第40話 脱皮
魔族の村に生まれた少女は物心が付いて間もなく、群れの中においての自分の立ち位置を理解した。
目に映る者達の背には黒き両翼が生えている中で自分だけが片翼しか持たない欠陥品であると、言葉も十分に分からぬ頃の少女は自覚していた。
忌み子の象徴、半魔。片翼は彼女の枷となり、それだけで同族達から迫害を受ける理由となった。
悪魔に贄として祭典で捧げられるその時まで、暗く冷たい牢の中で鎖に繋がれ、残飯以下の粗末な食事を数日に一度与えられる日々。
抵抗する力も、知恵も、勇気も彼女にはなかった。何も疑うことをせず、痛みと苦しみに耐え、その時を待ち続ける筈だった。
『まだ辛気臭い顔してるわね、アナタ』
その牢に食事を運び続ける少女は、忌み子の少女に僅かばかりの安らぎを与えた。
檻の中へ食事を入れると、少女はすぐに背を向けて立ち去っていった。
『アンタなんて、こんなとこにいなけりゃ良いのよ』
小さく声を漏らす少女の言葉を、半魔の忌み子は意味も分からず聞いていた。
食事を持って来る少女と忌み子は時折、二言三言程度の会話を交わすこともあった。基本的に世話係の少女が一方的に語りかけ、忌み子が短い返事をするだけの質素な会話。
しかしそれだけが半魔にとって唯一の楽しみであり、他者との会話の機会だった。
去り際にいつも苛立った様子で地下牢を出ていく少女の赤髪を、忌み子はずっと眺めていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「──アルマちゃん?」
歩いている最中、アルマの目の焦点がどこか遠いところを向いている。心配になって思わず彼女に触れると、アルマはビクッと肩をすくめて驚いた。
「ん。ごめん。ぼー、してた」
「確かにアルマの言う通り、私も疲れてきたわ。一刻を争うってのに、段々と疲労が溜まり始めてる」
「……言われてみると、私も疲れてきた気がする」
「ここの魔力の影響ね、自然の強い魔力あまり当たり過ぎると体調を崩すの」
疲労と一時の安心のせいで、いつの間にか私達の警戒意識に隙が生じた。それを見計らったかのように、視界の端から何かが飛び込んで来る。
「っ、エマちゃ──」
声を張る事さえ間に合わない刹那、疾走してきた四足獣がエマの喉元を狙う。剣が上手く握れず、反応も遅れて間に合わない。
エマも完全な不意を突かれて出遅れた。
しかしその獣に対し、同等以上の速度で何かが動いた。
「いやっ……」
それは鞭のように、獣の背骨に振り下ろされて弾ける音が響く。その轟速の衝撃で背骨が折れた音が聞こえると、獣は泡を吹いて失神した。
おそらく、絶命している。少なくとも脊髄に大きな損傷は与えられている。
何も理解出来ずに呆然としていると、床で伸びた獣に慄くアルマの姿が目に映った。その手はほんのり赤く染まり、甲に小さなかすり傷が確認出来る。
「ごめんなさい、油断してたわ。いや、それよりも……」
エマは一連の光景と一撃のビンタで沈められた魔獣の姿を見るや、仰天して目を丸くしていた。
「ありがとう、アルマ。貴方は大丈夫だった?」
「うん、ワタシ、アルマ、大丈夫」
ホッとした様子のアルマは嬉しそうな表情で首を小刻みに振る。
「反射的に動いて吹き飛ばした……魔族の本能ってやっぱり凄いわね。戦い方が血に刻まれてる」
少なくとも直接戦闘から培った技術ではないことは確か。半魔という得意体質を抜きにしても、その身体能力の高さは並の人間とは比較にならない。
その上、アルマの今の体調は万全とは言い難い。もしかすれば彼女はリインや騎士団のメンバー達に匹敵する力があるかもしれない。
「ねぇ奏、アルマがこの先強くなってくれれば少し難易度の高い旅も行けるかもしれないわよ」
「ほんとに!?」
「申請と彼女の気持ち次第ではあるけどね。魔力調整の指導がてら、お目付け役に任命されないかしら」
他愛のない話を軽く挟みながらも、二度はないようにと気を一層引き締めて奥へと私達は進んだ。
それから時間はそう経たずにいた頃、エマは目の前に立ちはだかる魔力の塊を睨み付けていた。
「ッ……古代遺跡バエル、どんだけしぶといのよ」
狭い通路で構成されていた遺跡の中で、不自然に広がった部屋が一つあった。薄暗い室内、湿って息苦しい空間のその奥に巨大な魔物が居座っている。
部屋中に伸ばした太く乾いた根、カビのような深緑の体表を持ち、龍の面を持った魔物がその部屋で私達を待ち構えていた。
「Bランク相当の固定型龍樹……この周辺のボス、ってところかしら?」
「ぼぼ、ボスまで生き残ってるの!?」
「コアのボスや中規模の魔獣が討伐された程度って記録にはあったけど、流石は古代遺跡。長い年月をかけて残留する魔力が混ざりあって、新たに生まれた魔物よ」
「残ってた魔力だけでこんな……」
「グリーンウッドの苗床に比べたらまだマシ。とっととコイツ倒して、アルマを逃がすわよ」
強気の姿勢で励ましてくれたエマは杖を手に取って龍と見つめ合った。
しかし次の瞬間、彼女の声音が一気に変わる。
「今更気が付いたけど魔力反応が、明らかに多過ぎる。コイツ以上の魔力が分かるだけでざっと、40はある」
「そんなに強い魔獣がッ!」
「いいえ、違うわ」
ふと横を見るとそこで、エマは顔面蒼白になっていた。
「アルマを追って、魔族が遺跡に来てる」
それは考えもしなかった最悪のケースだ。
先程相対した魔族の女。たとえ彼女だけだったとしても不利な形勢にも関わらず、それが40人以上もあるなど厄介なんて規模ではない。
焦燥を上回る絶望感で胸が苦しい。あの種族の恐ろしさと屈強さは未知の領域ではあるものの、太刀打ち出来る代物ではないとだけは分かる。
加えてアルマの顔色は真っ青になり、徐々に呼吸が荒くなっていくのが見て取れた。
あまりの凶報に戦意喪失の手前まで陥ったが、この場で指揮を担当していたエマが振り切ってくれたお陰で、心の均衡は保たれた。
「アルマ、このバケモノ倒したらすぐこの部屋に入って逃げて!」
「この部屋から逃げるって……」
「魔境のボス部屋は簡易シェルター兼隠し通路になってるから、魔力を隠しながら逃げられるわ」
余裕がなくなりつつあった私とエマをアルマは心配している様子を見せた。
彼女のためにも自分のためにも、アルマを落ち着かせようと私は再会の誓いを口に出す。
「必ずすぐ、迎えに行くからね」
それだけ告げて、私は意識を眼前の怪物へ全て注いだ。
「それじゃあ、倒しちゃおう。エマちゃん!!」
軋む音を立てながら吠える暴龍の樹木に刃を向け、緊張感と共に魔力を剣に流す。




