第35話 半魔
古代遺跡に突如現れ、目の前で倒れた少女を私達3人は必死で介抱した。
気絶した彼女の体を吹き、化膿した傷や土汚れを消毒洗浄し、エマの魔法による治療の横で包帯や塗り薬でのサポートに私と軽葉は徹した。
一時はどうなるかと慌てたが、迅速に対応が出来たお陰で最悪の事態は回避出来た。
ホッとして私たちが休憩していると、程なくして少女は目を開けた。自分の背に生えた黒い片翼と綺麗になった手足を見回して、半魔の少女は不思議そうな眼差しを向ける。
「あっ、気が付いた?」
「……ぁ、え」
「無理しなくて良いよ。横になってて良いから」
黒の片翼を生やした半魔の少女は唸るように声を少し漏らすと、途切れ途切れな単語を口に出した。
「みんな、誰?」
「私は奏、こっちは軽葉ちゃんとエマちゃん。旅の途中の冒険者なんだけど、あなたが倒れたのを見て助けに来たの」
「どう、して……?」
と、数秒の沈黙の後に少女は答えた。
「えっ」
「なんで、助けたの? ワタシ、忌み子、なのに」
震えた声で疑問を投げる少女に困惑していると、隣のエマが憂鬱そうに溜め息をついた。
「その傷から察したけど、やっぱりね」
「エマちゃん、忌み子って……」
「文字通りよ。と言っても、それはあくまで魔族が半魔の子供に対して使う差別用語だけどね」
少女への哀れみと彼女に与えられた苦痛への怒りの篭った目をエマはふと地面に落とした。
「魔族と人間は何百年も前から争っていた。その遺恨は今でも尚、魔族の小さな集落等には人間への憎しみが根強く残っている事が多いの」
私と軽葉に説明するよう語りかけながら、エマは半魔の少女に尋ねた。
「貴方は人間と魔族の混血、俗に言う半魔。それが理由で、こんなに酷い扱いを受けたってところでしょ?」
「うん。ワタシ、半魔。だから皆、ワタシが嫌い」
「全く、これだから排他的思考のクズは嫌いなのよ」
「エマちゃん?」
「人の生きる権利の侵害とかも充分腹立たしいけど、半魔っていう数少ない種の凄さをまるで分かってないわ」
純粋な苛立ちからなのか、それとも半魔の少女を慰めるためなのか、エマは唐突にスイッチが入ってうんちくを話し始める。
「人間は全身に張り巡らされた魔力回路が弱くて高火力魔法は出せない。その代わりに繊細な魔法が得意で、魔力回路は破壊と再生の繰り返しで強くなる」
「そういう原理なんだ」
「逆に魔族は背中に付いた翼が魔力器官になって、強力な魔法を使えるの。ただデメリットは壊れた魔力回路は換えが効かないし、魔力器官がオーバーヒートしたら死ぬことだってある」
「オーバーヒートっ……」
「でもね、半魔は別。最初から完成された翼の魔力器官がありながら、人間のように魔力回路を増強する事が出来る。両者のメリットを併せ持った奇跡の種族なの」
「それって凄いじゃん! なんか漫画の主人公みたい〜」
「それなら半魔って、優秀な魔法使いが沢山いるってことなんだね」
私と軽葉はすっかり半魔の能力の高さに驚愕して話に聞き入っていた。
しかし声の雰囲気は変わり、エマは半魔の持つしがらみも私たちに語る。
「ただ人間からすればその強さへの恐れが、魔族からすれば人間との間の子というありもしない罪が、半魔は長いこと迫害されてきた」
半魔達へ与えられた不当な罪と迫害の歴史を語られ、私達は異世界で改めて人種間における避けようのない差別を目の当たりにした気分だった。
話を聞いた私達がしんみりしていると、エマは胸に拳を当て、この国で誠と真実を表すポーズを半魔の少女へ取った。
「ベルゼビュート王国の民として法に則り、あなたを保護するわ」
と、瞳の奥に熱意を込めたエマは半魔の少女へ誓った。
「私達も王都に向かってたの。王都へ行けば、あなたの安全はもちろん、十分な生活や医療を無償で提供出来る」
エマは少女の手を握り、彼女へ励ましの言葉をかける。
「あなたは生きていて良い存在なの。だからもう、自分は忌み子だなんて思わなくて良い」
「っ……」
瞳の潤んだ少女と目が合うと私はそっと彼女の肩を抱いて、軽葉は優しく背中をさすった。
驚かさぬよう慎重になりながら、私は少女に名を聞いた。
「あなた、名前は?」
「名前、ない。付けられてない」
「そっか、じゃあ後で素敵な名前付けてもらわなくちゃね」
そんな楽しげで明るい雰囲気になりかけた時だった。
エマは何か異変に気が付いたのか、振り返って来た道と反対の森の方角に顔を向けた。
「魔族の、気配……!」
突然立ち上がったエマの顔からは余裕が失われていた。
「軽葉、その子を連れて逃げて。早く」
「うん! 付いてきて」
軽葉はエマから指示を受けた時点で即座に半魔の少女の手を取り、急いで道を引き返して行った。
「奏、絶対に私から離れないでね」
エマは咄嗟に片腕を伸ばして私を一歩退かせ、地面に倒した魔術の杖を手に取った。
「この気配、尋常じゃない」
エマの小刻みに震える手と強ばった肩が全てを物語っていた。常に冷静で私達パーティーを支えてきた彼女がこれまでにない警戒を見えている。
エマの様相から異常事態を悟ってから間もなく、魔力に鈍感な私でも感じる圧倒的な圧力を感じた。
剣を握り構えていると、前方の森の中から人影が現れる。
「あれ、アンタたち人間か? 変な気配があると思ったら、こんなところで何やってんだよ」
長く艶やかな赤髪、釣り上がった鋭い目、背中から生えた2メートルほどの漆黒の両翼。
話に聞いていた魔族。その血を持つ女が一人、私とエマの存在を確認すると荒々しい声で話しかけてきた。
「多分今、見たよな? 半魔の娘を」
女は冷ややかな目でジッとこちら睨み付ける。彼女の威圧を受けている間、私は全身の震えが止まらなかった。




