第38話 貫くもの
「あなたは、誰ですか?」
古に滅んだ遺跡の中の出会いは奇妙なものだった。暗闇の中で一人座り込む赤髪の女に、軽葉は意を決して声をかける。
「っ! あんたもここに落ちたのか?」
軽葉の顔を見た女は、彼女との遭遇に驚きながらも瓦礫の中から挟まっていた足を引き抜いた。その脚は血だらけで、歩行するには難しい状態と化している。
(こんな遺跡の中で遭遇するのは怪しい。けど……)
軽葉は女の体をよく観察したが、怪しい点はないと感じた。何より赤髪の女には、魔族の身体的特徴が一切見られなかったからだ。
(魔力も強くないし、翼も生えてない。もしかして、人間?)
軽葉は疑心暗鬼になっていたが、嘘をつくのは得策ではないと踏んで素直に答える。
「はい、さっき落ちてきました」
「そうか、災難だったな」
「あなたはここで何を?」
軽葉の質問からしばらくの間、沈黙が流れた。ふうっと溜め息を付くと、女は口を開く。
「あんた、ここに魔族が現れたこと知ってるか?」
「はい。その魔族から逃げてたら、旅の仲間ともはぐれちゃって」
「そうか。アタシはその魔族を狩りにきた冒険者だ。たまたまここは馴染みの場所だったもんで、魔族退治でもしようかと思ったら運悪く遺跡が再起動しちまったのさ」
「遺跡が再起動って、どういう事ですか……?」
「言葉の意味通りさ。魔族は閉鎖的な集落の中で少数の者達が子を作ってきた。古代の魔力に近い奴らの魔力に当てられて、遺跡が誤作動起こしちまったのさ」
驚愕の事実を告げられ軽葉が愕然としていると、女は鼻を鳴らして自身の足の惨状に目をやる。
「そしたら遺跡が動いて足がこんな有り様だ。出血も酷くて困ってたとこなのさ。悪いけどアンタ、包帯とかあるかい?」
「包帯は無いけど、任せて下さい!」
「……?」
おもむろに右手を女の足にかざすと、軽葉は自身の魔力回路に意識を全て向ける。
魔法と無縁の世界で生きて14年、軽葉という少女の体に突如として刻まれた魔力の道筋。その道を魔力が流れ、その願いは世界の祝福として発動された。
「ユニークスキル『ディア・エリーゼ』」
緑に光る淡い魔力の胞子が軽葉の手から溢れ、赤髪の女の足に留まっていく。光が肌に浸透すると裂けた肉を繋ぎ、折れて変形した脚を正常に治し、内部から再構築するように肉体を復元していった。
それはものの10秒ほどで終わり、損傷した足はかさぶた一つなく完全な状態へと戻っている。
「アンタ、スキル持ちだったのか!? いやそれにしても、会ったばかりのアタシを治癒してくれるなんて……」
「あなたが悪い人じゃないっていうのは、すぐ分かりましたから」
「こりゃ、随分な借りが出来ちまったねぇ」
クールに微笑むと女は立ち上がり、軽葉の前に手を差し伸べた。
「恩人を前に名乗らないのは無礼だな。アタシはステラだ。アンタの名は?」
差し出された手を軽葉は優しく握り返す。
「軽葉って言います。よろしくお願いします、ステラさん!」
「へぇ、転生者だったのか。こいつはまた驚きだ」
まるで妹に話しかけるような朗らかな雰囲気で女、もといステラは笑いかけた。
「それはそれとして、軽葉。アンタの仲間っていうのは、アンタと同い年ぐらいの女の子2人か?」
「なんで分かるんですか!?」
「魔力でな。アタシはこの遺跡でも多少の魔力感知には自信がある。上手くいけば、すぐアンタの仲間と合流出来る」
「っ!!」
「せめてもの返礼に、仲間の元まで送り届けよう」
「わぁ、ありがとうございます!」
思わぬ出会いから、2人はお互いに目的へ一歩近付いた。
目的が決まると、一度休憩を取るということで2人はその場で簡易的な休憩スペースを確保する。すぐ火を起こし、軽葉とステラは遺跡の中で暖を取った。
「火を起こせば、魔獣は来ないだろう」
「え、この遺跡ってずっと昔に滅びてるんじゃ?」
「こんだけ広いからね、たまに生き残りの魔獣がいるんだよ。とはいえ、ここに残る魔力から生まれた腐乱魔獣ばかりだけどな」
軽葉が震え上がっている姿を見て、ステラは話題を変えようと彼女に質問を投げる。
「ところで軽葉、お前は魔法使いなのか?」
「ううん、まだ弟子入りしたばかりの見習いだよ」
「これでもアタシは魔法の心得があるんだ。何かアドバイス出来そうだし、魔法使って見せてくれよ」
「ごめんなさい、まだ魔法自体は何も上手く出来なくて……」
「それなら1回ここで『テリア・バルバトス』と言って、風を起こしてみてくれよ」
テリア・バルバトス、と軽葉は魔力を手に込めて言われた通り詠唱した。
すると目の前の炎は僅かに強く揺らめき、温風が二人の顔を撫でるようにフッと吹く。
「火が揺れて、空気が暖かくなった!」
「魔法は組み合わせだ。少女と悪魔の名を詠唱して、基本の魔法は成立する」
「やっぱり、そういう組み合わせになってたんですね」
「火や風みたいな元になるものは悪魔、強さや指向性等の効果は少女の名にして、自分に合う組み合わせを模索して発動するんだ」
ステラに教えられた詠唱の仕組みを意識し、構造と感覚の両方のイメージを僅かに掴んだ軽葉の集中力は、急激に上昇していく。
「じゃあ、もう1回!」
感覚を更に研ぎ澄ませ、再度放った「テリア・バルバトス」は魔力が十分に還元され、先程よりも長い間暖かい風が遺跡の中に吹いた。
「そうだその感じだ。今の感じで精度や発動速度を上げられりゃ戦闘にも活かせる」
「痛たぁ、反動で手が殴られたみたいに痛い」
「魔力の出し方に癖があるな。手から発動するにはまず、放出口を細くして魔力を流すイメージが……」
揺らめく炎に照らされながら、軽葉は手取り足取り魔法の指導を受けた。他愛のない話をたまに交わしながら、しばしの時間が流れる。




