第8話 緊急討伐依頼
転生者達の歴史を話してくれたスウェン達と仲良くなれた私はその後も酒場でずっとお喋りしていた。
スウェン達と話し始めると他の人達も会話に混ざってくれて、酒場の賑わいの中心が私達に寄ってきていた。
そんな楽しいひと時を過ごしていた時、店の壁の至る所に掛けられていた魔石が突然赤く点滅した。
『魔獣発生、魔獣発生。バラキエル森林にて、中型及び小型魔獣の群れが確認されました。出動可能な冒険者は直ちに現場へ急行してください』
消防署のアナウンスのような放送が流れ、酒場の雰囲気は一変した。つい数秒前まではビール飲みながら談笑していた男達の面構えが、戦士の面持ちへと一瞬にして変貌する。
冒険者達が各々の武器を携えて席を立ち始めると、エマも腕を伸ばして出撃準備に取り掛かっていた。
「さてと、私も行かないと」
「あっ、私も行くよエマちゃん!」
「おっけ、じゃあ私の傍を離れないでねっ」
もうこの世界に来てから何度も怖い思いはした。勘違いが半分だったけど、それでも少しは怖さの耐性がついたような気がした。
エマや談笑していた仲間達の姿を見ていたら私も段々と勇気が沸いてきた。
気持ちを整えて席から立とうとしたその時、マスターに私は止められた。
「奏ちゃん、武器はあるのかい?」
「一応風圧ぐらいは起こせるけど、これぐらいしか……」
腰から抜いたのは湖で拾った木剣。剣技スキルがあるとは言えど、魔獣相手には心細さしかない相棒だった。むしろこれで出陣しようとした数秒前の自分が恥ずかしいとさえ思えてくる。
しかし私が自分の木剣を眺めていると、マスターは棚のから何かを取り出してカウンターの上に乗せた。それはサイズは少し小さいが、紛れもない西洋剣だった。
鞘や柄には植物の模様が彫られた銀の剣、こんなものは私からすればアニメの世界でしか見たことの無い代物だった。
「とりあえずこの剣を持っていきなさい、ギルドの備品だが壊してしまっても構わないナマクラだ。その棒切れよりはマシだと思うよ」
「ますたぁ……ありがとうございますッ!」
マスターのご厚意に甘え、銀の剣を受け取って腰に刺す。剣技スキルの影響かは分からないが、剣は思いの外軽かったため移動の妨げにもなりそうになかった。
一方で高速リストラされた木剣はそっと座っていたカウンターチェアに立てかけさせてもらった。
「それじゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね」
行ってきますと言えるだけでさえ幸せなことなのに、見送ってくれる人がいるというのはこれ以上にないほど嬉しい話だ。
必ず、見送ってくれたマスターに「ただいま」と言うために覚悟を決める。
酒場の扉を音を立てて開け、冒険者達の後姿を見て駆けていった。
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冒険者達に着いて行き、森の中に入ってからもう40分ほどが経過していた。少し息が切れてはきたが、下り坂がほとんどのお陰で走るのは苦ではなかった。
エマも含めた何人かの冒険者達が風魔法で支援してくれているお陰で、向かい風と足元から発生する上昇気流での転倒防止対策がされていた。
なんとか下り坂を上手く降りながら前衛まで追い上げ、ようやく全力疾走するエマの隣まで追いついた。
「奏はさっき襲われてたけど、魔獣の倒し方とかは分かる?」
「わっ、分からないけど大丈夫、な気がする……かな?」
「自信全然ないじゃん! まあ折角の初陣だけど、安全第一にね。基本は私が魔法で補佐するから、奏は剣で鈍い魔獣を斬って」
「了解だよっ」
エマと並走しながら私は赤のスカートと銀の剣を揺らす。緊張の中で私が剣の柄を固く握って疾走していると、前方から野太い男の絶叫が響いてくる。
「中型魔獣だ! 散開しろッ」
その突然の警告の直後、冒険者達の流れの中から掻き分けてきたように隙間から魔獣が飛び出してきた。獰猛な化け物は唾液を撒き散らしながれ口を大きく開いて突っ込んでくる。
