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悪役令嬢に転生した元サムライ ~ゴミを宝に、宝をゴミに変える価値観革命~  作者: 竹屋 兼衛門


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第六話 ゲームと異世界の間で

私、ミークはザリーに決闘を申し込んだ。


理由は一つ。


この王国を救うためだ。


ザリーは黒凪の上から、私を観察するように見つめた。


「貴女、名は?」


「ミークです」


……。


何もない。


まったく反応がない。


ミーク。


それは『破滅の国の救世姫』における、主人公のデフォルトネームだ。


もしザリーがこのゲームをプレイしていたなら、この名前を聞いて何か反応してもいいはず。


それとも……。


主人公の名前を変更してプレイするタイプだった?


「ああ」


キルロットが思い出したように声を上げる。


「今年の首席入学者か」


ザリーは値踏みするように、ゆっくりと私を見る。


「ほう。我々の戦いを見て、血が騒ぎましたか?」


……。


真っ先にそれを考えるのか。


戦闘狂め。


でも――


もしかすると、リコールエンド狙いではないのかもしれない。


だとしても。


ザリーがやっていることは、これから起きる戦争を不利にする行為ばかりだ。


理由を確かめなければならない。


そのためには――


餌がいる。


「私は、これを賭けます」


持ってきた剣を抜く。


「『勇者の剣アリオス』を」


ザリーの視線が剣へ向いた。


勇者の剣アリオス。


本来ならゲーム中盤にならなければ手に入らないキーアイテム。


現在、王国の人口は一千万人以上。


そのためアリオスは、ゲームでいう『平和モード』にある。


この状態では、せいぜい伝説の名剣。


もちろん武器としては破格だ。


でも、まだただの武器にすぎない。


この剣が本当におかしくなるのは――


王国の人口が減り始めてからだ。


生き残っている人間が少なくなるほど、


アリオスは強くなる。


人口が五百万人を下回ると『救国モード』。


主人公一人で魔王を倒せるほどの力を得る。


そして人口が五百人を下回ると――


最終形態。


『天逆罰モード』。


主人公をこの世界へ転生させた女神すら殺せる力を得る。


通常、王国の人口が千人を下回った時点で『リコールエンド』が発生する。


だが、その時点で人口が五百人を下回っていた場合――


選択肢が一つ追加される。


『女神を殺す』


それが、勇者の剣アリオス。


どれほど戦況が悪化しようと、ぬるゲーマーでも最後には力押しで勝てる。


そんなバランサーとして用意された剣だ。


ザリーは剣を見つめる。


そして、わずかに目を細めた。


「それは……美しいですわね」


美しい?


予想していた反応と違う。


まあ……。


確かに剣には、これでもかというほど装飾が施されている。


美術品として見ても、とんでもない価値があるのだろう。


私はザリーによく見えるよう、剣を掲げた。


「これは、貴女が何かを賭けるに値する物ですか?」


ザリーは微笑む。


「ふふふ。当然ですわね」


食いついた。


……でも、これだけじゃ分からない。


リコールエンドを狙うなら邪魔だから奪いたい。


戦争を楽しみたいだけなら、ぬるゲーにする剣なんて興味がないはず。


なら――次だ。


「そしてザリー。私が勝ったなら……」


真っ直ぐザリーを見る。


「貴女には、ゴルディアン様との婚約を破棄してもらいます」


「いいでしょう」


……。


え?


即答?


キルロットまで驚いた顔をする。


「おい。そんなことを簡単に決めていいのか?」


ザリーは上品に笑った。


「ふふふ。実を申しますと、何でも黄金で覆えば美しいというゴルディアン様の美意識は、どうにも苦手でしたの」


まるで婚約の話ではなく、趣味の悪い茶器について話しているような口ぶりだ。


ゴルディアン様との婚約に執着がない?


なのに、他の悪役令嬢たちの婚約破棄イベントには、ことごとく干渉してきた。


どういうこと?


……。


待って。


もしかしてザリーの前世って――


ノンケの男?


