サラマンダー召喚
マリィが十七歳の冬、村に疫病が入った。
祖母が倒れ、母が倒れ、隣家の子どもが倒れた。薬師は「暖を取らせよ」と言ったが、薪は底を突きかけていた。マリィは決意した。
深夜、彼女は村はずれの納屋にこもった。床に古い蝋燭の燃え殻を集め、麻布を敷きその上にありったけのマッチを並べた。三百本。彼女が三年かけて集めたものだ。
目を閉じる。掌の内側に熱を集める。パイロキネシスの源は、彼女自身の生命力だった。魔力とは、血肉の奥底で静かに脈打つ温かな流れ。それを全て、炎に変える。
指先が震えた。恐怖ではない。集中の震えだ。
マリィは全てのマッチに意識を向けた。一本一本の頭薬に、己の魔力の糸を絡ませる。同時に着火するには、一瞬のうちに全てのマッチへ熱を届けなければならない。まるで蜘蛛の巣のように、魔力の網を張り巡らせる。
——今。
彼女は掌を翳した。
瞬間、納屋が白んだ。
三百本のマッチが、文字通り同時に発火した。炎は一点に集まり、渦を巻き柱となって天井を舐めた。空気が軋み、熱波が壁を叩いた。マリィの髪が逆立ち、着ている粗末なワンピースが焦げる匂いを立てた。
炎の中から、声がした。
低く、乾いた、薪の爆ぜるような声。
「よくぞ我を呼んだ、小さき者よ」
炎の柱が形を成した。蜥蜴ではない。人の背丈ほどもある、四足の獣。朱と金の鱗が光を弾き、尾は炎そのものだった。目は溶けた真鍮の色をしていた。
「サラマンダー……高位の」
マリィは息を呑んだ。彼女の魔力は、ほぼ空だった。立っているのがやっとだった。それでも彼女は膝をつかず、精霊を見上げた。
「お願い。村に暖を。病に臥せる者たちに、炎の加護を」
精霊はしばらくマリィを見下ろしていた。それから、ゆっくりと尾を振った。
「我は炎。炎は浄化。病を焼き、暖を残す。それがお前の望みか」
「はい」
「ならば、その願い、炎にて叶えよう。ただし代償がある」
「何なりと」
「お前の魔力は、もう殆ど残っておらぬ。この炎を維持すれば、お前はしばらく魔法を使えなくなる。それでもよいか」
マリィは笑った。火傷だらけの掌を、精霊に向けて差し出して。
「元々、マッチを擦ることから始めたんです。また擦ればいい」
*****
その夜、村の空に一筋の炎が走った。それは家々の煙突を巡り、暖炉に灯をともし病床の者たちの頬をほんのりと赤らめた。朝になると、祖母も母も隣家の子どもも、汗をかいて眠っていた。熱は下がっていた。
マリィは納屋の床で朝を迎えた。掌は真っ黒に焦げ、魔力は空っぽだった。でも指先でマッチを擦ることはできた。
しゅっ、と小さな炎が灯る。その中に指先ほどの蜥蜴が現れて、くるりと尾を巻いた。
「おはよう」
マリィは笑った。炎は今日も、彼女の手の中にある。




