第4話 小さな馬は、巨馬を倒す。
魔法学園へ入学して二日目の午後。
私はザリーを探していた。
ゲームでザリーがよく現れる場所。
ゲームでザリーがよく現れる時間。
そこを順番に回っていく。
だけど――
どこにもいない。
……まあ、当然か。
あいつも私と同じ転生者なら、ゲームのシナリオ通りに動くはずがない。
だったら――。
校門で待つ!
ナイスアイデア。
学校から帰るなら、絶対ここを通る。
ゲームじゃ絶対できなかった作戦だ。
私は目を皿のようにして、下校する生徒を一人ずつ確認する。
しかし。
ザリーは現れなかった。
「あら? ミークさん。どなたかをお待ちなのですか?」
振り返ると、エンラ様が歩いて来る。
「えっと……ザリー様にお会いしたくて」
「まあ。待ち伏せですの?」
エンラ様は目を細めた。
その表情は妙に優しい。
まるで同志でも見つけたような顔だった。
……いやいや。
私が募らせているのは恋心じゃない。
怒りだ。
ザリー。
アンタ、この王国を滅ぼす気なの?
「その……エンラ様やグラシアーナ様に、素敵なことを教えてくださった方だと聞いて、ぜひお会いしたいと思いまして」
エンラ様は私の顔をじっと覗き込む。
「その割には……ずいぶん怖いお顔ですわね」
しまった。
顔に出てた。
笑え。
笑うんだ。
「え、えへへ……。私も色々教えていただけたらなぁって」
エンラ様は頬に手を添え、小さく首を傾げる。
「知識欲ですの? さすが首席ですわね」
……よし。
どうやら誤魔化せたらしい。
「それで、ザリー様を探しているんですが……まったくお会いできなくて」
「それは当然ですわ」
エンラ様はあっさりと言う。
「ザリー様は学園へ登校しておりませんもの」
「えっ!? なんで!?」
ゲームでは毎日ちゃんと登校していたじゃない!
またシナリオが変わってる!
「もしかして……ご病気なんですか?」
悪役令嬢が体調を崩して休むイベント自体はある。
婚約破棄のショックで、とか。
でも。
入学して二日目で?
そんなイベント聞いたことない。
「ご安心くださいませ」
エンラ様は微笑む。
「なんでも、お忙しいだけだそうですわ」
忙しい?
いやいやいや。
学園より優先する用事なんてある?
ちゃんと主人公を虐めなさいよ!
それが悪役令嬢の仕事でしょう!?
このままじゃ、ザリーの婚約者『金ピカ王弟ゴルディアン』との出会いイベントまで消えちゃうじゃない!
思わず頭を抱える。
「でも、明日は少しだけ来てくださるそうですわ」
「明日?少しだけ?」
「ええ」
エンラ様は楽しそうに笑った。
「キルロット様と決闘をなさるそうですの」
キルロット・フォン・アイゼンベルク。
武人令嬢。
ゲームでは戦争編で、病弱な婚約者と共に最前線へ立ち――
彼を守って命を落とす。
残された婚約者もまた、その直後に戦場で命を落とす。
ゲーム屈指の悲劇イベントだった。
「決闘……?」
私は首を傾げる。
「そんなに仲が悪かったんですか?」
「まあ、違いますわ」
エンラ様は上品に笑った。
「『武』において互いを認め合う、良き好敵手というだけですの」
そして続ける。
「私もグラシアーナさんも、ザリー様を応援する予定ですわ。ミークさんもご一緒にいかが?」
「え? でも私は、お二人ともまだお会いしたことがありませんし……公平に応援したいかな、と」
「それもそうですわね」
ほんの少しだけ残念そうな顔を見せたあと、エンラ様はいつもの笑顔に戻った。
「では、ごきげんよう」
そう言って去っていく。
私はその場に立ち尽くした。
……そうだ。
思い出した。
ゲームでは。
キルロットを決闘で倒すのは――
主人公である私のイベントだった。
婚約破棄を賭けて決闘し。
私が勝つ。
それがゲームのシナリオ。
