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第20話 笑わぬ子ら

「ほらほらー、捕まえちゃうよ〜」


「きゃはは、逃げろー!」


 晴天、に近いような空模様。結界の影響でボヤけた空の元、私は無邪気に走る子供たちを追いかけていた。


 短い雑草の生えた地面を走る少年の一人、ルイスを捕まえて私達は転がった。


「あー、また捕まっちったぁ」


「足はルイスが速いけど、逃げ方はティムの方が上手いねぇ」


「ええー、オレの方が上手かったってー」


 ルイスは既に私が捕まえた子供たちと合流するや、不満そうにぷくっと頬を膨らませた。



 この孤児院に来て、ついに六日目に突入した。衣食住に困るどころか、むしろ人間関係も深まって更に住み良くなっていた。


 一日三回の食事を取り、孤児院内で掃除や洗濯、ジルの作った畑で作業する毎日。残った時間はこうして子供たちと戯れて過ごす。


 狭い環境の中でも、充実していた。自堕落に過ごす日々も悪くはなかった。

 ただ、この淀んだ空や森の方を見る度に、脳裏に浮かぶ。


「もし、この結界から出られたら、みんなも一緒に……」



 エマがいたら、きっと子供たちの面倒を見ただろうな。

 モニカやアビー、ラディは大人しいから懐くかもしれない。


 リインがいたら、元気良く子供たちと接するだろうな。

 ルイスやラックと一緒に遊ぶ光景は想像出来るし、シャロンやシシリアにはキザな対応をするかもしれない。


 セレナはきっと、皆に寄り添って世話をするだろうな。マーティンやティム、ケヴィンやショーンは大人しいから、彼らは彼女の所に集まってのんびりしているかもしれない。


 ラウム村のマスターや冒険者達は、美味しいもの食べさせたり色んな話を聞かせるだろう。


 騎士団の人達は、男の子達に剣の振り方でも教えるのかな。


 みんなとこの子供たちは、きっと仲良くなれるだろう。



 そんな思考が、外の人達のことが、ふとしている間に頭の中で巡った。


「ううん、考えるのは止めよ。ここから出てから、考えれば良い」


 かもしれない、そう思うのはだめだ。

 気持ちを切り替えようと、私は軽く自分の頬を叩いた。


「あ、そろそろ時間だ」


 木陰に座っていたラディが空の明るさの変化を見て声を上げた。

 どうも結界越しに見る空の明るさで大体の時刻を割り出しているようだった。


「お前たちー、掃除の時間だ。家の中に戻れ」


 孤児院の中から精悍な顔つきの少年が外の子供たちに声を掛ける。この事達のまとめ役になっている年長組のイーサンが私達の方へ指示を出した。


「奏さんは畑でエリーラ達を手伝ってくれ」


「はぁーい」


 言われるがまま、私は孤児院裏にある小さな畑へと走った。ここで取れる野菜が食卓に並べられる貴重な食材だ。

 さほど難しい内容では無いけれど、責任は重い。真剣な気持ちで農作業に臨む必要がある。


 身を引き締め、畑で一人草を毟る少女の肩を叩く。


「エリーラちゃん、何か私に手伝えることある?」


「……それじゃあ、私が雑草を取るのでお姉さんはそれを集めて下さい」


 風のように柔らかな声で告げると、エリーラはまた目を落として土をいじる。


「エリーラちゃんは、ここに来て長いの?」


「まだ3年です。年は比較的年長の部類ですけど、ティム達の方がここに居る長さは上です」


「そうなんだ。エリーラちゃんは、ここでの生活は楽しい?」



 草を引き抜きていたエリーラの手が一瞬だけ止まる。僅かな沈黙を挟んでから、彼女はもの悲しげに記憶を辿りながら答える。


「楽しいという気持ちを感じたのは、随分前のことです。何時だったか、もう覚えていない」


「そっ、か」


 何も言えることはなかった。まだ10ほどの子供にこの場所はあまりに重すぎる。不安や焦燥、ひょっとしたら後悔もあるかもしれない。


 軽率な発言が出来ないために私は少し黙り込んでしまった。



「お姉さん」


「なぁに?」


 地面に向いていたエリーラの目は私の方へ向き、鋭い瞳で私のことをジッと見つめていた。


「貴方、見かけによらず強いですよね? それにユニークスキルまで持っている」


「強くないと思うけど、ユニークスキルは確かに持ってるよ」


「でも、お姉さんは、転生者ですよね」


「うん……」


 エリーラはなんだか怖い表情になると、私の傍に寄って耳打ちをした。小さな吐息が私の耳をくすぐる。


「貴方が転生者であることは、わかる人には分かります。そのことは良いです」


「そのことは……?」


「でも、ステータスやスキルの開示は自分から絶対にしないで下さいね」


「えっ」


 そう告げるとエリーラは私から遠ざかり、元いた場所でまた雑草を抜き取った。



