第19話 私と子供たち
温かい。程よく、温かい。柔らかい何かで身体が包まれて、何処からかいい匂いが香ってくる。
ふわふわした感覚、心地良い気分がずっと続いて欲しい。
暗闇の中にいると、蕩けた頭の中へ声が入ってくる。
「──でちゃん、かなでちゃん、奏ちゃん」
「うーん……あ」
木製の天井、窓から入る眩しい日差し、目の焦点が戻った瞬間に視界に入る軽葉。それらが私の目に飛び込んでくると、朦朧としながらも無理矢理布団を捲って起き上がる。
最高に気持ちの良い布団から出ると、すぐに欠伸をかいた。
「おふぁよう、かるふぁちゃん。ふわぁっ、はぁ」
まだ力の入らない手で粗雑に目を擦る。
「ごめんね、昨日は夜中まではしゃいじゃって。起こしてくれてありがとうっ」
「こ、これくらいは大丈夫、だよ。ちなみに、朝ご飯はもう出来てるってジルさんが」
「やっほほぉい、ジルさんの手料理だぁ!」
私達がこの孤児院に来て、4日が経過した。ここに招かれてから、私達はずっとジルさんにお世話になっている。
ここで保護されている子供達と一緒に、しばらくはここで生活することになった。
初日こそ緊張はあったけれどもう慣れて、今のところは順調に暮らしている。
「いい匂〜い。これはシチューか何かかな?」
廊下からシチューのクリーミーな匂いが漂っていた。ほんのりとだが、お肉の香りもする。
もしかしたら鶏肉入りかもしれない。
起きて早々、食欲が刺激された。急いで靴を吐き、上機嫌で軽葉と一緒に部屋を出た。
不意に食い意地を張ってしまってあれこれ考えていると、奥の扉から小さい男の子の声が聞こえてきた。
「おっ、ねっ、えっ、ちゃんたちー!」
金髪で非常に活発な男の子が私達の脚の辺りを目掛けて突撃してきた。八歳ぐらいのその男の子は私達二人に抱きついて無邪気な笑みを見せる。
「わぁっ!」
「あはは、おはようラック。朝から元気が良いね」
ラックの挨拶突撃で目も冴えて気分も上がった。
犬のように甘えるラックを撫でていると、別の部屋からラックより少し年上程度の女の子と男の子が小走りでやって来る。
白髪の2人組は穏やかな笑みを私たちに向ける。
「奏お姉ちゃん、軽葉お姉ちゃん、おはよう」
女の子は小さい声で可愛らしく声をかけてくれた。男の子はそんな彼女の後ろに隠れながら照れ臭そうにこっちを見ている。
それもまた子供らしい愛らしさがあり、思わず二人を抱き締めて私は返事をした。
「シャロンとティム! おはよ」
「おはよう、みんな迎えに来てくれてありがとう」
食堂へ向かおうとゆっくり歩いていると、ラックがぴょんぴょんと跳ねながら意気揚々に話しかけてくる。
「奏姉ちゃん、朝ごはん食べたら昨日みたいに遊ぼうよ! ルイス達と水魔法具で戦闘だぁ」
「いいよー。あの水鉄砲やるの楽しいよねっ」
子供達と遊ぶのは好きだ。自分を取り繕わず、全力で一緒に楽しむことが出来る。
すっかりここの空気が気に入って、私は自然に馴染めていた。
ラック達に引っ張られて食堂へ行くと、既に他の子供達も集まり始めていた。
とても広いリビングダイニングの部屋、その中央に置かれた長方形の長いテーブルの周りに皆座っている。
食堂に入ると、すぐ横のキッチンでシチューをよそっていたジルが私たちに声をかける。
「おはよう、2人とも」
「ジルさんおはよ〜」
「おっ、おはようございますっ!」
挨拶が済むと、食堂の子供らに手を引かれて私と軽葉はテーブルの席に座る。
「ケヴィン、エリーラ、彼女達の食器も頼んだよ」
ジルに呼ばれたケヴィンとエリーラは何も言わずにさっと私たちの席に取り皿とフォーク、ナイフを置いた。
全員が席に座るのを見届けると、ジルは和やかに微笑む。
「それでは、頂くとしよう」
いただきますの言葉の代わりに、皆は両手を組んで祈りのようなポーズをして食事に入った。私もここ数日、見よう見まねで身につけたこのやり方をして食事を始める。
ポーズが解かれると、食卓の雰囲気が一気に明るくなった。