『破滅の国の救世姫』を作ったのは、戦争シミュレーションの老舗メーカーだ。


乙女ゲームという皮を被ってはいたけれど、メーカーの古参男性ファンも結構プレイしていたと聞いたことがある。


なら、あり得なくはない。


そしてザリーの中身が男性プレイヤーだったと考えると……。


これまでの行動が、まったく違って見えてくる。


もしかして――


ザリーは悪役令嬢たちの婚約破棄イベントを潰していたんじゃない。


悪役令嬢たちを――


攻略していた?


エンラの顔が浮かぶ。


ザリーを見る目。


ザリーを応援する姿。


あの心酔っぷり。


……。


うん。


エンラはもう攻略済みだ。


そして他の悪役令嬢たちにも、意図的に接触しているのだとしたら……。


狙っているのは――


百合ハーレム!?


ザリーの中にいるプレイヤーの正体が、だいぶ見えてきた気がする。

……。


ザリーはキルロットに視線を送りながら言う。


「そもそも、勝てば問題ありませんでしょう?」


キルロットがため息をつく。


「まあ、僕たちに勝った君と黒凪だ。負けるとは思えないが……」


ザリーの笑みが深くなった。


「それに、略奪愛というのも面白いでしょう?」


「面白がるな……。君が奪われる側だぞ?」


ありがたい。


完全に私を侮っている。


その方が都合がいい。


私はアリオスを握る手に力を込めた。


「では、受けていただけますね?」


ザリーは真っ直ぐ私を見る。


「ええ。受けましょう」


こうして――


私とザリーは、決闘することになった。


――


ルールは、ザリーとキルロットの決闘と同じ。


魔法あり。


先に落馬した方が負け。


審判が手を上げる。


「始め!」


その瞬間――


ザリーは黒凪を森へ向かって走らせた。


……。


またそれ?


