第43話 一線
「奏……」
「奏ちゃん……」
ステラと分かれてから、2人はずっと私のことを心配してくれていた。全力疾走に近い状態で今まで移動してきていたが、私はここでペースを落とした。
足が段々遅くなり、歩きの速度になったところで私は2人に今の心境を打ち明ける。
「少し、分かったんだ」
軽葉とエマは何も言わず、一緒に止まって聞いてくれた。遺跡の中で水滴がポチャンと1滴だけ垂れる音がする。
「一方的に弱い人を虐める人は、人間でも魔族でも嫌い。ただその人達を私が殺したら、私も同類になるんじゃないかって、思った」
私がされてきた様なこと、両親にされたこと。
「これが正しくないって分かってるけど、こうするしかないって事も分かってる。そういう暴力と殺しのイタチごっこ、戦争でしか解決出来ないこともあるって」
綺麗事だけじゃ変えられないことがあるっていうのは、今までの私の人生の全てが訴えてる。
「だから私は、汚れる。もしかしたら後で罰が当たるかもしれないけど、それでも……」
たとえ間違っていたとしても。
「私は、しあわせにしたいと思った人達のために手を穢す」
それが私の決意。この悲しい世界では必要な犠牲であり、私のしあわせのための代償。
「その時が来たら、私も一緒に汚れるから大丈夫だよ。奏ちゃん」
「軽葉ちゃん……」
軽葉はそっと私の肩を抱いた。
「大丈夫よ、二人とも。貴方達にそんなことはさせないから」
「えっ……」
「ついさっき、この遺跡の装置を私が改造し直したから」
「「ッ!!」」
「流石に短時間で古代魔術の完全解析は出来なかったけど、感覚で試行錯誤して組み替えたの。魔力を迅雷に変えて、相手を無力化するだけの装置に」
それは思わぬ吉報だった。
「万が一魔族が接近しても平気よ。殺さずに行動不能にさせる方法を、私はよく知ってる」
「エマちゃんっ……!」
「さあ、来るわよ!」
エマが接近を知りせて間もなく、軽葉は反応して魔力の準備を整える。
「エマちゃん、私もっ!」
「じゃあ補助頼んだわよ、軽葉」
2人はそれだけ言葉を交わすと、息がぴったり揃った動きで地に手を付けて魔力を放出した。魔力が床へ流れ、遺跡の石床に光の筋が走る。
「魔力が、弱まった……?」
「流石に古代魔術の術式を通すと威力が高いわね。死ぬほどじゃないけど、魔力回路に傷がつくレベルよ」
「魔力回路が弱まる感覚ってこんな感じなんだね。勉強になります」
「うう、私も魔力とか見極めたい」
近くにある魔力の気配を感じるのがせいぜいの私は置いてけぼりだ。そうボヤいてると、すかさずエマが次の指示を言い渡す。
「二時、四時、九時の方向から来てるよ!」
剣の柄にありったけの握力を注いで身構えていると、エマは足で私の前の床をトントンと叩いた。
「奏、試しにここ剣で叩いてみて」
言われるがままに私は銀剣を抜き、私の全身全霊の魔力を刃に流す。
「えりゃ!!」
銀刃が半円を描くように全力で振り、床へ思いっきり叩きつけた。すると周囲にあった魔力の気配が小さくなる感覚を覚える。
「魔力が弱まった、効いてるよ!」
「やっぱりね。奏の魔力とユニークスキルが合わされば、魔力反応で魔力が産まれるのね」
「うーんと……え?」
「つまり奏は、来る方向の床や壁を剣でぶっ叩けば攻撃出来るってこと」
単純明快で私のスタイルにも合ったこの遺跡でのルールに喜びを覚えていた。そんな気の緩みが生じた瞬間だった。
「奏ちゃん、エマちゃん、凄い速い魔力が──」
軽葉が危機を知らせている途中で、私の背後まで俊敏な動きで迫ってきた魔族がいた。
鋭い黒爪とその者の腕に浮かび上がった魔法陣を見た瞬間、死を予感した。が、その魔族は突然私の視界から姿を消した。
「ッ!!」
「ガハッ……」
肉眼で追い切れない速度で、先にエマが攻撃を入れていた。肩甲骨の真ん中、背骨を狙って放ったエマの肘は魔族を刹那の内に行動不能なまでの負傷を追わせ、地に伏せさせた。
「いきなり襲いかかるなんて随分なご挨拶ね」
