
テルは下からヤリの柄に叩きつけられ、天井付近を通りゲールラの頭上を越えると、先ほどまで立っていた場所とは反対側の地面に置いている机に叩きつけられる。
ガシャアアアァァン!!!
派手な音がなり机の残骸の中でふらふらとするテル。
「マカレトロにはダゴン様がおられる! 誰もダゴン様には勝てはしない! あのお方は世界の海の全てを支配したお方だぞ!?」
「うぅっ……ダゴンもその前はただの一支配者でしかなかったはずだ。タコスにもできないという理由にはならない」
「あんな夢を見るだけのガキに何ができるか!!」
槍を杖代わりにして立ち上がったテルに容赦なく突き込まれる槍。横に飛び込むようにして避けるテル。
「ダゴン様の怒りを買えば、我ら一般の魚人は死など生ぬるい苦しみを受けることとなる!!」
「ダゴンにビビってるだけじゃないのか?」
「貴様はダゴン様の恐ろしさを理解しておらん!!!」
突き込まれる槍に机を盾にするテル。簡単に破られるがその隙に距離を取り槍を構える。
「その割には素直にタコスに従っていたじゃないか」
「あんなガキなどすぐに負けると思っていたからな。だが、忌々しいことに中々負けない」
「いいことじゃないか」
「悲惨な最後が待っていると言われて喜べる馬鹿がいるか!!!」
「がっ!!」
顔の横に突かれて首を振って避けると、その槍が軌道を変える。テルはかろうじて槍で防ぐが防御ごと弾き飛ばされるテル。
「そう、どれもこれもお前たちが来たからだ。身の程をわきまえたスイカ様とダイア様の元であれば私も素直な心でアーラウト海域のために全力を振るうことができたのだ!! 何が悲しくて盗賊のような真似事をせねばならないのだ!!」
「目標のためには仕方ないことだろう!!」
「殺して奪うことを正当化するな!!!!」
ゲールラは槍を横薙ぎにふるった。今まで突き込みがメインであったため、予想外の攻撃に腹に直撃を受け吹っ飛ぶテル。喉がつまり、呼吸に障害が出る。片膝をつき呼吸を整えるテル。
「こんな薄い民などという下賎な者共とも付き合わねばならない。それも我慢ならん」
「ゲホッ、エホッ。魚人に差は、ないはずだ…」
「いや、ある!!」
必殺の突きをかわして逆にゲールラの懐に入り込むテル。それをヤリの石突で顔をはたかれるテル。
「責任ある立場が魚人を成長させる。長らく将軍の地位にいた私がそこらのぽっと出の者共の下につくなどあってはならんのだ」
「………一二三のことか?」
「頭が切れるだけの頭でっかちに戦場の流れなどわかるものか」
「あいつだって頑張っている」
「そんなこと誰だって言える」
「結果も残している!」
「私だって結果を残している! 当たり前のことだ!」
うずくまっているテルを蹴り飛ばすゲールラ。吹き飛ばされまたもや机の残骸に吹き飛ばされるテル。衝撃が体を走るが口を止めることはしない。止めれば死ぬだけだからだ。
「ビゼンにそそのかされただけであっさりと裏切ったのか? 長らく将軍をしていた魚人ていうのはあっさりと裏切るもののことだったのか?」
「安い挑発だ。ビゼンは可能性を示しただけだ。お前たちイワシ魚人が支配者であるタコスをそそのかしているのではないかとな。そう取れば色々パーツがハマる」
「なんのことだ」
「貴様らがきてから一気に国の中枢はイワシ魚人で占められた。魔法部隊も槍部隊も素手部隊も、内政も軍事もだ。これが貴様らが裏で糸を引いている証拠に他ならない」
「偶然だ」
「貴様らが来てから一気に侵攻している。この戦争漬けの毎日で得をしたものは誰だ? 活躍しているお前たちだ」
テルが再びエルエイルを盗み見る。もう少しで会議室に入って来れそうだ。
ゲーラルが槍を突き入れてくる。槍で払おうとするがフェイントだった。払い損ねたテルの槍が空を切ると、ゲーラルの槍がテルの右肩を貫いた。
「ぐっ…………!!!」
「さあ、おしゃべりはここまでだ。仕上げと行こう」
ずぶり
槍が引き抜かれ辺りにテルの血が漂う。激痛に喉の奥が詰まる。異物が入って来た肩に、違和感があり右手がまともに動かせない。思わず跪いてしまう。
糸のように張り詰めた集中力が完全に切れたのがわかった。
テルはそれでも前を睨みつけた。なぜなら怒っているから。
体の血液が真っ赤に燃えているように錯覚していた。怒りで目の前が赤く染まっているのだから。それでも、どんなに怒っていても、武術の腕前は変わらない。
非情な槍はテルに向けて突き込まれた。
そしてテルの眉間の前でピタリと止まった。
ゲールラの肩をしっかりとつかんでいるエルエイルがいた。
力任せにエルエイルがゲールラの肩を引っ張ると部屋の端まで吹っ飛ぶゲールラ。
ガシャアアァァアン!!!!
大きな音を立てて今度はゲールラが机の群れに突っ込む。
「待たせて申し訳ない」
「危なかったよ……」
テルはエルエイルの手を借りてなんとか立ち上がったのだった。