キルロットのナインスターを倒した時と同じように、地形を利用するつもりなのだろう。


残念でした。


私の馬は、ナインスターみたいな巨大馬じゃない。


大きさはごく普通。


まあ、あの小さな黒凪よりは大きいから、森での走破性では劣るかもしれないけど。


ちなみに名前は……。


知らない。


ゲームに登場する名馬じゃないから、名前なんて知らない。


そもそもゲームでは、馬なんてほとんど生き物として扱われていなかった。


装備する。


ステータスが上がる。


それだけ。


馬自身の判断力も。


性格も。


乗り手を信頼しているかどうかも。


ザリーがキルロットを倒すために利用したものは、ゲームでは何一つシステム化されていなかった。


でも――


この世界では、ずっと存在していたのかもしれない。


……。


ザリーは馬の意思を利用した。


私にはザリーと黒凪のような信頼関係はない。


私には、それができない。


だから――

私に取れる選択肢は一つだけ。


馬の意思ごと、私が背負う。


「人馬一体」


私の体から魔力の糸が伸びる。


それが馬の体に絡みつき――


私たちを繋いだ。


視覚。


聴覚。


嗅覚。


味覚。


触覚。


そして――


思考。


馬の感覚が、次々と私の中へ流れ込んでくる。


同時に、


私の感覚も馬へ流れ込んでいく。


一瞬。


世界が二つになった。


二対の目。


二組の耳。


大地を踏む四本の脚。


それが――


一つになる。


私が馬に乗っているんじゃない。


馬が、私の体の一部になった。


ゲームでは『人馬一体』なんて、騎乗時に使える最強のステータス上昇魔法でしかなかった。


それ以外は、ただのフレーバーテキスト。


――騎手と馬を一つに繋ぎ、互いの感覚と思考を共有する魔法。


ただ、それだけの説明文だった。


でも、この世界では――


そのフレーバーテキストが本当になる。


……。


ザリーは、ゲームには存在しないルールを利用してキルロットを倒した。


この世界の理屈を使って。


なら――


私も同じことをする。


森へ向けて片手を掲げる。


「スーパードライ」


……。


戦闘魔法とは思えない名前。


それもそのはず。


本来『ドライ』は、ただの生活魔法だ。


ゲーム序盤の主人公育成パートで覚えられる。


用途は――


洗濯物を乾かすこと。


それだけ。


労働コマンドの『家事』を効率よくするための、便利な生活魔法だった。


でも、それはゲームでの話。


今の私は――


ゲーム開始時の主人公じゃない。


現在の私の魔力なら、


洗濯物どころか――


もっと大きなものまで乾燥させられる。


『破滅の国の救世姫』の最初の二年間は、主人公を育成する期間だ。


勉強する。


働く。


鍛える。


ステータスを上げる。


そして準備する。


その後の一年間で、戦争編へ突入する。


ゲームでは、主人公は二桁程度のステータスで学園へ入学することになっていた。


私は違う。


入学した時点で――


三桁後半。


ゲーム終盤を想定したステータスまで育ててある。


だって、ゲームの序盤を思い出した時、真っ先にこう思ったから。


主人公! 入学するまで何やってたのよ!?


何年も時間があるのに。


なんで何もしないの?


だったら私はやる。


鍛えた。


鍛えた。


ひたすら鍛えた。


ゲームでは中盤にならないと手に入らない『勇者の剣アリオス』だって、入学前に手に入れた。


できる限りの準備は全部した。


だって――


絶対に守りたかったから。


この世界で私を生み、


優しく育ててくれた両親。


働き者の村のみんな。


幼馴染のグリム。


誰一人として、ゲームには登場しない。


立ち絵もない。


キャラクター紹介もない。


攻略ルートもない。


ステータスすらない。


でも――


私にとっては大切な人たちだ。


みんな生きている。


ゲームに名前すら出なかったからって――


失われていい命なんかじゃない!


さらに魔力を注ぎ込む。


もっと遠く。


もっと。


魔法の有効範囲を広げていく。


限界まで。


半径――


百メートル。


この世界では、魔法が得意な人間でも術者から二メートルほど離れれば維持が難しくなる。


それ以上離れれば、魔法は数秒で崩壊する。


私の百メートルという有効範囲は、本来ならあり得ない。


これは――


アリオスの力。


『平和モード』ですら、この性能。


まったく。


ぬるゲーにもほどがある。


魔法が森へ広がっていく。


水分が消える。


葉が丸まる。


草が黄色く変色する。


枝が乾く。


木々が次々と水気を失っていく。


……。


よし。


確認すると、


もう一度手を掲げた。


「ヘブンズファイア」


森の中に炎が生まれる。


――ゴオッ!


乾ききった草を炎が走る。


草から――


低木へ。


枝へ。


そして――


木々へ。


炎が一気に燃え広がった。


森が燃える。


……。


想像以上だ。


そりゃそうか。


先に水分を奪ったんだから。


ザリーが入っていった道を、


炎と煙が飲み込んでいく。


私は燃え盛る森を見つめた。


待つ。


そして――


煙の向こうから、一頭の馬が飛び出した。


黒凪。


その背には、槍を持ったザリー。


ザリーは背後の炎を振り返り、


そして私を見る。


「まあまあ」


笑顔は、いつも通り上品だった。


けれど――


目は笑っていない。


「とんでもないことをしてくれますわね」


「ええ」


私はアリオスを抜いた。


炎を映して、装飾された刀身が輝く。


「貴女に勝つのですから」


勇者の剣の切っ先を、


ザリーへ向ける。


その背後では、


森が燃えている。


「この王国を――」


アリオスを握る手に力を込める。


「私は、全部救ってみせる」


――


ザリーは燃え上がる森を背に、


槍を肩へ担いだ。


「強い者がいればいるほど、この王国を守る力も増すというもの」


そして、不思議そうに首を傾げる。


「それなのに、その強い者を殺そうとなさる」


「王国を救うと言いながら――」


ザリーは微笑んだ。


「なんともチグハグな話ですわね」


……。


否定はできない。


私はザリーが死んでも構わないつもりで森に火を放った。


でも。


「まさか」


アリオスを構え直す。


「貴女なら、あの程度の火計には慣れっこでしょう?」


ザリーの眉が、ほんの少し動いた。


ゲームでの火計。


森や草原で使えば、地形効果による追加ダメージ。


さらに延焼による継続ダメージ。


戦争パートでは非常に有効な戦術だった。


ザリーがプレイヤーなら――


当然、何度も使ったことがあるはず。


「ふふふ」


ザリーは燃える森をちらりと見る。


「違うと言えば、嘘になりましょうね」


――やっぱり!