たまたまなのか、私が転生者だから引き付けたのかは分からないが、魔獣は私の元へ一直線に向かって来る。
大型の類人猿のような筋骨隆々の肉体、3つも生えた太い鞭の如き尻尾、怒り狂った獅子のような顔付き。巨大な重量と捕食者としての本能を携えた獣の突進は防ぐ術がなかった。
白い無数の牙が私の肉を噛みちぎろうと出迎えている。
「……っ!」
「奏ッ!」
捕食されるという恐怖の奇襲で私はその瞬間は声が出なかった。エマは既に回避のために足を運んでいたため、私に向かって手を伸ばすが体は追い付かずに遠ざかっていった。
私はとっさに傾斜となっている地面を強く蹴りあげ、落下するかのように飛び降りながら剣を鞘から抜いていた。
銀の刃は私の右半身から左前方に向かって傾いた地面と並行に振り払われる。気が付けば体も攻撃のため魔獣の強襲コースから外れて、僅かに余裕すら生まれていた。
その時既に、私のスキルは発動していた。銀剣は本来の攻撃出力を超えた斬撃を繰り出した。
私が最初に振り回した木剣はせいぜい衝撃波を生み出す程度のものだったが、この剣はそんな大雑把な性能ではなかった。
斬ろうと思った場所へ銀の刃がスっと静かに侵入していった。剣は音も立てず、私の真横を通り過ぎる魔獣を横に両断した。
口を開けていたせいで魔獣は上顎と下顎を目安に体ごと横に斬られ、ボトボトと私の後ろで血肉や臓腑を地面に撒きながら絶命する。
巨大な質量が背後で解け、ただの残骸になっていく様子が振り向かなくても容易に判断できた。
唐突な事とはいえ、私はこの時初めて魔獣を討伐することに成功した。しかしそのことに喜んでいる暇はなく、落下先の地面を私の顔が出迎えようとしていた。
斬ることに集中しすぎたあまりに着地のことを計算していなかった私は半ば飛び降りるように体勢を崩してしまっていたのだ。歯を食いしばりながら痛みが来るのをじっと待つ。
「ッ!!」
しかし私の肉体に痛みが訪れることはなかった。その代わりに私の身体は大量の水のヴェールに包まれていた。
何が起きているのかの理解に時間がかかっていると、私の衣服の中から水色のスライムが顔を出す。飛び出すとスライムは子供の玩具のような音を出して心配してくる。
気が付かない内に姿を消していると思ったら、今度は突然現れたプニに思わず動揺した。
「ぷっ、プニ!?」
『キュ〜キュ〜!!』
プニは今まで私の体の中で隠れていたが、主人の私の身の危機を感じ取っていた。そして水流を生み出してくれて私を小さな波に乗せて助けてくれていた。
プニが水スライムだからか、その小さな体からは出るとは思えない大量の水が排出されて私を地面の上で流していた。
呆然としながら傾斜が落ち着く所まで待っていると、徐々に勢いと水量は収まってきてプニはただのスライムに戻った。
「プニ……ありがとうッ!」
やはり性質的に臆病なのか、普通のスライムに戻った途端プニは再び私の衣服の中に戻って行った。服の中とはいえ不思議な感覚で、衣服や肌が濡れている感覚はゼロに等しかった。
むしろ体温が水温で整えられているようにさえ感じる。
しかしこれはただのプニの防衛本能であったと直ぐに悟る。それは先の魔獣から私を守るための行動ではなく、隠れた行為そのものだった。
不意に目の前に目をやると、そこには先の魔獣と同じ種の3頭が待ち構えていた。牡牛のような体付きで筋骨隆々、そんな凶暴な魔獣達が私を一直線にジッと見つめていた。
「ひっ……」
その追い詰められるような脅迫感と絶望に陥りそうになって足を反射的に引いてしまった。しかし私は踏みとどまり、出した後ろ足をそのまま動かさずに残し、強く踏ん張りすぐに剣を構えた。
底知れぬ被食者としての恐怖に溺れる中、私は必死に心の中で抵抗する。目の前の魔獣よりも怖い「現実から逃げようとする自分」をまた生まないように、強い声を投げかけて自身を鼓舞する。
「頑張れ、奏! 立ち向かうんだ。この世界で、生きていくために。手に入れられなかった、幸せを掴むためにッ!!」
私は腹から上ってくる震えを噛み殺して睨み返した。構えた剣の光沢が魔獣の目に映る。




