第7話 転生者の歴史
私の胴上げは20分近く続き、皆ではしゃぎ倒したせいでクタクタになってしまった。息を荒くしながらも私を含め、満面の笑みを浮かべて自分の席に戻って行った。
「みんなありがとうね〜!」
こんなに大人数に自分のことを喜んでもらえた上に胴上げまでしてもらうという事など、当然人生で初めての経験だった。
この世界はこんな最初の最初から私に初めてという祝福を与えてくれている。女神様にでも愛されるようなことしたかなと思ってしまうほど、私の心は満たされて胸の辺りがキュッと締まって悶えてしまう。
まだ興奮が収まらずに心臓が忙しなく働いているのを感じていると、私はふと視界の端に映ったカウンターに置かれた物体に目をやる。
そこにはコップに注がれた先程のフルーツジュースと、甘い匂いで鼻腔をくすぐるチーズケーキが置かれていた。テレビでしか見たことの無いチーズケーキに私は目を見開いて絶句しながら涎を啜った。
「ジュース1本とケーキ、サービスだよ。こんなちょっとした事しか出来ないけど、私からの歓迎祝いだ」
「ふわぁ……マスターさん、本当に本当に本当にありがとう! チーズケーキ、ずっと食べてみたかったの」
「気に入ってくれて、嬉しいよ」
さっそく私は添えられていたフォークでチーズケーキの先端を切った。その味をしっかりと楽しめるよう、大き過ぎず小さ過ぎない大きさにとって口に運んだ。
チーズケーキは舌の上で溶けて、砂糖とチーズの甘さが私の口の中で弾けて美味へと変わった。これまでの人生で食べた甘いものの中で1番美味しいと感じた食べ物になった。
食べている内に頬が緩んでいつの間にか笑顔になっていた。
「あっ、甘い。おいひぃ……こんな、食べ物があったんだぁ……!」
マスターとエマはチーズケーキを堪能している私をまるで自分の子供のように微笑みながら見守っていてくれた。
生温かい視線の中でチーズケーキを食べていると、私の周りに何人か大男達が集まってきた。その中の何人かは私の近くの席に座って、1人の冒険者の男がマスターに話しかけた。
「なあマスター。嬢ちゃんが転生者で強いってのも分かったし、エマ嬢がいるとはいえ、このまま奏ちゃんを冒険に出すってのは不安じゃないか?」
「まぁ多少なりとも心配ではあるかな。私もこんなに若くて可憐な少女達だけのパーティーは久しく見ていないしね」
「だろ? だったらこの世界の常識や情報を教えてから出発してもらった方が良いじゃねぇか」
「君……ただ奏ちゃんと会話したいだけだろスウェン」
「あっ、バレた?」
大きな体に反してお茶目な反応を見せるを面白いと感じていると、彼は少し照れた様子で私に話しかけてくれた。
「よろしくな奏ちゃん! 俺はスウェン、見ての通りそこそこの冒険者だ」
「スウェンさん! よろしくですっ」
「こっちの背のでかいやつはティーラ、この金髪マッチョはラルクだ」
「ティーラさん、ラルクさん!」
近くの2人の名前を呼ぶと、彼らは更に恥ずかしそうにしながらも笑顔で反応してくれた。先は皆でまとまっていたから気が付かなかったが、大柄な冒険者の男性でも意外とシャイな人は多いのかもしれない。
「聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」
「じゃあ、えっと……この世界では転生者はどういう風な扱いをされてるんですか?」
「そりゃあ、大概の奴らは大歓迎。場所によっては英雄と同じ待遇さ。特にこの国は転生者の恩恵を受けた国だからな」
スウェンは聞くと、この国の歴史について詳しく語ってくれた。
──30年前までこの国、大魔国ベルゼビュート王国では魔族との戦争があった。
古来より対立が続いていて、互いが悪魔を召喚しては数百年間も争いを繰り返していた。その上、この100年は天災や魔獣被害が甚大だったらしい。
ただそこで活躍したのが転生者達だった。
