第39話 忌み子という呪い
湿って滑りやすくなった床を踏み締め、私は銀の刃を構えて駆け出す。
太陽や火の明かりさえない暗闇の中で、エマの持つ杖の魔石だけが唯一の光だった。
「畜生、困ったわね」
「エマちゃん、また来た。今度は三体!」
暗く狭い遺跡の中をひたすら奔走していた。その理由は遭難した軽葉と忌み子の少女を探すことだけでなく、この地に潜んでいた魔獣から逃れるためでもある。
エマ曰く、自然に還元されない濃縮された古代魔力が遺跡内に残留し、新たな魔獣を生み出しているのだという。
「軽葉と半魔の子がどこにいるか分からないから、下手に魔法で殲滅できない」
「だけど、もたもたしてもいられない」
魔物の気配は存在感を増し、足音が次第に近付いて来る。音が反響し、具体的な距離や前後のどちらから来るかも予測不能。
呼吸も荒くなり逃げ続ける余裕もなくなってきたエマは、苦しそうな表情で私に提案する。
「奏、無茶なこと言っても良いかしら?」
「良いよ、多分!」
「……魔法を教えるわ。今ここで、戦いながらね」
体勢を低くし手を付いてエマは急停止する。持っていた自慢の杖を背中に差し戻し、戦闘態勢に入った。
「奏は魔法を覚えること自体は出来るけど、魔法系スキルがないから『剣技』みたいに大雑把に使いこなせはしない」
私に話しかけている間に、暗闇の向こうから狼型の魔獣が数体走って来る光景が見えた。と同時に、エマは身に纏うローブの中から小さな刃物を何本も取り出す。
「だからこそ、奏は魔法の付与が向いてる」
瞬間、エマはクラウチングスタートのように腰を落としたまま駆け出した。常人の疾走など軽々と凌駕する速度で向かい来る魔獣へ接近し、無数のナイフを前方へ投げつける。
投擲された刃物は全て魔獣の脚や関節、胴体に直撃して奴らの動きを封じた。
「アスモデウスは炎、バルバトスは風、ガープは雷の魔法を放つ」
この遺跡通路は決して広くはないが、それでも幅は乗用車が通れる程度はある。しかしそんな壁や天井を縦横無尽に魔術師エマは蹴って走り抜け、握り締めた双剣で魔獣の肉を裂く。
鉄の桜は宙を舞いながら血飛沫を上げた。
「テレシアって言葉をつけて、その後に3つのどれかを唱える。そうすれば効率的に、効果的にあなたの魔法は斬撃に乗る」
私への説明をする中、次から次へと魔獣は奥から迫り来た。それでも尚、エマは前線に立って愚かな魔物達を狩り殺していく。
杖も魔石も用いず、手持ちの刃物と併用しながら攻撃を続投する。
残酷ではあるが美しさを伴った彼女の闘争に見蕩れていると、背後から新たな魔獣の気配があった。
そこに現れたのは獅子型の獣だ。獅子は鋭い牙を見せつけながらこちらに突進して来る。
魔獣の存在を認識した瞬間、私はエマからもらった魔術を早速実践にて使用した。
剣を握り、決意を抱き、肉体に流れているであろう魔力に神経を注いで太刀を振るう。
「『テレシア・アスモデウス』ッ!」
詠唱に応え、銀剣は激しい火炎を纏って正面から獅子を迎え撃つ。剣圧に火炎の熱量が加わり、全体重を刀身に乗せて剣を振り抜いた。
獅子は下顎から胴にかけてバッサリと斬った。体重を乗せて前傾姿勢になった事も功を奏し、獅子の突進からは免れられる。
しかし絶命に至らしめるには深さが足りなかった。
「うっそぉ、焼き切るつもりだったのに」
「初心者にしては上出来よ!」
いつの間にか背後まで戻ってきたエマは私の肩に優しくポンと手を置き、1本の投擲ナイフを放っていた。
鋼に魔力が籠り、空中に展開された魔法陣を通ってナイフは魔獣の眉間に食い込む。
「終わりだわ、『エメ・バプティズム』」
断末魔を叫ぶ間もなく、魔獣の肉体はボロボロと崩壊して炭となる。
魔物達の死を持って、魔術師エマによる私への魔法レッスンは終わりを迎えた。
「修行すれば、悪魔の名前以外も使う高等魔法も習得できるわ」
周囲に散りゆく魔力と魔法の余韻が発生させる蜃気楼のような小さい歪み。その中で一切の傷を付けずに自慢の長い茶髪をなびかせるエマは、まさに戦姫と称するに相応しい可憐さがあった。
「エマちゃんって、何者?」
まず私の口から飛び出たのはその疑問だった。
「知っての通り、旅人魔導士よ」
「魔法使いはナイフ使ったり体術凄かったりはしなくない!?」
「世間の荒波に揉まれれば、これくらい身につくわよ~」
明らかにそんな次元の話ではなかった。魔術の実力も折り紙付きだが、冒険に関する豊富な知識にあの身のこなし、更にはナイフ武器とした殺法的な技術。
私より少し歳上の乙女とは考えられない凄まじい実力。そのルーツを聞いてみたい気もしたが、いつものようにはぐらかされると分かっているので深くまで詮索はしなかった。
少しだけ緊張感が緩んでいたその時、視界の端に暗闇以外の何かが映った。
「あっ、あそこ!」
私が咄嗟に指さした先には、暗い通路の端で丸まって座る半魔の少女がいた。見たところ怪我は無く、顔色は出会った先よりは僅かに良くなっている。