なのに。
ザリーが、そのイベントまで奪った。
しかも――
学園が始まって三日目。
早すぎる。
このままじゃ、本当に全部変わってしまう。
私が。
私がなんとかして、この王国の破滅を止めないと――。
――
「ザリー。決闘に応じてくれたこと、感謝する」
キルロット・フォン・アイゼンベルク。
軍事を司る名門貴族の令嬢。
長い青髪を後ろで束ね、鍛えられた長身を男物の騎乗服に包んでいる。
初めて見る者なら、美しい青年騎士と見間違えるかもしれない。
ワシとの腐れ縁は十年前。
ワシの弓の腕前を耳にしたキルロットが勝負を挑んできたのが始まりだった。
以来、
弓。
槍。
剣。
徒手格闘。
思いつく限り、あらゆる勝負をしてきた。
もっとも。
前世で侍として一生を戦い抜いたワシが、修練二十年にも満たぬ者へ負ける道理はない。
……魔法だけは別だが。
前世に存在しなかった技術だけは、いまだ一度も勝てておらん。
まったく。
魔法とは度し難い技能である。
「さて、本日の勝負は騎兵戦でしたわね」
騎兵同士の勝負なら、馬もまた武器の一つ。
どんな馬を選んだのか興味があった。
キルロットは自信満々に笑う。
「ははは! 僕の馬は凄いぞ。見て驚きたまえ!」
従者へ合図を送る。
しばらくして厩舎から姿を現したのは――
巨大な白馬だった。
「……これは」
思わず息を呑む。
通常、この国で使われる軍馬より頭一つ以上大きい。
体高は一・五倍ほど。
首、胸、脚の太さに至っては倍近くある。
まるで中型の魔獣だ。
その巨体がゆっくり歩くだけで地面が震えるような錯覚さえ覚える。
「これは……本当に馬なのですか?」
キルロットは誇らしげに胸を張る。
「もちろん馬だとも。名は『ナインスター』。レドモント伯から譲り受けた名馬だ」
レドモント辺境伯か。
なるほど。
辺境には、このような馬もおるのだな。
見事ではある。
だが――
強いかどうかは別の話だ。
ワシはゆっくりと馬の周囲を歩く。
首。
肩。
胸。
脚。
そして尻の辺りまで来た時だった。
「……これは雌か?」
「いや」
キルロットは首を振る。
「騸馬だ」
一瞬、意味が分からなかった。
……ああ。
切ったのか。
つまり、去勢した馬ということだ。
「なんと可哀想な」
思わず本音が漏れる。
前世が男だったワシとしては、どうしても同情してしまう。
キルロットは呆れたように肩をすくめた。
「何を言う。去勢した方が従順になり、扱いやすくなる。それくらい常識だろう?」
従順。
その言葉に、ワシはため息をついた。
「やれやれ」
静かに首を振る。
「戦で命を預ける馬に、従順さを求めるとは……なんとも解釈違いですわ」
ワシは従者へ目配せした。
直後。
厩舎の奥から激しい嘶きが響く。
ドッ!ドドドッドッ――!
乱暴な足音とともに、一頭の黒馬が飛び出してきた。
体は小さい。
この国の軍馬より一回り。
いや、二回りほど小柄だ。
ナインスターの隣へ並べば、仔馬と勘違いする者もいるだろう。
しかも去勢などしておらぬ。
若く、荒々しい牡馬。
見るからに気性が激しい。
「なめているのか?ザリー!」
キルロットが眉を吊り上げる。
「そんな貧相な暴れ馬を使うなど!!」
ワシは黒馬の首を優しく撫でた。
暴れていた馬は、不思議と静かになる。
「こんな馬を乗りこなしてこそ、武人というものですわ」
軽く鞍へ跨る。
「ハンデなどではありません」
ワシは微笑んだ。
「この『黒凪』だからこそ、貴女に勝てるのです」
キルロットは巨大な愛馬の首を撫で返し、不敵に笑う。
「ふん。このナインスターが負けるものか」
互いに笑みを浮かべたまま視線を交わす。
そして――
ワシとキルロットは、決闘の準備に向かった。
――
決闘の舞台は、アンクウ王立学園の馬術練習場。
