17 慧雪と星辰の出会い
幼い頃から身体が弱かった慧雪は、都を離れ、母とともに地方の田舎町に養生していた。
住み慣れた生家を離れることに最初は寂しさと戸惑いを感じたが、田舎での暮らしは意外にも慧雪に合っていたようで、月日が経つとともに、心身ともに健康な状態を取り戻すようになった。
さらに、慧雪は町で師匠と呼べる人物と出会った。
その人物とは、人々から仙星と呼ばれている女性で、医者を生業としていた。
稀少な薬草と同じ名を持つ師匠。本名かどうかは知らない。今思えば、おそらく偽名だと思う。けれど、師匠が何者でもかまわない。慧雪にとって、仙星から教わる薬草や、医療の知識は貴重でかけがえのないものであったから。
仙星は慧雪に、惜しむ事なく自分の知っていることを教えていった。慧雪も素直に師匠から学び、教わったことを吸収していった。時には、師匠とともに山に入り薬草を採取することもあった。この知識が後に後宮で役立つとは、この時の慧雪は思いもしなかったが。
そんなある日のこと、一人の青年が師匠の診療所に運び込まれた。この青年との出会いが、慧雪の人生を大きく変えたといっても過言ではない。
その青年はひどく顔色が悪く、たいして寒くもないのに衣服を着込み、ガタガタと身体を震わせていた。
「二日前から身体が冷たくて、悪寒がするんだ。どんなに身体を温めても寒さがおさまらない」
青年は青ざめた顔で言う。
「食欲はあるか?」
師匠の問いに、青年は力なく首を振る。
慧雪が見ても、あきらかに青年の顔に生気がないように思えた。
「少陰病だな」
「少陰病?」
ゆっくりと顔をあげ、青年は呟く。
「寒さが原因でかかる病だ。初期なら簡単な薬で治せるが、放っておいたせいで症状が重くなったのだな。つまり、傷寒をこじらせたのだ。慧雪、少陰病の治療はどうする?」
「はい、身体を温めることです。身体を温め、低下した陽気を補う漢方薬を用います」
師匠が満足そうに頷くのを見て、慧雪は続けた。
「冷えが強い風邪の初期から中期なら麻黄附子細辛湯を煎じます。少陰病は、体力・気力が底をついている状態だから、とにかく身体を冷やす飲み物や生ものは厳禁です」
「薬を煎じるので、おまえが飲ませてあげなさい」
「はい!」
師匠から薬の煎じ方を教わり飲ませた。その間、相手の身体の負担にならない程度に、簡単に会話を交わした。
青年は星辰と名乗り、三日前に仕事で都からこの町にやって来たという。
「きっともう大丈夫よ、明日には楽になるわ」
「ありがとう……」
その夜も、慧雪は薬湯を飲ませ、一晩中、看病にあたった。しかし、翌日になっても星辰の様態は変わらなかった。
師匠は難しい顔で唸る。
「思っていた以上に、こじらせてしまったのだな。あるいは、この土地の気候が身体に合わないのかもしれない」
「師匠、どうすれば」
慧雪は不安な面持ちで師匠を見る。
「どんな病にも効く仙星花なら、完全に治せるだろう」
「その薬草なら、治せるのですね」
「ああ、だが知っていると思うが、仙星花は高い崖の上に咲く花。女子のおまえには……」
「いいえ、行きます。今すぐに!」
慧雪は身をひるがえし、山に入る準備を整える。
「必ず仙星花を採って帰ります。それまでその人のことをお願いします!」
星辰を治してあげたいと思う気持ちが先走り、慧雪は師匠の診療所を飛び出した。今思えば、この時すでに彼に思いを寄せていたのかもしれない。
慧雪は稀少な薬草を求め山に入った。
「あの人を助けたい。どうか、薬草が見つかりますように」
慧雪の必死な思いと、切実な願いが通じたのか、運良く仙星花を見つけられた。
「これで星辰さんを助けられる」
慧雪は急いで町に戻り、薬草を師匠に渡した。すぐに煎じた仙星花を星辰に飲ませる。
「これで楽になるはずよ」
「ありがとう」
星辰の顔に少しずつ赤みがさしていく。身体の震えもおさまった。慧雪が言った通り、楽になって安心したのか星辰は深い眠りについた。静かな寝息をたてて眠る星辰を、慧雪は安堵の思いで見下ろす。
薬草の効果が効き、翌日には星辰の体調は回復した。
目を覚ました星辰の顔を覗き込む。
「具合はどうですか?」
「あ……ああ」
星辰はゆっくりと寝台から身を起こした。
「震えがとまっている。それに、手足も温かい」
「もう大丈夫でしょう」
「君がずっと私の看病を」
「お元気になられてよかったです。何か召し上がりますか? 粥なら用意してあるので。待っていてください」
そう言って立ち上がったその時。
「星辰、探したぞ!」
一人の男が部屋に飛び込んできた。
その男こそ、李鶯皇帝陛下であった。




