16 再び、あなたに会えた けれどあなたは
慧雪は梅園を歩いていた。
何度も訪れた庭。見慣れた景色。見飽きた蝋梅。甘い花の香り。
あの頃は、まるで桃源郷のようだと感激し、蝋梅が咲く時期になると、毎日のようにここを訪れては後宮での暮らしの寂しさや辛さを埋めていた。
だが今は、その時の思いは少しもない。それどころか、甘い梅の香りですら過去の記憶を思い出させ、嫌気すら覚える。
ここを訪れた理由は――。
慧雪は腰に下げている紅貴妃からの贈り物の香袋を引き抜き、池に投げ捨てた。
「雪答応さま、それは!」
侍女の一人が慌てて手を伸ばし、池の中を覗き込む。香袋はゆっくりと深い水底に沈んでいき、その形すら見えなくなった。
「手が滑ったわ」
「ですが!」
紅貴妃からの贈り物。それを池に落として咎められることを恐れた侍女は顔を青ざめさせる。しかし、常夜だけは違った。
「このことを他の者に口外した者は厳罰に処します。分かったわね」
常夜の言葉に、侍女たちは強ばった表情で頷く。
慧雪は常夜を見やる。
さすが幼い頃から一緒にいた友。
常夜は分かっているのだ。紅貴妃から贈られた物が何であるかを。
紅貴妃が優しい?
気前のいい妃?
誰もがあの女の偽者の微笑みに騙されているだけ。
これは新しく入って来た妃たちによく使う手だ。
香袋の中には、懐妊しにくくする麝香が入っているとも知らず、紅貴妃からの贈り物と喜んで身につけ、後で悔やんでも遅い。
いや、取り返しのつかないことになることも。
どんなに陛下から寵愛されようとも、他の妃に子ができればやがて脅威となる。己の地位を維持し続けるために、紅貴妃はことごとく他の妃が懐妊できないよう阻止してきた。
そのことに見抜けず、子ができないと周りからの圧力に押しつぶされ、しまいには鬱になっていく妃たちを慧雪はたくさん見てきた。
妃といえども陛下に仕える臣下。陛下の妻となった以上、皇子を産むのが妃たちの仕事。その仕事を全うできなければ、後宮にいる意味がない。
「雪答応さま、風が出てきました」
そろそろ戻りましょう、と促す常夜に慧雪は頷く。
「そうね」
香袋を捨てたなら、もうここには用はない。
来た道を戻ろうとした慧雪は、ふと顔をあげた。足が止まる。
池を挟んだ向こうの東屋に、男と女が立っている姿が見えた。慧雪は男の顔を見て目を見開く。
星辰!
思わず叫びそうになり、慧雪は口元に手を当てた。
東屋で星辰と一人の女性が語らっていた。
「あの方は……?」
かすれた声で問う彗雪に、常夜は答える。
「皇帝陛下の弟君であらせられる星辰さまと、一緒におられるのは正妻の薇蕾さまです」
「正妻」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「はい。独り身を貫いていた星辰さまですが、つい先日妻を迎えられました。いわゆる政略結婚ですが、ご覧の通り、そうとは思えない仲睦まじさで羨ましい限りです」
確かに二人は、仲よさそうに見えた。
星辰、あなたと愛を語り合ったこと、今でも忘れていないわ。
私は今でもあなただけを愛している。
ねえ星辰、私との約束を覚えている?




