砕かれぬ思い
四番目の少女は、土の匂いを纏っていた。
マリィが畑の土を起こしていると、畦道をひとりの娘が歩いてきた。日に焼けた肌に、節くれだった手。着ているものは革の前掛けで、腰には小さな金鎚を提げていた。年はマリィより二つ三つ上だろうか。目は黒く、まっすぐにマリィを見ていた。
「焔の少女」
その呼び方にもマリィはもう慣れていた。
「あなたが、精霊を呼ぶ人?」
娘はそう言って、前掛けの裾で手を拭った。土と煤の混じった匂いがした。
「私はグレタ。鍛冶の村から来た。……ノームを呼びたい」
「大地の精霊」
「ええ。私の村では、ここ十年、山が沈んでいる。川が地下に消え、家の土台が傾き畑が陥没する。原因はわかっている。私たちが魔力で鉱石を精錬しすぎたの。魔力が大地に染み込んで、地盤を脆くした。……ノームに、大地を鎮めてほしい」
グレタは金鎚を握った。その手は、火傷ではなく鍛えられた肉厚の掌だった。
「条件は?」
「全く魔力を残さずに、単一の鉱物を精錬すること。ただ一つの、純粋な金属をね。……この世界で、魔力を使わずに鍛冶をするのは難しい。ましてや、魔力を一切残さないなんて」
彼女は唇を噛んだ。それから、少しだけ声を落とした。
「でも、私にはそれを成し遂げなければならない理由がある」
マリィは鍬を置いて、グレタの前にしゃがんだ。
「聞かせて」
グレタはしばらく黙っていた。それから、金鎚を鞘から抜いてマリィに見せた。柄には小さな刻印が打たれていた。折れた矢じりのような形。
「これは、私の父の鎚。父は村一番の鍛冶だった。魔力を使わずに、火と鉄と自分の腕だけで道具を作る、最後の職人だった。……三年前、村の坑道が崩れた。魔力で精錬した鉄の支柱が、地盤もろとも折れたの。父はその下敷きになった」
グレタの声は乾いていた。涙はなかった。ただ、掌の金鎚を強く握っていた。
「父は最後に言った。『大地を甘く見るな。魔力で土を掴もうとするから、土は逃げるんだ』って。私はそれから、魔力を使わない鍛冶を独学で覚えた。でも、純粋な金属を精錬するにはどうしても高温がいる。炭を燃やして鞴で風を送っても、千五百度には届かない。魔力で温度を上げるしかない。でも、それをしたら魔力が残る。……どうすればいいの?」
マリィは考えた。炎のときは魔力を燃やした。水のときは蒸留で純粋にした。風のときは蒸気で空気を追い出した。では、土は?
「グレタ。あなたの村には、太陽の光を集める道具はある?」
「太陽? ……大きな虫眼鏡なら、ある。父が、細かい細工をするときに使っていた」
「それよ。魔力を使わずに高温を作るなら、太陽の熱を集めるのが一番。レンズで光を一点に集めれば、千五百度だって夢じゃない。……でも、天候に左右される。晴れた日を選ばなきゃいけないし、時間もかかる」
グレタの目に、初めて光が差した。
「太陽の熱で、鉄を溶かす……」
「うん。それに、精錬の過程で不純物を物理的に取り除く方法もある。粉砕して、水で洗って比重の違いで選別する。魔力を使わずに、手と目とあとは根気で。……時間はかかるけど、あなたには覚悟があるでしょう?」
グレタは金鎚を握り直した。
「ある。父のためにも、村のためにも」
大地の精霊はノーム。彼を呼び出すには、全く魔力を残さずに単一の鉱物を精錬しなければならない。それは魔力によって鍛冶を行うこの世界ではとても難しかった。
けれど、彼女にはそれを成し遂げなければならない理由がある。




