21 懐かしい人
池のほとりで、星辰と妻の薇蕾は語りあっていた。
「側仕えの侍女があなたの部下に嫁いだから、お祝いをしなければいけないわね」
「ああ、そうだな」
「何がいいと思う?」
「そなたに任せるよ」
夫の素っ気ない態度に、薇蕾の表情が凍る。けれど、気を取り直し笑みを浮かべて夫に話しかける。
「長年仕えてくれた侍女がいなくなるのは寂しいわ」
薇蕾の侍女である楚花は恐縮した様子で言う。
「奥さま、何かあればいつでもすぐに駆けつけます」
薇蕾は笑う。
「楚花、あなたはもう私の侍女ではないのよ」
「そんな寂しいことは仰らないでください、奥さま」
薇蕾は楚花の頬に手を触れる。
「私のことはいいから、早く子をもうけ、幸せになりなさい」
「はい」
楚花は涙ぐむ。
「ふふ、ねえあなた、私たちもそろそろ子が欲しいわ。周りから毎日のように跡継ぎはまだかと言われるの。特に母上から……みんなを安心させるためにも、はやく私たちも子を」
「そうだな」
変わらず星辰の言葉を素っ気ない。
ふと、星辰は遠くでこちらを見つめている女性の姿に気づき、目を見開いた。
慧雪!
「……っ!」
懐かしい女性の名を叫ぼうとしたが、すんでのところで言葉を飲み込み、首を振る。
なぜ私はあの女人を慧雪だと思ったのだろう。
慧雪のはずがないのに。
彼女は陛下に毒酒を賜り、死んだのだ。
星辰は目を細めた。
なのに、先程の女性にどこか懐かしさと愛おしさを感じた。
去って行く女人の姿を星辰は目で追った。
急に黙りこくってしまったため、妻の薇蕾が首を傾げて問う。
「あなた、どうなさったの?」
「いや……ただ、懐かしい人を見た気がした」
「懐かしい人? 誰でしょう」
薇蕾は夫の視線の先を追う。
そこに、女性の姿があった。
「少し疲れた。部屋に戻る」
歩き出した星辰を薇蕾は慌てて引き止める。
「待ってください。一緒にお花見をしながらお茶を飲む約束では、星辰さまの好物の菓子を作ったのよ」
腕にすがりつく妻の手を、星辰はやんわりと振りほどく。
「すまない。今日はそんな気分になれない。また今度いただこう」
そう言って、星辰は妻を残し去って行った。
薇蕾は悲しそうに瞳を揺らした。そして、すぐに星辰が見つめていた女子の背中に目をやる。
「誰か」
薇蕾は侍女を呼ぶ。
「はい」
「あの女は誰?」
「お答えします。新しく後宮に入った、雪答応です」
「雪、答応?」
薇蕾は眉根を寄せた。
「あの女がいかがいたしましたか?」
余計なお節介だとばかりに、薇蕾は侍女を睨みつける。
「おまえには関係ないことでしょう! 女官長の楚花がいなくなったからって、いい気にならないで! 楚花の代わりなんていないのよ!」
「申し訳……出過ぎたことを言いました。お許しください」
すぐに侍女はその場にひれ伏した。
「おまえ、雪答応の行動を見張り、逐一奥さまにに報告しなさい」
「かしこまりました、楚花さま」
楚花の命令に侍女は頭を下げ、逃げるように去って行く。
薇蕾はこめかみのあたりを押さえよろめく。
「奥さま、大丈夫ですか?」
すぐに楚花が薇蕾を支える。
「ええ、何でもないわ」
「今日はお部屋に戻りましょう。旦那さまも最近ご公務でお忙しくしていたので、疲れたのでしょう」
楚花はなんとかこの場を取り繕う。
「そうね、あなたがいてくれて助かったわ」
「奥さま、今日は私がお側についていますから。ゆっくりお休みください」
「ええ……そうね」
侍女に支えられ、薇蕾は覚束ない足取りで部屋に戻って行った。




