15 紅貴妃からの贈り物
さらに慧雪は周りを見渡した。
他にも、生きていた頃、自分を貶めた妃や侍女や太監もいる。さらに、公主や皇太子、そして陛下。
誰一人その顔は忘れない。否、忘れるはずがない。
「みんなも陛下によく仕え、世継ぎを産むことに心を砕きなさい。女人としての心得をしっかり学ぶことです。焔貴人」
茗皇貴妃は慈桂に声をかける。すると、いっせいに妃嬪たちの視線が慈桂に注がれた。妃嬪たちが新しく後宮に入った妃を値踏みするように見るのは当たり前。特に徐家の姉妹が後宮に入ったことは、興味を引いた。
後宮に入るなり出世した、徐家の姉の慈桂と、いまだ底辺の妹の雪蘭。
「陛下は焔貴人を気に入っている様子。陛下のために心を尽くしてね」
「もちろんです」
「そして、あなたが焔貴人の妹の雪答応ね」
「はい」
「後宮での暮らしも姉が一緒なら心強いでしょう。これからも、屋敷にいた時と同様に、焔貴人に協力していきなさい」
「はい、茗皇貴妃さま」
「義妹とともにこれからは、茗皇貴妃さまの言いつけをよく守り、陛下に尽くします」
慈桂の返答に満足した茗皇貴妃は頷いた。
慧雪はそれ以上余計なことは口にしなかった。
この後宮で誰かに取り入るつもりはない。無駄口は危険。何気なく口にした一言が、後に自分の首を絞めることにもなりかねない。あるいは、自分を貶める罠に繋がる可能性だってある。
後宮では慎重に行動しなければならない。それこそ薄氷をふむように。それは宮中に長くいた慧雪がよく知っている。慎重になっても自分は殺されたのだから。
今は目立ってはいけない。失敗は許されない。
「困ったことがあれば私に相談しなさい。これからは私を姉だと思い頼りなさい」
「感謝いたします、茗皇貴妃さま」
「姉姉」
酒がすすみ、頬を赤らめた紅貴妃が横から口を出してきた。
「なにかしら」
「私から新しい妹妹たちに贈り物をしたいのですが、よろしいかしら」
贈り物と聞き、新しく入宮した妃たちは瞳を輝かせた。
紅貴妃は手を叩いて合図をする。すると、宮女たちが盆の上に乗った品物を手に現れた。
盆の上には装飾品と香袋が乗っている。
「これは私からのささやかな贈り物よ。受け取って」
妃嬪たちは喜びの声をあげる。
「ありがとうございます」
「素敵な耳飾りだわ」
「こちらの香袋はいい香りがする」
「紅妃は気前がよいのね。これでは私の立つ瀬がないわ」
茗皇貴妃は眉尻を下げながら言う。
いいえ、と紅貴妃は首を振る。
「茗皇貴妃さまは後宮の妃嬪たちを温かく見守り導いてくださる。けれど、私にはそんな甲斐性はない」
「ふふ、紅貴妃は口がうまいのね」
「本当のことを言ったまでですわ。あなたたちもそう思うでしょう?」
紅貴妃はここにいるみんなを見渡した。
「茗皇貴妃さまと紅貴妃さまに感謝を」
そうして、つつがなく宴は終わった。
「茗皇貴妃さまが、お優しい方で安心したわ」
「本当ね。ここに来るまで緊張で倒れるかと思ったもの」
「それに、紅貴妃さまも噂とは違い、親切な方なのね」
「陛下の一番の寵妃なのでしょう。それなのに、私たちにも心を砕いてくださる」
「素敵な贈り物もくださるなんて、気前がいいし」
妃嬪たちがお喋りをしながら歩く。
「あら慧雪、どこに行くの?」
明林がこちらに駆け寄り声をかけてきた。
「梅が咲いたと聞いたので、少し梅園を歩くわ」
「梅なんていつも見られるのに」
「そうね」
実際、慧雪も後宮にいた頃は飽きるほど梅園を散策した。
「慧雪、時間があったら私のところに来てね。おいしい菓子をいただいたの。あなたと一緒に食べたいわ」
屈託なく笑う明林に、慧雪も微笑みを返す。
慧雪は明凜の腰に下げられた香袋に視線を落とす。それは先程紅貴妃から贈られたものだ。
「明林」
なに? というように明林は首を傾げる。
「あなたにだけ言うわ。その香袋は身につけてはだめ。すぐに処分しなさい」
「え? でもこれは紅貴妃の贈り物」
「だからこそ、身につけてはいけないの」
慧雪はそれ以上何も言わなかった。明林は腰の香袋に手を当てる。
「分かったわ。慧雪がそう言うなら処分する」
素直な性格だ。それだけに、後宮の陰謀や悪事に巻き込まれず穏やかに過ごして欲しい。
「その方があなたのためよ。もし何か言われたら、池に落としたとでも言えばいい。紅貴妃も咎めないはず。いいえ、咎められないの」
余計なことは詮索せず、明林はうん、と頷く。
「夕方にでも伺うわ」
「お茶の用意をして待っているわ!」
手を振る明林を後ろに、慧雪は梅園に向かってためらいなく歩き出す。そこで常夜は首を傾げた。
「雪答応さま」
「どうしたの、常夜?」
「いえ……雪答応さまは入宮してまだ日が浅いというのに、後宮のことにお詳しいのですね。私がご案内しなくても梅園に向かうので。まるで以前から後宮にいたようです」
鋭い常夜の一言に、内心は心臓を掴まれたようにドキリとした。そうだった、子どもの頃から常夜は勘が鋭いことを懸念していた。が、そんな焦りも顔にださず、慧雪は口元に笑みを浮かべる。
「梅園には何度か訪れたのよ」
とはいえ、後宮に入ってそんなに日も経っているわけでもないので苦しい言い訳だ。
「そうですか」
それ以上、常夜も突っ込んでくることはなかった。とはいえ、気をつけなければならないと慧雪はあらためて思った。




