第36話 強敵
禍々しい殺気を放ち、赤髪の女は見透かしたように私達の反応から状況を掌握する。
「アンタ達、今さっきまで話してたでしょ。あの娘と」
黒の両翼に加えて半魔の少女の行方を探していることから、彼女があの忌み子の追手ということは容易に理解出来た。
なんであの子にこんなことをするの、と彼女を問いただそうとしたが、憤慨したエマが先に声を発した。
「魔族……大義名分を振りかざして、罪もない人を貶める外道がッ」
「会って早々に外道扱いするも大概じゃない? 事情も知らないでズケズケと。首突っ込んだら痛い目どころじゃ済まないよ」
「あんな傷だらけの子を見て放っておけるほど、私は良心捨ててないの」
女傑二人の繰り広げる舌戦には割って入る隙が無かった。私はエマと私の身の安全の事だけを考え、銀剣の 柄を強く握り締めるしかない。
「慣習なのは知ってるけど、何でわざわざ半魔を追うの? どうせ忌み子だったら、村から追い払えて清々してるんじゃないの」
「それだと意味が無ェ。半魔ってのは村の魔族のために必要な存在だ」
「必要? あんな酷い状態にさせて、どの口が言うのかしら」
「アタシの村じゃ半魔は悪魔の儀式に身を清めてから供物として捧げなきゃなんねェんだよ。分かりやすく言うと……」
次の瞬間、女の声音が一変した。
「殺す、ってこと。それで察してくれる?」
冷たく言い放たれた一言に足がすくんだ。先程までの殺気は偽物だったのではないかと思うほど、強烈で明確な殺意が女の紅の瞳に宿っていた。
「その言葉、唾つけて返品してやるわッ!」
激昂したエマが杖先の魔石に魔力を流し込むのが目で見えた。魔石は眩い閃光を放ち、前方へ巨大な暴風を撃ち出す。
だがそれとほぼ同時に、赤髪の女も魔法陣を展開していた。魔法陣を展開していた彼女の掌から火炎が生まれ、それは勢いを増して放出される。
「エリザベート・アンドラス!!」
「ローザ・アモンッ」
詠唱してから間もなく、巨大な二つの魔力が衝突する。
獅子のように猛々しい炎と周囲の岩石片を巻き上げて押し返す暴風が衝突して巨大な魔力の壁を生成した。周囲の草木の一部を破壊するほどの衝撃波が広がり、二つの魔法は相殺される。
暴力的な魔力と練り上げられた魔力は激しくぶつかり合うと光を伴って宙へと散っていった。
「決して上位の魔法じゃないのにこの威力……! 魔族にしても強過ぎる」
想定以上の火力とパワーを有する魔族の女に、歴戦の冒険者であるエマすら焦燥を見せていた。
でもそれは攻撃を相殺された赤髪の女も同様のようであった。
「高度な魔法をこの精密性と火力……魔法が上手いなんてレベルじゃないな」
赤髪の魔族は不敵な笑みを浮かべると、急に殺気を収めて話しかけてきた。
「アンタみたいなのと会ったのは初めてよ」
「あら、皮肉かしら」
「魔法のことじゃない。アンタの中身のことだ」
女の鋭い目は更に細くすぼめられ、不可解な物でも見るようにエマを睨んだ。
「確かにアンタの心に正義感や善意があるのは分かる。ただアンタには死に対する恐れも、人を殺す躊躇もなかった」
「貴方、見かけによらず結構人を見るのね」
「似たような連中を見てきたからな。ただそいつらとアンタは根本的な違いこそあるものの、近しい黒さを感じたのさ」
「──っ」
「新聞は読めるだけ読んできたつもりだが、読み落としか? こんな実力の魔術師がいたなんて記事、記憶にない」
エマが苦い表情を見せたと思った途端、彼女は私に近寄って言葉を発した。
「奏、次私が魔法を打ったら……」
エマは私に耳打ちして、次の攻撃が来た時の作戦を伝えてきた。作戦の全貌を理解すると、私は小さく頷いて彼女の策に乗る。