彼らはそれぞれ、魔族と人間を友好関係を結ぶために奔走した。彼らには人や魔族では到底叶わない圧倒的な力と、彼らが元いた世界の知識を駆使して戦争を収束させていった。
約5年にも及ぶ奮闘の末、人と魔族は和平協定と友好条約を結んだ。
その後も彼らは、自分たちの世界での行政形態とこの世界の政治体制を折衷した国々を建国。法律や公的組織の他にも、多くの技術的支援をした。
魔獣討伐や貧困者救済を旨とした冒険者ギルドや魔法研究のための魔導師聖領会の設立、建築や医療等の技術を広めて市民達の生活を豊かにして行った。
そして現在、彼らは3つの組織に属しているらしい。
魔獣討伐のために最前線で活躍する『冒険者ギルド』、全ての国に配置し国に絶対の忠誠を誓った『大魔騎士団』、同じ転生者による横暴の取締や裏社会の統制を目的にした『義兵革社』。
それ以降にも現れる転生者達の持つ力と前世での情報は人々に富と幸福を与えるため、今ではこの世界では転生者というだけで英雄と言われているらしい────
と、ここまでのことをスウェンやティーラ、ラルク達が熱弁してくれた。
「ざっとこんな感じかなぁ。基本的にはどこでも大歓迎だが、転生者を敵視する奴や利用しようとするクソ野郎もいる」
「奏ちゃんはまだ小さいし、実年齢よりも若く見える。色々も厄介ごとに巻き込まれないために、転生者ってことを大っぴらに言うのは控えた方が良いかもしれねぇ」
まるで朗読劇でも聞いているようだった。彼らの語った話に夢中になって聞いていると、マスターはため息を付きながらスウェン達に言葉をかける。
「君たち、結局は転生者が凄いということしか言ってないじゃないか……」
「「「あっ」」」
3人は声を揃えてしまったという顔をして背をピンと伸ばした。マスターは彼らに続いてこの世界の常識について教えてくれた。
「とはいえ、彼らが語ったことさえ覚えてればそこまで困りはしない。お金は魔獣討伐でギルドから支給されるし、寝床や食事はギルドの管轄施設で調達できる」
ここら辺の情報は転生前から私の脳には既にインプット済み。異世界大好きっ子にとっては基礎中の基礎である。
「あっ、そうだ。悪魔の名を持つ人の前では特にお行儀良くね!」
「悪魔の名前?」
「転生者達と協力し、戦争を終わらせた者には悪魔と同じ名の家名が贈られる。これはこの世界では誉れなんだ」
ベルゼビュート王国、この名前もそうだ。
ベルゼビュートとは大悪魔の君主であり、七つの大罪の暴食の悪魔でもある。戦争で使役われていたとはいえ、この世界で悪魔は神聖なものなのかもしれない。
「基本は皇族や貴族の家名だけど、たまに戦争時代の英雄として平民にも贈られてることがある。彼らに特権がある訳じゃないけど、マナーとして守ってね」
「はい!」
楽しい歴史の授業を受けているようだった。実際の歴史の授業がどういうものかは分からないが、彼らから聞く話は刺激的でもっと聞きたかった。
機会があれば本でも購入して読んでみたいものだ。
そんな素敵な物話で私の好奇心がくすぐられ、目を輝かせていると、ふと横で座っていたエマの姿が目に入った。
エマはコップを片手に持って揺らしながら、どこか虚ろな目をしてカウンター奥のボトルの山を眺めていた。
「エマちゃん……?」
おそるおそる声をかけると、エマはビクッと体を痙攣させた後に私の方を向いた。
「んっ? あっ、ごめんね。さっきの歴史、結構色んな人から聞くから飽きちゃってぼーっとしちゃった」
「えぇー!! 俺らがあんなに熱く語ってたのに!?」
「ごめんごめんっ」
エマは喜劇のキャラのようなショックの受け方をした3人を見て笑っていた。スウェン達は泣き真似をしながらマスターに絡んだが、マスターからもドライな態度を取られて道化師のようにコミカルな動きをしていた。
ただこの時、何となく違和感を感じていたのは私だけだったかもしれない。
この時のエマの笑顔が引きつっていて、何故か寂しそうに見えた。




