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第37話 メイズ

「このまま合流したら、4人で王都へ直行するわよ」


 魔族の女から逃れて安寧を得たのも束の間。私とエマは先にあの場から退かせた軽葉と忌み子の少女を、死に物狂いで探しながら森を疾走していた。

 しかし状況はあまり芳しくない。


「エマちゃん、2人の位置は分かる?」


「正直、痕跡を追うのでやっとだわ。ここは古代の魔力が充満してるから、人や魔族の魔力だとすぐ混ざって分かりづらくなるの」


「うわぁ、相当厄介な場所なんだね。遺跡って」


「いざとなったら、ここがどうなってでも……って、奏(、)あなた!」


 エマは叫ぶと走っていた足を止め、急いで私の元へ駆け寄ってきた。彼女の目には、ぶらんと垂れて所々が歪に折れ曲がった私の腕が映っている。

 折れた骨が肉を突き破ったのか、白のシャツから赤シミがじんわりと斑点が滲んでいた。


「ごめんね。さっき剣を降った時にはもう折れちゃってたんだけど、着地も上手く出来なくて外れちゃった」


「肩の脱臼に肘の損傷、そして恐らく腕の複雑骨折。重症じゃないこれ……なんでこんな状態で平然としていられるの?」


「痛みの感覚に慣れすぎちゃったのかな。怪我しても、あんまり痛みを感じないの」


 多分、これは家庭環境のせいだろう。虐待を常に受けてきた事が原因で脳みそがおかしくなったのか、私はある時から痛みを感じにくい体になっていた。


「……あまり強くは言えないけど、痛みに鈍いのは返って取り返しのつかない怪我に繋がるわ。体は大切にね」


 エマは腰にぶら下げた袋から小瓶と包帯を取り出し、消毒を済ませてから私の腕に包帯を巻き始めた。


「ごめんなさい、相手の力量を見誤ってあなたに怪我をさせてしまった。私の落ち度よ」


 そんな事をないよ、と言ってもエマは自責の念にかられてるのか、目線を落としたまま処置を施していく。


「時間もないし魔力を出来るだけ温存したいから、申し訳ないけどここから出るまで我慢してね。すぐ治療してあげるから」


「うん、お願いね!」


 こんな緊迫した状況下だからこそ、私はいつものテンションを少しだけ前借りして笑顔をエマに見せた。

 その思いが伝わったのか、エマの暗い顔が綻んで笑みが零れる。


 気を引き締め、再び私達は森の中を走り始めた。


 

 それから10分以上、体感だとその3倍の時間が過ぎたかと思った頃だった。一向に見つからない軽葉と忌み子の少女の安否が不安になり出す。


「……やっぱりおかしい」


 エマは周囲を見渡し、魔力の流れを読む事に集中している最中に違和感を訴えた。


「おかしいって、何が?」


「さっきも言ったけど、ここは古代魔力が濃いせいで人の魔力の痕跡を追うのが精一杯なの」


「その魔力はちゃんと見えてる状態なの?」


「今は慣れてきて、軽葉達の魔力の流れが少し分かったわ。ただね、軽葉と半魔の子の魔力が明らかに地面の下から伝わってきてるの」


「それって、2人が森で迷っちゃったってこと!?」


「可能性はなくも無いけど、それはないと思う」


 分析を続けていくうちに、私達の中で次第に不安が大きくなっていく。


「私は軽葉に引き返すよう言った。あの子なら素直に来た道を絶対戻ってくれるはず。それに道も少し順を間違えたからと言って迷うほど複雑じゃなかった」


「じゃあ、2人は……」


「考えうる限り最悪のパターンが1つあるの。それは──」


 エマが次の一言を言い終えようとした次の瞬間、大きな地鳴りと共に大地が揺れ出した。


「まさか、本当に……!」


 奇しくもエマの予想は当たっていたようだ。その予想の答えを私も理解するのに、1秒も必要なかった。


 地震が強まり、地面が次第に割れ始める。しかしそれは単なる地割れではない。

 扉を開くように、私達の足の下にある遺跡の一部が動いていたのだ。巨大な機械が動くが如く、辺りに見える遺跡の壁は形を変えながら駆動する。


「遺跡が起動している! 500年以上前に役目を終えたはずの遺跡が、息を吹き返したんだわ」


 予想だにしなかった現象に見舞われて翻弄される中、突然足場が消えた。そして遺跡の中の暗闇が私達を迎えている。


「この中に2人はいるわ。行きましょう」


 魔法とスキルを併用して滑空ながら、私達は太古の深淵の中へと潜っていった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「どうしよう、1番ダメな状況になっちゃった」


 年月を経た岩は冷たく、不気味な静寂に包まれた遺跡内。逃亡する途中で遺跡の罠に陥れられ、軽葉は来た方角すら見失っていた。


 更に状況の悪いことに、彼女は連れて逃げていた忌み子の少女とはぐれてしまったのだ。駐屯地で騎士から貰ったこの世界製のライターで、足元を照らしながらゆっくりと歩く。


「はぐれちゃったし、場所も分からないよ……」


 魔術師として一流であるエマでさえ感知の困難であった遺跡内での魔力の追跡は、見習い魔法使いの軽葉には当然不可能。ひたすら道を歩き、出口を探すしか方法がなかった。

 孤独感と恐怖で涙が滲みそうになるが、軽葉は二人の友の顔を脳裏に浮かべながら前へ進む。


 その時、軽葉は人の気配を感じ取った。


「誰か、いるの?」


 この遺跡は滅びたと聞かされていた遺跡。人など普通ならいる筈がない。それを理解していた軽葉は警戒心を刺激されていた。

 しかし軽葉は意を決して暗闇に問いかける。それが善良な人間であると、一縷の望みに賭けて。


「いっつー、大誤算だ」


 と、軽葉の返答に似合わない言葉が帰ってきた。突然聞こえた声に軽葉の心臓はピクンと反応したが、反射的に彼女はライターを声の方向へと向ける。


 小さな炎の明かりに照らされ、軽葉の目の前で座り込んだ女の姿が露になる。


「あなた、は……?」


 そこにいた女は、足を遺跡の瓦礫に挟まれていた。背まで伸びた赤い髪と鋭い目を持った女性が軽葉の前で、必死に足を瓦礫の中から引き抜こうと力を入れている。


 足を抜くことに夢中になっていたその時、女は軽葉の存在に気がついて彼女の方を振り向いた。


「えっ、アンタ誰だ?」


 女は不思議そうな顔をして、軽葉に質問を返してくる。


 それは両者共に、全くもって予期しない邂逅であった。

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