「うん、分かった」
私達が作戦の相談をしているところを、赤髪は律儀にその場で待っていた。話し合いが終わるとタイミングを見計らって彼女は一つの提案を持ちかける。
「あの子を諦めて、とっとと逃げることをアタシは勧めるよ。選ぶのはどっちでも良いけどね。アンタら2人が生きてても死んでも、アタシに支障はない」
その提案は魔族という立場の彼女に取って、最大の譲歩である事は分かっていた。しかし私達がそんな脅しに応じる訳などなかった。
「命乞いをするとでも?」
「そう、じゃあ仕方ないわね」
交渉決裂した私達に、もう話し合いの余地はない。そう確信したのか、魔族の女は再び掌に魔法陣を浮かべる。
「リズリット・グラシャラボラス!!」
赤髪の女が先制攻撃を仕掛け、金色に輝く巨獣の爪が私達目掛けて射出された。
一手早く放たれた魔力の凶刃が地面を抉りながら迫り来るが、エマの目に焦りはない。目と鼻の先まで爪が到達した瞬間、エマは魔法を唱える。
「スカーレット・モラクスッ!」
詠唱が完了すると共に、私とエマは凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされた。
凶刃の速度を上回るほどの高速で地面と並行に吹き飛び、仰向けになって赤髪から離れていく。
「……は?」
魔族の女はそれだけ声を漏らし、目を見開きその場で固まっていた。
「奏ッ、今よ」
「オーケー任せて!」
風魔法による安定した低空飛行に加えて、私の『浮遊』のスキルが発動した。足場も踏ん張る場所もない空中だったがお陰で摩擦による減速は生まれない。
吹き飛ばす風が最高速度に近付いたと体感で感じたと同時に、ずっと構えていた銀の剣を元いた方向へと振り抜く。
「ふう、あつ、ざん!!」
風による瞬間的な加速はその威力と距離を伸ばして、私達は遺跡の森の中へと逃れた。
「もう一押し。ローア・バルバトスッ」
風魔法による更なる加速。推進力を得て私達は森の中へと身を隠し、見事魔族の女から逃れていた。
風が死に始めてきた頃を見計らい、身を捩って勢いそのままに走り出す。
「作戦成功したね!」
「うかうかしてられないわよ。このまま飛んで、二人と合流する」
警戒はまだ解けない。しかし一時の安息を得て、私とエマは軽葉達を探すべく森の奥へ進む。
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奏とエマの思わぬ戦線離脱で呆気に取られ、赤髪の魔族は苛立ちで己の頭を掻きむしった。
「まんまと逃げられたな、畜生。それにしてもあの女……」
魔族の女が抱いていたのは、疑心。そして驚愕だった。
「あれはスカーレット・モラクスじゃなかった。クリスティア・バルバトス、攻撃よりも移動や緊急回避に特化した魔法だ」
怪訝な表情で爪を噛み、女は今しがたエマの見せた不可解な魔法の詠唱について考察していた。
「偽りの詠唱。つまりは無詠唱であれほどの風魔法を生み出したってことか」
魔術を志す者であれば分かる。部品のように2つの名を組み合わせた詠唱と魔力が魔術として昇華されることの親和性を。
即ち先程のエマの取った行動は、赤髪の女の警戒を強めるには十分なものだったのだ。
「厄介な事になったね。まさか裏の実力者にあの子の事を嗅ぎつけられるなんて」
赤髪は想定外の事態に苛立ちを覚えながらも冷静さを取り戻そうと努め、胸の中に秘めたドス黒い感情を呼び起こす。
眼光はより一層鋭さを増し、ギラついた目の奥には冷たく固い意思が宿っていた。
「他の誰にも殺させはしない。あの娘は、アタシが必ず殺す」