「良かった、無事だったのね」
「あれ、でも……」
軽葉の姿が見当たらない。そこにいるのは片翼を地面に垂らして座り込んだ半魔の少女だけ。
「ワタシを連れてきた女の子、はぐれた」
彼女の一言で私は不安に駆られた。取り乱して焦燥感からまた走り出しそうになったが、私の手をギュッと握ったエマが微笑んで私を落ち着かせる。
「大丈夫よ、軽葉はそう簡単にやられたりしないわ。スキルの扱い方だけだど、私が仕込んだんだもの」
「仕込んだって、1週間で!?」
「軽葉はスキルが魔術寄りで教えやすいし、軽葉自身の魔法適性が高かったからね」
仲間や友としてだけでなく師弟という関係となり、軽葉とエマの距離は一気に近付いたと思う。誇らしげな彼女の面にどこか母性や親心にも似たような物が見受けられる。
ただそれはあくまで、私が見てきたアニメの中でしか見たことのないものだけど。
そうこう考えているとエマは素朴な質問から最初に半魔の少女へ語りかける。
「ところで貴方、出身はどこなの?」
「分からない、教えてもらったことない。でも、ここより南にある」
「そう、大体の位置は分かったわ。多分現存する魔族の村でも最古の集落ね、こんな邪文化を受け継いでるぐらいだもの」
忌み子に対する仕打ちや古い慣習にエマ酷くは義憤しているように見えた。
怒りに歪んだ顔を地に向けながらも、エマは私達に詳細を語る。
「文献で読んだことあるわ。半魔の子供は15年間檻に閉じ込めた後、悪魔に捧げる儀式の生贄にするために──筆舌に尽くし難い方法で殺すって」
「そんなっ!」
「そう、言ってた」
「誰が?」
「お世話係だった女の子、いた。檻の前に来て、ご飯置いて、たまにお喋りした」
ほんの少しだけ、少女の顔はほぐれる。当時のささやかなしあわせの記憶が蘇ったのか、半魔の少女の口角が上を向いた。
しかしそれは、悲哀に満ちた顔によって上書きされてしまう。
「村のみんな、ワタシが嫌い。だからワタシは、ここにいちゃいけないって──」
「確かに、その子の言う通りね」
「エマちゃん……?」
「貴方は、貴方に酷いことをする奴らの所にいちゃいけない」
潤んだ瞳で、優しく愛情の宿った目で、戦の乙女は訴えかける。
「私の命に懸けて誓うわ。貴方を王都まで連れて行って、魔の手から貴方を救うと」
「っ……」
「私達はみんな、幸せを掴むために生まれてきたんだから」
「エマちゃん……」
それはいつだか、私の言った言葉だった。不思議な感覚ではあるけど、私から生まれた気持ちはエマに通じて、また別の人にその気持ちが与えられる。
その発端になれたことは、実に誇らしく思う。
半魔の少女は張り詰めていた緊張が解けて、少しほっとした顔を見せる。
「ところでエマちゃん。名前、どうする?」
「名前って?」
「名前で呼んであげないと、なんだか寂しいって感じちゃうかもだからから」
「確かに俗称で呼び続けるのは良くないか……」
この場で決めてしまって良いものか、とも思った。でも仮の名だとしても、彼女が求めるのならと。
「ねぇ、良かったら貴方に名前をプレゼントさせてくれないかしら」
「なまえ……?」
しばらく少女は黙り込んだ。首を傾げながら、何かを探るような顔で彼女は俯いていた。
「なまえ……欲しい。忌み子じゃない、名前」
戸惑いってはいるが、片翼の少女は初めて私達に自分の意思を話してくれた。初々しい反応に思わず頬が緩む。
「それじゃあ、そうしよっかエマちゃん」
「ふふん、実は良い候補があるのよ~」
「おぉ! なになに?」
期待感が高まる中、エマは彼女渾身の名を半魔の少女へプレゼントした。
「アルマ、なんてどうかしら」
響きと語呂の良さ、そして可愛らしさのあるその名は納得のものだ。
大人のような素材の美しさとまだ幼い愛らしさの両方を持ち、整った顔立ちの彼女の印象にピタリとハマった気がした。
「わぁ! 可愛い名前~!!」
「あるま……」
アルマ、と名の候補を上げられた少女は鳩が豆鉄砲を食らったようなキョトンとした表情で首を傾げた。
「魔法において最大火力を示す少女の名前から取ってみたの。貴方って顔だちも整ってるし、最上級魔法の名前が似合ってると思ったんだけど、どうかな?」
「アルマ、アルマ……」
少女は何度もその名を唱えた。噛み締めるように、確かめるように、半魔の少女は何回も与えられた名を小さく連呼する。
「嬉しい、嬉しい……ワタシ、アルマ」
この瞬間に、彼女の新たな名称が誕生した。半魔や、忌み子、片翼といったしがらみの象徴の名でなく、彼女自身を示す名が。
15歳の少女、アルマは誕生した。
「よろしくね、アルマちゃんっ! 改めまして、私は奏」
「エマよ、これから仲良くしてね」
涙ぐんでいるアルマに私達は微笑みかける。彼女を縛り付けていた重い鎖が地面にガシャンと、落ちた音が聞こえた気がした。




