第42話 大切な人のために
「停戦協定、随分ふざけた交渉ね。この後に及んで都合の良い取引に私達が応じるとでも?」
戦闘意思がないと私達の前で魔族の女は両手を上げる。その行動の意図を探りながら、エマはキッと睨みつけた。
「でもアンタ達は今、二つの障害があることに気付いてない。交渉を受け入れない選択肢はねェんだよ」
「二つ……?」
「1つ、アタシは生き残った魔族の中で最も古い血を持つ魔族の末裔だ。加えて、古代魔術の一部を継承している」
古代魔術、孤児院で起きたあの惨劇の記憶がその言葉を聞くだけで蘇ってしまう。古代魔術がどれほど危険で強大なものなのか、おおよそではあるものの私でも理解は出来た。
「この遺跡はな、アタシが昔から通って調整を施してきたんだ。アンタらがあの娘を隠した『魔獣部屋』と隠し通路という不可侵領域以外、アタシの魔力で掌握出来る」
赤髪の女の言葉で全身の毛が逆立った。
「まさか、遺跡が機能しているのって……」
「お察しの通り。厳密に言えば、遺跡を起動したのはアンタ達の魔力。だけど、ここまで機能を復活させたのはアタシ」
告げられた事実に喫驚としている間に、女はもう1つの障害について明かす。
「2つ、この遺跡にアタシの集落の魔族が侵入している」
女が2本目の指を立てた時、息の詰まるような絶望感に見舞われた。
「仲間を呼び寄せてまで!」
「違う、奴らが嗅ぎ付けたんだ。時間稼ぎが不十分なまま、アタシやあの娘の魔力を辿られた」
「それじゃあ、貴方は他の魔族とは違うって言いたいわけ?」
「アイツらの目的は忌み子を悪魔に捧げること。アタシの望むこととは全く違うんだよ」
事の危うさに声を荒らげたエマを諌めるように、魔族の女は私達に訪れる障壁の続きを語る。
「一人一人はアタシの実力より劣るが、数が半端じゃない。しかも連中は排人魔族至上主義者、アンタ達の魔力を察知した時点で殺しに来るのは確実」
これまでに無い絶体絶命の状況に私は立ち尽くすしかなかった。ただ聞いている中で、私達は妙な違和感も感じた。
「なんでそんな事を、貴方はわざわざ敵に?」
「こっちはこれでも公平な立場からモノ言ってんだ。それにあの娘のことを邪魔をしなきゃ、アタシはアンタ達を敵と思っていない」
意外な彼女の主張に私もエマも呆気に取られた。
「アタシの目的は、あの娘が生け贄になることを阻止し、殺すこと。だからアタシの敵は、同郷の魔族達だ。数も百は下らない。だから交渉に……」
「──させない!」
「あん?」
この状況が変わる訳じゃないのは分かっている。ただ何も言わないでエマに交渉の全てを委ねる事は出来なかった。
アルマはもう、大切な友達になったのだから。
「私達は、あの子を守る。みんなでアルマちゃんを連れて、王都に向かうんだ!」
「アルマ……あの娘に名を与えたのか?」
先程までの雰囲気とは一転し、小さく弱々しい声で女は尋ねてきた。長い前髪のせいで、表情は読み取れない。
「ええ、私が命名したの。これでも教養には多少の自信があるからね」
「そうか……まあ良い」
ふうっとため息をついた女は髪をかきあげ、何か意味深な目をしていた。しかし彼女の雰囲気は元に戻り、私たちとの交渉を再開する。
「アタシがあの娘、アルマを殺したらアンタらに渡してやる。それまでの契約だ」
「アルマは殺させない。だけど、その停戦協定は結ばせてもらうわ」
「エマちゃん……!」
「大丈夫よ奏、先は越させない」
停戦協定は無事に締結された。しかし締結して早々、エマはこの契約の真意を見破ろうと探りを入れる。
「ただ妙ね。一方的に情報開示しての停戦協定に、アンタに何のメリットがあるの?」
「それを今から教える」
手を下ろすと女は軽葉の隣から離れ、コケの生えた遺跡壁面に手を着いた。
「──・※※※※」
何の言語なのかも分からない、聞いた事のない音が女の口から発せられた。
すると彼女の手から青に光る魔力の流れが可視化され、それが壁に染み渡るかのように石の隙間へ入り込んでいく。
「今、この遺跡の装置をアンタらの魔力でも動くように改造した」
「こんなに一瞬で、古代遺跡の回路を……!!」
「周囲に魔族の気配を感じたら、魔力を床や壁に流し込め。装置は起動し、仕掛けが発動する」
「装置には、どんな細工が?」
「魔族の黒翼に逆流する魔力を流し込んで、殺すためのトラップ」
授けられたのは救済手段。自分が生き残るためだけに与えられた、兵器。
「殺すって、それは──」
エマと軽葉は不安そうな目を私に向ける。2人とも私の身を案じてくれているのだろう。人の生死で傷ついた私のことを。
でも私は、迷うことなく了承の印を押す。
「分かりました。手伝います!」
「奏!?」
「奏ちゃん!?」
その場にいた私以外の全員が、ギョッと目を見開いた。
「私は今まで、苦しめられて生きてきた。親から虐待されて、14年間。そして軽葉ちゃんや孤児院の子供たち、ジルさんの過去も知って分かったことがあるの」
変えられないものがある。
「誰かが虐げられる現実はどんな世界でも変わらないし、誰かの犠牲がないとその不幸を断ち切ることは出来ない。逃げるか、相手を殺すしかない」
私は全然、良い人じゃない。
「この世界でも殺人がいけないことは分かってる。だけどアルマちゃんが、何の罪もない子が苦しむくらいだったら……」
私は悪者でも良い。
「私は、自分の手を汚してでもあの子を救い出してみせる」
そんな人間でも、大切な人達を守ることならできる。誰かのために自分が犠牲になるというのが、守るということなのだから。
しあわせとは、誰かの幸せを何処かで踏み躙ることでもあるのだから。
「……たまたま来た冒険者がアンタ達で良かった」
暗い通路を吹き抜ける冷たい風に混じって、女は呟いた。
「え?」
「そしてだな、アタシの名はステラだ。次から出来れば名前で呼んでくれよ」
予想外の言葉に何も返せずに固まってしまった。そうしている間に魔族の女、ステラは軽葉の肩をポンッと触って私達に背を向けた。
「軽葉、エマ、そして奏。アンタ達には、感謝する」
そう言い残すと、数本の黒い羽根だけを残してステラは姿を消した。
「頑張ろう。エマちゃん、軽葉ちゃん」
覚悟は決まった筈なのに、まだ手は震えている。頑張ろう、という曖昧な言葉でしか今は自分の口から言うことが出来なかった。