「いや〜お腹減ったぁ」
「……」
「ティム。これ、上げる」
「ありがとう、シャロン」
この孤児院は基本的に年長のシャロン、ティム、ケヴィン、エリーラ、ショーン、イーサンが子供達をまとめている。
イーサンは活発で子供らをまとめるお兄さん肌。シャロンとティムは兄弟なのか、似たような顔つきと同じ髪色をしている。
ショーンは無口で、さらさらとした黒髪が綺麗な男の子。ケヴィンは茶髪で、クールな雰囲気を持ってる。
金髪に青い瞳をしたエリーラは子供たちの中でも特に美人さんだ。
「あっ。ラックずりぃ、それオレのー!」
「へへへっ、早いモン勝ちだぁ」
「2人とも、喧嘩しないで。ルイス、あたしのポテト上げるから」
「シシリア、ごめん。ボクのお野菜、少し食べてくれる?」
ラック、ルイス、ラディ、シシリアがここでは年中。
ラックとルイスは典型的なやんちゃな男の子。元気が良くて、特に彼らが一番の遊び相手。
シシリアは赤髪にロングの女の子で、年に関係なく皆と仲良くしている心優しい子。
ラディは引っ込み思案だけど、意外と甘えん坊かな。
「わっ、こぼしちゃた……」
「しちゅー、おいしいっ」
「んぐぐっ」
マーティン、アビー、モニカが年少の部類になっている。
この3人組は外で遊んだりもするけど、基本的には大人しい子達。5歳ほどに見えるけど、まだまだ幼くて愛らしさを感じる。
年少、年中組は驚く程に賑やかで、年長組は全体的に大人しいか物静かな子供達だ。
「やっ、やっぱり皆といると楽しいね。奏ちゃん」
「うん! 楽しいし、料理も美味しいし幸せ〜」
心も体も温まる家庭的な食事だった。しかしこんなに美味しい食事を食べている中で、暗い表情の子供達もいた。特に年長のケヴィン、エリーラ、ショーンだ。
思わずそんな彼らに目が向いてしまう。
でも下手に声をかけたりは私からは出来ない。その事についてはジルから釘を刺されていたのだ──
『ここにはただ森で迷った子供だけじゃないんだ。親を目の前で食われた子や、ワケあって森に来た子もいる』
『っ……』
『そんな子達にはまだ心を休ませる時間が必要なんだ。申し訳ないが、今はそっとしておいて上げてくれ』
──そんな事を聞いてしまっては、余計に気になってしまうし、まだまだ小さい彼らの心境を考えると胸が傷んだ。
でも私に出来ることは今はない。なら少しでも、いつも通りにしていた方が良いのかもしれないと思った。
鬱陶しいと思われるかもしれないけど、それでも明るく振舞おうと私は笑顔でいた。
「今日のご飯もさいこ〜だよぉ」
嘘が下手くそな私は、心の底から感じたことを吐露する。
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今は昼間なのだろうか。曇りガラスのような蒼の空が広がっている。蜃気楼が空で広がる奇妙な空間だけれど、僅かに陽の光は届いていた。
居候させて頂いてるお礼に、軽葉と一緒に孤児院の外に掛かるロープに洗濯物を干す。
運んできた子供達の服を紐へ移していった。
「そうだ、奏ちゃん」
「ん、どうしたの?」
「か、奏ちゃんが仲良くなった、プニってスライムくんの調子はどう、かな?」
「あー、そういえば……」
プニは普段なら水スライムの特性を利用し、肌着のように私の体に密着している。しかし、今はその姿がない。
水スライムは稀に、主の体に入って体内の水分や魔力回路と一時的に一体化することもある、とエマが以前に言っていた。
けれど、その可能性は非常に低い。何故ならこの森は、人の子供以外の侵入を拒む結界なのだから。
「森の結界に引っかかって置き去りにされちゃったのかなぁ」
「無事で、いて欲しいね」
無事に出られるはず。任務中に私と軽葉だけが消えたのだとしたら、エマやリイン達が私達を捜索してくれると思う。
不安はあるけれど、あの状況で二人が死んでしまうのは想像が付かなかった。まだ希望があると自分の心に言い聞かせて、白いシーツの皺を伸ばす。