冷や汗をかきながらも、エマの表情はどこか涼しげだった。
「半魔を追って遠路はるばるここへ来てみたら。忌み子をたぶらかし連れ去ったのは貴様らか、ニンゲン!」
魔族は禍々しいものを秘めた目でこちらを睨むと、開口早々に罵倒を放つ。
「何か勘違いしてるようだけど、私達はここで彼女を保護しただけよ」
「知ったことか、醜悪な下等種風情が!」
「あら、水面に物を言ってるのかしら? 人と魔族の間の子ってだけのあの子を虐げてきた排泄物以下の畜生が」
エマが瞬時に吐き返した毒を耳に入れると、魔族の動きが止まった。そして魔族は、自身の種族のプライドを傷つけられて怒りに震えている。
「我らの由緒正しき伝統を、今愚弄したのか……? 薄汚れたニンゲン如きが、気高き血統の我が一族をコケにしたのか、メス猿!!」
汚物を見るような目を向け、エマはドスの効いた低い声で言葉を零す。
「血とか、慣習とか、そんなものクソ食らえよ」
その冷たい威圧に僅かに萎縮した魔族は、目的を思い出して私達へ一方的な要求を突き付ける。
「ッ! 忌み子を、あの半魔を寄越せ。儀式の日が近い、悪魔に忌み子の臓腑を捧げてこそ栄光が訪れる。その清らかな、純潔な、高貴な儀の意義すら理解出来ぬ者が手を出すでない」
異文化、などという言葉では収まらない根本的な論理の食い違い。それを私は理解出来なかったし、何故そんな論理をかざすのかと考えるだけで腸が煮えくり返った。
「下郎が、売奴が、卑しい血が! 死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえぇぇぇ!!」
牙を折られても尚吠える獣のように、魔族は幼稚な罵声を叫ぶ。
「貴方、あの子の受けた仕打ちに対して胸が痛んだことはないの?」
「生を受けた罪人から安寧と幸福を奪うことの、何が悪い!!」
「やっぱり聞くに堪えないね。勝手に悪を他人に押し付ける人は吐き気がする」
エマが行う尋問は意味を成さなかった。同情の余地なんて一切ない。
そんな不快な理論を展開する魔族をどうしようかと悩んでいると、軽葉がゆっくりと魔族の元へと近付いた。
「エマちゃん、奏ちゃん、私がやるよ。勿論殺したりはしないからね」
そう告げると、緑色の光の胞子が軽葉の右手に収束していった。その腕を左横に構え、軽葉は静かな声で技の名前を言い放った。
「『ディア・エリーゼ』次なる執刀」
光の胞子は突如メスのような刃物の形を作り出し、軽葉は躊躇いもなく魔族の首元へ突き刺した。光のメスに刺された魔族は言葉にならない叫びを上げて、気絶した。
何が起きたのか、エマや軽葉ほど魔力の流れを読めない私には理解できなかった。ただ1つ分かったのは、この魔族の魔力回路がダメージを追うほどの負荷をかけられたということだけだ。
「ステラさんからさっき教わったんだ。このスキルで戦う方法」
それは一線を超えた行動、孤児院の時の正当防衛や不可抗力ではない。他者へ故意に危害を加えるという境界、それを彼女は今超えた。
私にも今必要を迫られている、超えなければならない残酷なライン。
「ごめんね二人とも。臆病になってたから自分でも気付かなかったけど、私ってかなり性格悪いかも」
振り向いた軽葉の顔は、穏やかだった。自分の殻をまた1つ破れた解放感と罪悪感から来る苦笑い、その両方が彼女の表情に現れていると何となく私は感じた。
「そんなことないよ、軽葉ちゃんは優しい」
「えへへ、ありがとう」
軽葉は私が思っていたよりも、ずっと強い心を持っていたのだと実感した。
「ねぇエマちゃん、こんな感じでどうだったかな?」
「嬉しい誤算だったわ。正直……」
ユニークスキルを使用してあっさりと戦闘を終了させた軽葉にエマは驚愕していた。
「でもこれだけの魔族相手は、かなり大変なのよね」
私達も存在は先から感じていた。一定の距離は離れているものの、無数の魔族が遺跡通路の半径約100メートル以内にいるということを。
「先を急がないと──」
私達は一刻も早くアルマと合流するため、また走り出した。




