シルフィード召喚
フィーナは村はずれの陶工の工房を借りた。
粘土を捏ね、轆轤を回し自分で容器を作った。口の狭い、蓋付きの壺。蓋には溝を彫りそこに水を張って密閉する仕組みにした。職人の老人が「こんな急須みたいな壺、見たことねえ」と笑ったが手伝ってくれた。
七日かけて、フィーナは壺を完成させた。内側を何度も水で洗い、不純物を落とした。それから壺に水を半分ほど入れ、蓋をした。蓋の溝に水を張り外からの空気を遮断する。
「これで、中は密閉された」
フィーナは焚き火を壺の下に置いた。マリィがマッチを擦り、火を灯す。
水が温まり、やがて沸騰した。壺の中からごぽごぽと音が立ち、蓋の隙間から湯気が噴き出した。
「今よ。湯気が空気を押し出している。中は蒸気で満たされている」
フィーナは蓋を押さえ溝の水を新しく注ぎ足した。蒸気が漏れないように、慎重に。
「あとは、冷えるのを待つ」
フィーナは焚き火から壺を遠ざけ、日陰に置いた。夜風に当て自然に冷えるのを待った。魔力は使わない。ただ、待つ。一晩中彼女は壺のそばに座っていた。蓋の溝の水が減れば、注ぎ足した。それだけを繰り返した。
夜が明け、壺はすっかり冷えていた。
フィーナは蓋の溝の水を指でそっと拭った。それから、蓋を持ち上げた。
中は真空のはずなのに、空気が入らない。しん、と音がした。
壺の中には、何もなかった。
空気も、水も、魔力も。ただ暗い空洞が口を開けていた。
「真空……」
フィーナの声が吸い込まれるように消えた。彼女は手を壺の中に入れた。何も触れない。冷たい、虚無だけがあった。
その虚無の中から、声がした。
「よくぞ我が空洞を開いた」
風もないのに、音が響いた。壺の中から渦が立ち上った。目に見えない何かが、ゆっくりと形を成した。人の背丈ほどもある、透き通った女の姿。髪は大気の揺らぎ、瞳は空の色をしていた。
「混じり気なき真空。魔力の残らぬ真空。小さき者よ、願いを聞こう」
フィーナは涙を流さなかった。乾いた瞳で、まっすぐにシルフィードを見た。
「私の国に、風を。澱んだ空気を払い新しい息吹を」
シルフィードは微笑んだ。風の指が、フィーナの髪をそっと梳いた。
「叶えよう。ただし代償がある。お前の魔力は当分使えなくなる。この真空を維持するために、すべてを風に変えたからな」
フィーナは笑った。鞴を握っていた手を、ゆっくりと開いた。
「構わない。風が欲しければ、また鞴を踏めばいい」
*****
その日、遠くの風の国に風が吹いた。澱んでいた空気が流れ、子どもたちは深く息を吸い止まっていた風車が回り始めた。フィーナは陶工の工房で朝を迎えた。掌は乾き、魔力は空っぽだった。でも鞴はまだそばにあった。
「ありがとう、焔の少女」
フィーナはそう言って、鞴を肩に担いだ。
「私は風の国に帰る。今度は、風を起こすのは精霊じゃなくて、私自身でありたいから」
マリィはマッチを擦って、小さな炎を見送った。炎の中の蜥蜴が、くるりと尾を巻いた。
「またね」
マリィは笑った。炎と水と風。三人の少女の掌には、まだ何も残っていなかった。けれど、その空っぽの掌から今日も何かが生まれる予感がしていた。
空はどこまでも高く風はまだ、彼女たちの髪を遊ばせていた。