現代日本で、火計に慣れる機会なんてある?


ない。


普通はない。


だったら――


ザリーはプレイヤーだ!


私と同じ、


『破滅の国の救世姫』を知る人間!


だったら!


「何故!?」


思わず叫んだ。


「だったら、何故ゲームを歪めるの!?」


ザリーの表情は変わらない。


「エンラの婚約破棄を潰した!」


一歩、馬を進める。


「グラシアーナの運命も変えた!」


さらに一歩。


「キルロットまで!」


声が震える。


怒りなのか。


恐怖なのか。


もう自分でも分からない。


「このままじゃ攻略対象たちは弱点を克服できない!」


「戦争が始まったら勝てない!」


「この王国が滅びるのよ!」


ザリーは黙って私を見ていた。


……。


どうして。


どうして、そんな顔ができるの?


分かっているはずなのに。


知っているはずなのに!


やがてザリーが口を開いた。


「げーむ?」


……え?


「先ほどから何のお話をなさっているのか、よく分かりませんが……」


ザリーは静かに槍を持ち上げた。


その切っ先が、


真っ直ぐ私へ向けられる。


「ただ――」


風が吹いた。


燃えた木の葉が、


灰となって二人の間を舞う。


「盛者必衰」


ザリーが静かに言った。


「栄えたものも、いつかは衰える」


「国も」


「人も」


「美しい器でさえも」


「いつかは壊れ、失われる」


炎の中で木が一本、


音を立てて倒れた。


ザリーはそれを見ても、


顔色一つ変えなかった。


「ならば――」


その目が、


再び私を捉える。


「どれほど長く残ったかだけを価値とするのは、少々つまらなくはありませんか?」


……。


何を――


言ってるの?


「いつか失われるのであれば」


ザリーは微笑んだ。


「いかに美しくあったか」


「いかに己らしくあったか」


「私は、そちらの方が大切だと思いますわ」


……。


違う。


そうじゃない。


そんな話をしているんじゃない!


「国が滅びても!?」


「人が死んでも!?」


私は叫んだ。


「それでも美しければいいっていうの!?」


ザリーは少しだけ目を細めた。


「さて」


そして――


まるで当たり前のことを話すように言う。


「死なぬ人など、おりますか?」


――。


言葉が出なかった。


「人は死ぬ」


「物は壊れる」


「国とて、永遠ではない」


「それを恐れるあまり、生き方まで歪めてしまっては――」


ザリーは燃える森を見た。


「それこそ、もったいないというものでしょう」


……。


そうか。


分かった。


ザリーはリコールエンドを狙っているわけじゃない。


元の世界へ帰りたいわけでもない。


戦争シミュレーションを楽しみたいだけでもない。


もっと――


根本的なところが違う。


この人は。


人が死ぬことを、


国が滅びることを、


「いつか起きること」


として受け入れている。


私には――


できない。


お父さんも。


お母さんも。


村のみんなも。


グリムも。


「いつか死ぬから仕方ない」なんて――


絶対に思えない。


だったら。


やっぱり。


この人は――


邪魔だ。


私はアリオスを握り締めた。


「ザリー」


切っ先を向ける。


「貴女は、この世界に来るべきじゃなかった」


ザリーの笑みが消えた。


私も笑わない。


これはもう――


ゲームのイベントじゃない。


私は、


私の大切な人たちを守るために戦っている。


「潔く――」


アリオスを構える。


「死ね」


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