ノーム召喚
グレタはマリィの村はずれに小さな炉を作った。
粘土と石を積み上げただけの原始的な炉。燃料は木炭。送風は手押しの鞴。そして、父の形見の大きな虫眼鏡を炉の上に据え付けるための木枠を組んだ。
「まずは、鉱石を粉々にする」
グレタは鉄鉱石を石臼で挽いた。何時間もかけて、細かい砂のようにした。それを水に溶かし、攪拌し比重の違いで沈殿させた。重い鉄の粒だけを集める。何度も何度も繰り返した。魔力は使わない。ただ、手と水と時間だけ。
「次は、焙焼。粉にした鉱石を加熱して、硫黄や炭素を飛ばす」
炉に炭を入れ、火を点ける。マリィがマッチを擦って火を移した。グレタは鞴を踏んで空気を送る。火が育ち、炉の中が赤く染まる。彼女は粉鉱石を鉄の皿に載せ、炉の中に入れた。白い煙が立ち上る。硫黄の匂い。何時間も焙焼を続けた。
「最後は、還元。炭素で鉄を還元して純粋な鉄を取り出す」
グレタは焙焼した粉を炭の粉と混ぜて、坩堝に入れた。その坩堝を炉の中心に置き、虫眼鏡で太陽の光を集めた。
晴れた日の真昼。レンズを通した光が、坩堝の一点に集まる。白く眩い光が、炭の粉を灼き鉄の粒を溶かしていく。
「温度が上がってる……」
グレタの額に汗が滲んだ。彼女は鞴を踏み続けた。腕が痺れ、足が震えても止めなかった。太陽は動く。レンズの角度を、彼女はひとりで微調整し続けた。魔力は使わない。ただ、自分の手で。
夕方になり、太陽が傾くと坩堝の中に小さな銀色の粒が残った。鉄だった。まだ不純物を含んでいる。グレタはそれを取り出し、砕き、また炉に入れた。何日も何日も繰り返した。
七日目の朝、坩堝の中に、拳ほどの鉄塊が残った。それは、黒く鈍く光っていた。叩くと澄んだ音がした。グレタは鉄塊を金鎚で打った。何度も何度も。不純物が飛び散り、鉄は少しずつ純度を増していく。最後に彼女は鉄塊を水に浸した。じゅっと音を立てて、白い蒸気が立ち上った。
掌の上に、純粋な鉄があった。魔力は微塵も感じられない。ただ、鉄の冷たい重みだけがあった。
「できた……」
グレタの声は、震えていた。マリィは頷いた。
「うん。……すごいね」
その瞬間、鉄塊が内側から光った。鈍い琥珀色の光。鉄が膨れ上がり、形を成す。人の背丈ほどもある、ずんぐりとした姿。肌は岩髭は苔、目は琥珀の色をしていた。
「よくぞ我が鉄を打った」
声は、地鳴りのように低かった。
「魔力なき純鉄。混じり気なき単一の鉱物。小さき者よ、願いを聞こう」
グレタは涙を流さなかった。父の金鎚を握りしめて、まっすぐにノームを見た。
「私の村の大地を、鎮めてください。沈みゆく山に、もう一度固い土台を」
ノームは微笑んだ。岩の指が、グレタの肩にそっと触れた。
「叶えよう。ただし代償がある。お前の魔力は当分使えなくなる。この純鉄を維持するために、すべてを大地に還したからな」
グレタは笑った。金鎚を腰に戻して、両手を開いた。
「構わない。また、金を打てばいい」
*****
その日、遠くの鍛冶の村の大地が鎮まった。沈んでいた山がわずかに持ち上がり、傾いた家がまっすぐに戻った。グレタは村はずれの炉の前で朝を迎えた。掌は土に汚れ、魔力は空っぽだった。でも金鎚はまだそばにあった。
「ありがとう、焔の少女」
グレタはそう言って、金鎚を肩に担いだ。
「私は村に帰る。今度は、魔力に頼らない鍛冶を村の若い者たちに教えたい。父が遺したものを、絶やさないために」
マリィはマッチを擦って、小さな炎を見送った。炎の中の蜥蜴が、くるりと尾を巻いた。
「またね」
マリィは笑った。炎と水と風と大地。四人の少女の掌には、まだ何も残っていなかった。けれど、その空っぽの掌から今日も何かが生まれる予感がしていた。
土は足の下で、静かに脈打っていた。