学園でも屈指の広さを誇る円形の競技場だ。
観客席には、いつの間にか大勢の生徒が集まっていた。
「ほら!」
グラシアーナが身を乗り出す。
「キルロット様がいらっしゃいましたわ!」
私は思わず息を呑む。
「すごい……」
ゲームで見た姿、そのままだった。
いや――。
実物は、それ以上。
巨大な白馬ナインスターは全身を鋼鉄の馬鎧で覆われ、その上には重厚な甲冑を身に着けたキルロットが騎乗している。
陽光を受けて銀色に輝く姿は、一人の騎士というより、小さな城が動いているようだった。
これが武人令嬢。
ゲームで何度も見た最強クラスの悪役令嬢。
この威圧感で。
ゲームでは婚約破棄されなかったせいで負ける。
……そんな未来、とても信じられない。
「ま、まあ……」
エンラ様が小さく咳払いする。
「あんなの、見た目だけですわ」
いや。
どう見ても見た目だけじゃない。
めちゃくちゃ強そうなんだけど。
「あっ!」
エンラ様が嬉しそうに声を上げた。
「ザリー様ですわ!」
反対側の入場口から、一頭の黒馬が姿を現す。
……小さい。
ナインスターの隣に立つと、本当に仔馬みたいだ。
しかも馬鎧も付けていない。
そして。
騎乗するザリーの鎧を見た瞬間。
私は思わず額を押さえた。
「武者鎧じゃん……」
兜こそ被っていないが、
胴丸。
肩当て。
籠手。
草摺。
どう見ても戦国武将だった。
ゲームにも、こんな装備は存在しない。
この世界にも存在しない。
もう疑う余地はない。
ザリー。
アンタ、日本から来た転生者でしょ。
「まあ……」
グラシアーナが目を丸くする。
「なんて奇抜なお召し物なの……」
そりゃそうだ。
ルネサンス風の世界で侍の鎧なんて着てきたら誰でも驚く。
「素敵……」
エンラ様だけが、うっとりと呟く。
……もう何でもいいんだね。
ザリーなら。
――
競技場の中央。
ワシとキルロットは馬を並べる。
「では」
キルロットが槍を掲げる。
「改めてルールを確認しよう」
「武器は槍のみ」
ワシも槍を構えた。
「相手を落馬させた方の勝ちでしたわね」
「異論は?」
「ありませんわ」
互いに槍を下ろす。
審判の旗が振られた。
「始め!」
同時に地面を蹴る。
ドドドドドッ!!
ナインスターが突撃してくる。
速い。
そして重い。
まるで城壁そのものが迫ってくるようだ。
対する黒凪は軽い。
まるで地面を滑るように駆ける。
キルロットは高々と槍を振り上げる。
巨大な馬。
高い馬上。
当然、上から叩き潰す構えになる。
……やはり。
ワシは心の中で頷いた。
高い位置から攻撃するなら、槍は自然と長く持たねばならぬ。
長く持てば。
遅くなる。
ワシは槍を軽く払った。
ガキィン!
槍同士がぶつかる。
そのまま二騎はすれ違った。
歓声が上がる。
「惜しい!」
「もう少しだった!」
観客はそう見えたらしい。
だが。
ワシには十分だった。
癖は見えた。
黒凪は小さく旋回する。
キュッ、と円を描くように向きを変える。
対してナインスターは巨体ゆえ、大きく外へ膨らんでから向き直る。
遅い。
それだけで十分だった。
二度目の突撃。
キルロットは勝利を確信したように笑っている。
「今度こそ!」
ワシは槍を短く持ち直した。
「?」
キルロットが一瞬だけ眉をひそめる。
次の瞬間。
ワシは鞍から身を大きく乗り出した。
狙うのは騎士ではない。
馬だ。
いや。
馬の鼻。
鎧で守られていない数少ない場所。
「そこですわ!」
バシィッ!!
乾いた音が競技場に響く。
「ヒヒィィィン!!」
ナインスターが悲鳴を上げた。
巨体が大きく跳ね上がる。
「なっ!?」
キルロットの体勢が崩れる。
重い鎧が仇になった。
「くっ――!」
支え切れない。
ドサァッ!!