「誰にもその事実は、伝えないように」


「……うん」



「ここでは何も、信用しないで」


 低く、そして強い声でハッキリとエリーラは命令した。その雰囲気の変わり様におののいていると、緊張感と共に彼女の顔は解ける。


「ごめんなさいお姉さん、こっちはもう平気なので中の掃除を手伝ってやって下さい」


「う、うん! 分かった」


 先程のエリーラの気迫に押されて、私は反射的にそそくさと孤児院の表へと走っていった。

 小走りで玄関へと向かっていると、農具を持った少年とすれ違う。


「あっ、ケヴィンお疲れ様!」



 ケヴィンは年長組の中でも特段に暗い顔をしている青年だ。私自身、彼のような人とはあまり付き合いが無かったのでどう接すれば良いか分からなかった。


 特に何もなく、軽い挨拶程度で通り過ぎるつもりだった。


 しかしケヴィンは、すれ違いざまにスッと私の方に体を寄せてきた。そして虫のようなか細い声で、ケヴィンは私の耳元で言葉を発した。


「明日の夜、食堂に来てくれ。伝えたいことがある」



 彼の言葉を聞いた瞬間、私は反応してピタッとその場で立ち止まる。

 エリーラに続いて秘密の会話をされる事に戸惑っていると、ケヴィンは何事もなかったかのようにまた歩き出した。


「あんたはこの結界の、鍵だ」


 この言葉を残し、ケヴィンはさっさとエリーラの元へと行ってしまった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 時間はあっという間に夜になって、夕飯の時間になった。今日の食卓にはローストポークや豆とたくさんの野菜のスープが並び、ちょこっと豪華な気分になった。


 食事を囲い、皆で賑やかに会話を楽しんでいた。



 今日は最年長組の中で最も明るく、年下の子供と一緒に私とよく遊んでいるイーサンが積極的に話しかけてきた。


「奏姉ちゃんって冒険者なんだよね。てことは戦えんの?」


「うーん、まぁ私も少しは戦えるよ!」


「へぇ、すごいや。」


「まぁこの剣を使えば吹っ飛ば──」


 意気揚々に語ろうとした、しかし昼間の記憶が私の口をつぐませる。

 エリーラのステータスや力について語るなという警告、それがフラッシュバックした。


 下手に嘘をつくのも変だと思われる。だから能力のことは語らずに少しぼかしたような言葉で返事をした。


「ちっ、小さい魔獣なら吹っ飛ばせる、かな?」


「ふぅん、意外とタフなんだね」


 イーサンが頬骨を付きながら私の話を聞いていると、それを見ていたジルが彼に注意を入れる。


「こらこらイーサン。奏ちゃんに失礼しちゃいけないよ」


「はーいすんません」


 イーサンはジルの指摘を流すように軽い態度で安い返答をした。

 ジルが呆れてため息を付いていると、今度はジルは落ち着いた口調で私に話しかける。


「軽葉ちゃんはどうかな、ここの生活は慣れたかい?」


「ふぇ!? あ、はい。おっ、おかげさまで」


「そうか、それなら良かったよ」


「え、えっへへ」




 食事が終わり、風呂と歯磨きを終えて私は寝室に戻った。


 暗い部屋の中で倒れるようにベットへ飛び込み、欠伸をしながらグイッと背中を伸ばす。木目の天井を見上げながら、白い布団の上で独り言を漏らす。


「はあぁ、なんか今日は疲れちゃった」


 もう早く寝てしまおう、そう考えていた時だった。

 私の枕元からくしゃっ、という紙が何かと擦れる音がした。


 謎の音が出る所を手で探していると、私は1枚の折り畳まれた紙切れを枕の下から引っ張り上げた。


「ん? 何これ」


 紙を開くと、中は何かの文章が記載されていた。暗い部屋の中で月明かりに当てながら、手紙の詳細を確認しようと目をすぼめて紙切れに齧り付く。


「手紙だ。何か書かれてる」




 ──全ては終わる。


 貴方の外にいる仲間は、貴方に気が付いている。



「っ!」



 ──貴方がここに来たことで、最後のピースが揃った。


 心せよ。貴方の手によって結界が開かれる。しかし、一手でも失態を犯せば結界は永遠に閉ざされる。


 そして秘匿せよ。誰にもこの事象、この手紙、夜の出来事を語るべからず。


 その銀剣を持って、明日の夜の二時に食堂へ向かうが良い。


 貴方の剣技と勇志こそが、森の因縁を断ち切る刃となりうる……



「わっ!」


 私が最後の1行を読み終えた途端、古びた紙は赤い光を纏って燃えてしまった。

 咄嗟に離した紙はあっという間に火が広がり、空中を待っている内に静かに消える。


「なん、だったんだろう」


 線香のような煙の匂いがほんのりと私の寝室に漂っていた。

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