第41話 それぞれの呪い
「ありがとうございます、ステラさん。魔法のご指導して頂いて」
「いンだよ、治療してくれた礼さ」
疲労回復、遺跡の状況確認、そして軽葉の魔法指導終えた2人は暗闇に包まれた湿気の多い地下通路を歩く。
つい数分前にステラから受けた指導を実践し、軽葉は自身の掌の上に明かりの炎を灯して進む。まだ安定せず揺らぐ炎だが、消えることなく火は足元を照らす。
「ステラさんは、なんで冒険者に?」
「故郷が合わなかったんだ。それで半ば飛び出した……って言いたいとこなんだけど」
「けど?」
「結局地元っつう呪縛は解けないんだ。地元の奴らは奴らのルールでアタシを束縛する。それが息苦しくって、ここに通うようになったのさ」
もの寂しい顔のステラは下を向きながら、落ちている小石を軽く蹴飛ばす。
「それにアタシには人生で1つ、大きな目標がある」
億劫そうに息を吐いたステラは低く、怒りに震えたような声でその目標を口に出す。
「ある奴を、殺さなきゃならねぇ」
「っ……」
「アタシはソイツを殺すために、人生を費やして来た。ソイツという存在が消えることが、アタシの人生の意味だと思って今日まで生きてきた」
軽葉が見たステラの表情はまさに般若だった。
「全てを捨ててでも叶えたい、アタシの悲願だ」
内に孕んだ野望を告白し、ステラはどこかスっとした顔を見せて口をつぐんだ。
「なんでステラさんは、その人をそこまで殺したいの?」
と、軽葉は純粋な気持ちでステラへ尋ねた。ステラの発言にもの応じするどころか、態度や声音を一切変えずに自然と。
「詳しくは言えない。けどこれは、アタシに課された使命みたいなものなんだ。他の誰にも出来ない、アタシにしか出来ないこと」
人道に反する己の願いを語ったステラだが、軽葉は何も咎めるような事はしない。その動じない姿に些かの好奇心を覚え、ステラは別の質問を彼女へ返す。
「逆に軽葉の方こそ、アンタはなんで冒険者に? この国は転生者に対して待遇が良いって話だし、わざわざ冒険者なんてやんなくても良かったんじゃないのかい」
「──私を、この世界で拾ってくれた子達がいたんです」
軽葉は胸に手を当て、自分の昔話を語り始めてまた歩き出した。
それは優しく甘い、子を寝かしつける母のような声で。
「前の人生で私は周りの人に色んな重圧をかけられて、それに耐えられなくて、自分の殻に引きこもってました」
軽葉は自身の受けた事、過去の出来事が呼び起こされ脳裏に次々と浮かび上がった。常に自分へ完璧を押し付けようとした両親、嫉妬や不快感を宿した同い年の子供らの目、汚れてごった返した自分の部屋。
「それから人が怖くなって、色々考える事で更に自分を追い詰めて、ここに来てからも上手く人と関われなくなっちゃって」
世界を移ろうと軽葉の過去は呪いのように彼女の心に住み着いていた。
「そんなどうしようも無かった私を、私と同じぐらいの女の子2人が助けてくれたの」
暗影の中から軽葉を光の下へ連れ出して世界を見せたのは、二人の少女だった。
彼女の心象風景に映るのは、光の向こうから笑顔で手を差し伸べる奏とエマだ。
「一人は明るく元気な子で、愉快で楽しくて、命を懸けて私を守ってくれた女の子」
初めての友。あの日にピアノの横から話しかけ、軽葉の危機を悟っては駆けつけ剣を振るい、自分の全てを始めさせた少女。それが軽葉にとっての奏だ。
「もう一人は賢くて、お姉さんみたいに優しくしてくれて、私のことを信じてくれて、魔法を教えてくれた女の子」
旅仲間にして最優の師。過去に苦しめられ孤児院でジル・グリムと共感を持ってしまった自分を肯定し、魔術を教えてくれた少女。それが軽葉にとってのエマだ。
「だから私は、二人と肩を並べられる自分になりたいんです。元気で、優しくて、頼りになって、友達を守れる強い女の子に」
自身の過去、二人の少女に救われた今、彼女達に追いつこうと走る未来への憧憬。その全てを軽葉は嬉しそうに話していた。
「……良いヤツじゃないか。仲間も、アンタも」
ステラは小さな笑みを零して目を閉じる。
「だから、私はもう恐れない。あなたが半魔の女の子を追っている魔族だとしても」
自身の正体を見透かされていると気付くや、ステラの動きはピタリと止まる。彼女が見つめた軽葉の目には、静かに燃える意思が映っていた。
「……気付いてたのか」
「はい。最初は分からなかったけど、治療した時に」
「それなのにアンタは、ここまで平然とアタシと会話してたってのか?」
「警戒は怠ってませんでした。でも、あなたに敵意がないことは分かってたので」
戸惑いを覚えるステラの方へ振り返り、軽葉は舌を出して子供のように笑ってみせる。
「臆病に生きてきたお陰で、人の感情を読むことだけは得意なんです」
彼女の笑みで、ステラの緊張状態はフッと解ける。ほぐれて口角が少し上がった顔で、ステラは軽葉へ聞き返す。
「随分強気に出るじゃないか。その肝っ玉、旅で身につけたのか?」
「ええ。自分の過去と悲しい現実を振り切った時、覚悟と一緒に」
「そうかい、そいつは良い。その根性、お仲間にも見せてやりな」
そう言ってステラはその場で足を止めた。彼女の声が聞こえた瞬間、2つの人影が軽葉達の方へ振り返って声を上げる。
「軽葉ちゃん!!」
「アンタ……軽葉をッ!」
魔族の隣に立つ軽葉を見た途端に二人は警戒心を剥き出しにし、鋭い目をステラへ向けた。だが交渉の余地がまだステラにあると踏んだ軽葉は、奏達へ心配ないと言葉をかける。
「二人とも大丈夫、酷いことされてないよ!」
異様に落ち着き払った軽葉の発言に、思わずハッとして奏とエマは力を僅かに抜いた。
2人が冷静さを取り戻したと察するとステラは半魔の少女の居場所を問い詰める。
「……あの娘はどこだ?」
「貴方じゃ見つけられないところよ」
「認識阻害の効いた隠し通路に逃がしたのか、クソ」
両者の顔は一瞬険しさを増したが、ステラの方が先に折れてため息をつく。
「軽葉に今、危害を加えるつもりなら……この場で殺すわ」
「安心しろ、流石に怪我を癒してくれた恩人を手をかけるほど、アタシは堕ちちゃいない」
まだ自分を信じないエマに呆れながら、ステラは交戦の意思がないことを告げる。
「あの娘がいねェんならこっちは手の出しようがないし、アンタらに手を出す理由もない。だから、こうしないか?」
ステラは両手を上げて掌を天井へ向けながら、再びエマへ提案を持ちかける。
「停戦協定といこうじゃないか。今は互いの利益のため、一時的に手を組もう」