武人令嬢キルロット・フォン・アイゼンベルクは、土煙を上げて馬上から転げ落ちた。
競技場が静まり返る。
ほんの一瞬。
誰も動けなかった。
そして次の瞬間――
「おおおおおおっ!!」
大歓声が競技場を揺らした。
――
「きゃあーー!!」
エンラ様が両手を胸の前で組む。
「ザリー様の勝ちですわ!」
「まあ……」
グラシアーナも目を丸くしている。
「本当に、あっという間でしたわ……」
私は呆然と立ち尽くしていた。
「え……?そんなので勝ち?」
ゲームじゃ。
馬なんて攻撃できなかった。
「何を言っておりますの?」
エンラ様が不思議そうに私を見る。
「勝てばよろしいのですわ」
……目が怖い。
「い、いや……」
私は苦笑いする。
「普通に戦っても勝てたんじゃないかと思って……」
ゲームの能力値なら。
ザリーがキルロットに勝てるはずはない。
でも。
今の動き。
やはりゲームを超えている。
ザリー自身が。
キルロットに匹敵する戦闘能力を持っている。
しかも。
ゲームに存在しない戦い方まで知っている。
「そうですわね」
グラシアーナ様が微笑む。
「そんな戦い方で、もう一度見たいですわ」
エンラ様も満面の笑みになる。
「グラシアーナさん、それは名案ですわ!」
彼女は立ち上がり、声を張り上げた。
「アンコール!」
「もう一戦!」
やがて、周囲の生徒たちもそれに加わり始めた。
「アンコール!」
「もう一度戦って!」
その声は競技場全体に広がっていった。
だけど。
私はもう見ているだけではいられなかった。
キルロットでも止められない。
なら。
私が止めるしかない。
私は強く拳を握りしめる。
そして。
厩舎へ向かって走り出した。
――
「そんな……」
キルロットは地面に膝をついたまま呆然と呟く。
「……バカな」
ワシは静かに槍を肩へ担ぐ。
「体が大きいということは、それだけ狙う場所も増えるということですわ」
キルロットは勢いよく立ち上がる。
「待て!」
砂を払うことも忘れ、ワシを睨みつける。
「馬を攻撃するなど反則だ!」
ワシは首を傾げる。
「はて?」
「そのようなルールがありましたか?」
「ルール以前の問題だ!」
キルロットは怒鳴る。
「騎士たる者、相手の馬を傷付けるなど卑怯者のすることだ!」
「騎士道として当然だろう!」
ワシは小さくため息をついた。
「やれやれ……」
「その騎士道とやらは、戦場でも通用するのですか?」
キルロットが言葉を失う。
「戦場では」
ワシは黒凪の首を優しく撫でる。
「馬も武器。」
「槍も武器。」
「地形も武器。」
「天候も武器。」
「勝つために使えるものを使う。」
「それが武。戦の為の力ですわ」
競技場が静まり返る。
観客も教師も、誰も口を開かない。
キルロットだけが拳を震わせていた。
「……違う」
低く呟く。
「そんな戦い方は……違う」
「そうでしょうか?」
ワシは穏やかに微笑む。
「貴女も座学で多くの戦場を学びましたでしょう?」
「そこで学ぶべきことは唯一つ。」
「勝者だけが、生きて帰る。」
「それだけですわ。」
キルロットは歯を食いしばる。
悔しさ。
怒り。
そして否定された信念。
その全てが表情に浮かんでいた。
「ならば!」
キルロットは槍を地面へ突き立てる。
「もう一度だ!」
「今度は魔法も使う!」
「戦場を持ち出したのは君だ!」
「だったら魔法も当然、戦力だろう!」
観客席がざわつく。
「魔法もですって?」
「キルロット様、本気だ……」
「また始まるぞ!」
ワシは少しだけ笑う。
「おやおや。ずいぶんと都合良くルールが変わるものですわね」
「黙れ!」
キルロットは即座に言い返す。
「魔法も使えるなら僕が勝つ!」
「君より魔法が上なのは何度も証明してきた!」
ワシは槍を従者へ渡しながら微笑む。
「良いでしょう」
「ですが、魔法が優れているだけで勝てるとは、甘く見られたものですね。」
「黒凪とナインスター。」
「その差は、魔法一つで覆るものではありませんわ。」
キルロットは真っ直ぐワシを見つめる。
「ならば証明してみせよう。」
「このナインスターこそ最強だと。」
「望むところですわ。」
二人の間に、再び張り詰めた空気が流れる。
教師たちも止める様子はない。
武人同士の決闘。
学園では日常なのだろう。
誰も口を開かなかった。
黒凪は静かに鼻を鳴らす。
ナインスターもまた、それに応えるように鼻を鳴らした。
次こそ、本当の勝負になる。




