第18話 孤児院
この暗く危険な魔草地帯の中で、私達は奇跡的に人間と遭遇した。
ランタンを持った中年の男性が草むらから現れる。丸眼鏡は怯える私達を映していた。
「だっ、誰ですかおじさん!?」
突然の登場で気が動転し、失礼な物言いになってしまった。しかし男性は気にせず、柔らかな物腰で自分の素性を明かす。
「私はジル・グリム、この森で孤児院を営んでいるしがない魔法使いだ」
「森の中で孤児院を? それも魔草地帯で……」
「ああ。不思議に思うかもしれないが、それについては歩きながら説明しよう。ここもそろそろ危ない、着いてきてくれ」
「あの、どうして私達を助けてくれるんですか?」
「これは私の、森の番人としての責務だ。それに、君達のような子供を放っておける訳が無い」
言うとその男、ジルはくるりと彼が来た道の方を向いてゆっくり歩き始めた。
警戒心こそあるものの、この状況だったら少しでも助かる可能性を高めたい。彼の後に着いて行こうと、軽葉にアイコンタクトで承認を得る。
「助けてくれて、ありがとうございます。私は奏と言います」
「あっ、わ、私はかか、軽葉と申します。よろしくお願いします」
「よろしくね、奏ちゃんと軽葉ちゃん。私のことは気軽にジルと呼んでくれ」
ジルの声は、話していると不思議に落ち着いていくような優しい声音だった。心臓の鼓動も穏やかになり、彼に対しての警戒心は解ける。
「あの、さっき言ってた結界って何のことですか?」
「君たちは服装から察するにギルドの冒険者だね? この森で行方不明事件が起きているのは知っているかね」
ジルの言葉で数時間前の記憶を思い出す。出発前にリインが言っていた、親子連れの行方不明事件。
その話を思い出した途端、私は電流が走ったようにピクっと反応した。
「仕組みは分からないが、この結界は人間の子供だけが入れる結界なんだ」
「人間の子供だけ?」
「子供が結界内に侵入すると、子供は中に閉じ込められる。家族と共に森に来ていた場合、親達は子供を探している内に魔草の養分にされていた。それがこの森での行方不明事件の真実さ」
「じじ、じゃあ! もっ、もしかして私たち……」
「ただし、魔力の高い子供だけは抜けられることもある。最低でも1週間は結界内で生活することで結界に対する抵抗力が付き、ここから脱出した子もいるさ」
刹那の不安に駆られたが、ジルの言葉で一筋の希望が見い出せた。軽葉の顔も分かりやすく晴れる。
「でも、それじゃあジルさんは何で結界の中にいるんですか?」
「私は子供の時にここへ迷い込んでしまったんだ。幸いなことに魔法を会得していた私は魔術で住居と畑を作り、今も尚ここで暮らしている」
「そんな! じゃあもう何十年も、ここに」
失言をしてしまったと感じ、思わず黙り込んでしまった。
しかしそれほど、尋常な事ではない。こんな暗く助けも来ない森の中に捕らわれているなど、考えただけで足がすくむ。
沈黙が流れていると、軽葉が心配事を小さく呟いた。
「エマちゃんやリィンさん達、大丈夫かな……」
「ん? もしや君たち以外もこの森に来ていたのか」
「はい、騎士団とギルドの合同任務で来ました。最近、魔草地帯に魔獣が現れてたから討伐に」
「ッ! そうか、なるほど」
ジルは私の言葉を聞くと驚いて軽くまぶたを開いた。口に手を当てがって何度か頷き、真剣な表情で何かを考えている。
何かをブツブツと言いながら歩いていると、森の中で開けた場所に私達はたどり着いた。するとハッと思い出したようにジルは振り向く。
「着いたよ、ここだ。私が切り盛りしている孤児院は」
星や月明かりのひとつも無く、暗くまるで霧のかかったような空。そんなおどろおどろしい空の下に、横に長い木造の家屋があった。
素人が作ったとは思えないほど綺麗に切られた木材と、壁や屋根にこびり付くコケや傷はその年月の重さを感じさせる。
二度と出られないかもしれない場所にいる自覚はある。けれどそんな気持ちを忘れさせてくれるぐらい、私はその建物に圧倒された。
古びた西洋風の建造物はノスタルジックな魅力を醸しながら森の中にポツンと立っている。
「長い年月をかけて建てたのさ。結界に迷い込んだ子供達をここで保護するようになってから、ここは孤児院となったんだ」
私と軽葉が孤児院を前にして感動していると、ジルは静かに目尻を垂らした。
「ささ、どうぞ中に入ってくれ」
ジルに連れられて孤児院の大きな玄関扉の前に私達は立つ。彼が大きな扉をゆっくりと開けた瞬間、家の中の明るさに満ちた光景が飛び込んできた。
「わはぁ……!」
廊下に向かって敷かれた長い緑のカーペット、壁に掛かる風景を描いた油絵、照明のように天井から吊り下げられたランタン。
おとぎ話に出てくる家に来たみたいだ。小さい時に読んだ絵本の匂いを思い出す。
子供に配慮したような手すりや家具の配置も見られ、掃除もされている。まさに孤児院としてピッタリな家屋であった。
「中もすっごく綺麗ですね!」
「ありがとう。家具や内装は長いことかけて魔法で作った、私のこだわりなんだ」
家の匂いを嗅ぐだけで落ち着いてくる。素敵な玄関に見蕩れながら、私は靴を脱ごうと足を上げた。
「よいしょっ……」
「あ、奏ちゃん! た、多分ここも土足のままで大丈夫だと思うよ」
「そうだった! 絨毯があったからつい。やっぱり習慣って抜けないね〜」
私達が不意に前世での故郷、日本の話をしているとジルは首を傾げながら尋ねてきた。
「ん、もしかして君達はヤスラン大陸かエンダラ大陸の出身なのかな?」
「やす、らん……えんだら……えっと、ふぇ?」
「あっ、奏ちゃん、このベルゼビュート王国とかはクリスト大陸って所にあるの。海を渡ると、ジルさんが今言った大陸があるみたい」
「う〜ん、なんだか地理は難しいね」
私が混乱していると軽葉とジルは嬉しそうに笑っていた。
心も安定し、緊張もほぐれると私はジルに向かって自分達のことを素直に伝えようと思った。
助けてくれた恩人に嘘は付けない。軽葉の許可を得て、私は私達の身分を正直に明かした。
「私達は異世界から来たんです。俗に言う転生者って者です」
「そう、か。転生者……」
私が返答するとまたジルは口に手を当てて考え始めた。しかし今回は比較的すぐに沈黙は終わり、彼の真剣な表情は解けて笑顔に戻る。
「度々すまないね、転生者とこうしてお目にかかるのは初めてなんだ。長旅、ご苦労さま」
そっとジルが私達に労いの言葉をかけると、改まって彼は私達をこの孤児院に迎え入れてくれた。
「改めて歓迎するよ2人とも。ようこそ我が森の孤児院へ」
ジルはその優しい笑顔で私と軽葉を家の中へと招く。




