第21話 潜む
軽葉視点
私は軽葉、奏ちゃんとエマちゃんのパーティーに入ったただの新人冒険者。
魔草地帯での事故に遭い、この森に奏ちゃんと迷い込んで一週間が経った。
ジルという男の人に保護され、この結界のせいで出られない子供たちと一緒に孤児院でお世話になっています。
まだ私は子供達と上手く馴染めていないけど、年少や年中の子たちとは少しずつ慣れてきた。今もこうしてお世話になっている恩返しとして、洗濯物の手伝いをしていた。
「軽葉ちゃんも遊ぼうよ!」
「ごめんね奏ちゃん、今日は少し疲れてて。私は中で待ってるよ」
「そっか、分かった! 家事とかも無理はしないでね」
洗った衣類とロープに吊るされている乾いたタオル類を交換していると、奏ちゃんに付いてきた子供達は私に手を振る。
そしてラックという男の子はお礼まで言ってくれた。
「軽葉お姉ちゃん、いつもありがとう!」
「う、ううん大丈夫だよ。これぐらいのことは自分でやらなくちゃだから」
穏やかに笑顔を作って手を振り返すと、子供達は嬉しそうに奏ちゃんを表の広場に連れて行った。
走っていく彼女達の姿をひとしきり眺め、再び籠の中に手を入れて洗濯物を取り出す。
「お姉さん」
「ぅっ!」
「……びっくりさせたよね。ごめんなさい」
衣の中から出てきたように、白いシーツを干していた場所に少女は現れた。
この子の名前はたしかエリーラと言った。積極的にあまり話しかけられない私は、物静かなこの子と話すのは初めてだった。
「えっと、エリーラちゃんだよね。こ、こちらこそごめんなさい」
「……」
さらさらとした金髪に純粋な青い目、精悍な顔つき。その顔は絵画のような美しさの中で、どこか寂しげなものを感じる。
緊張した空気の中、何も言わずにしばらく見つめ合っているとエリーラは私に質問をした。
「軽葉さんって、普段からそんな感じの話し方なんですか?」
「うっ、うん。実は、人と話す時は緊張しちゃうから、声が詰まっちゃうの。でもこれがいつも通りだから、気にしないで」
会話が不自然に途切れてしまった。しかしこれ以上話を広げるスキルは私にない。他にすることも無く、洗濯物の取り込みに戻った。
すると彼女は唐突に私へ警告する。
「貴方も、ここでは気を抜かないで下さいね」
「っ……うん、ありがとう」
心の中に不安感が募る。ここで言って良いのかと、自分自身に何度も尋ねた。
でもここは意を決して話そうと腹を決める。出来るだけ好意的に、そして敵意が無いことを彼女へ伝える。
「エリーラちゃん、大丈夫だよ。私は何もしないつもりだよ」
その言葉を放った次の瞬間、エリーラは目を見開いて驚愕していた。
「あなた……」
「ごごご、ごめんね。先にこの荷物、片付けて来ちゃうから」
これ以上は耐えられなかった。
まだ取り込む途中だった衣類を置いたまま、乾いた服のカゴを持って無理矢理逃げ出す。
孤児院の外壁近くを走り、急いで建物の中へと入った。
必要以上に負担のかかった心臓を押さえ付け、自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
危うく発狂してしまう所だった。何日も自分の感情を友人にすらひた隠し、無邪気を装って自然に振る舞い、終わりの見えない恐怖と焦燥に抗うのは神経をすり減らす。
精神的な疲弊がついて回り、自身の限界も見えかけてきていた。
──私は気付いてしまったんだ。ジルが嘘を付いていることを。
最初に違和感を覚えたのはジルと会った直後の事だった。この森での行方不明事件のこと。
彼は私達にこの森の失踪事件を語った時、妙に知り過ぎてる気がした。孤児院の話を聞いて、最近来た子供から情報を得たのだと思ったけれど、それにしてはまるで実際に見聞きしたかのような印象があった。
次に違和感を感じたのは孤児院の建物。
彼は子供の時にこの結界に迷い込んだと言っていた。でもそれにしてはあまりに綺麗過ぎる建築だった。果たして子供にこんな建造物が作れるのだろうか。
木を切る道具すら見当たらないのにどうやって木を調達したのか、これ程の大きさなのにどうして崩れない強度のものを作れたのか。
インテリアだって素人が作ったにしてはあまりに繊細。
彼が魔術師という事を考えても、ここまで精密なものを魔法で作れるのか。疑問は次第に疑惑に変わっていった。
こんなに立派な畑も最初からあったとして、素人の子供がここまで作物を取れるようになるまで保てるだろうか。生活必需品の調達はどうしているのか。ジルが迷いたての子供の時、どうやって生き延びていたのか。
疑問は次々に見つかっては、私に不安を煽ってきた。
孤児院で生活する中で遂に、私は決定的なものを目の当たりにした。
食卓にステーキが出た日があったのだ。ここで疑惑は確信に変わった。
この結界は人間の大人や魔獣すらも通れない仕組みだとジルは語った。では何故、肉が出るのか。
家畜がいないのは確認している。それどころか虫の1匹すらここでは見ていない。
これまで疑っていたものが全て繋がったことで、私は鳥肌が止まらなかった。
確信した、ジルは嘘を言っているのだと。そして彼は明らかに結界の外に出ている。
なんの目的かは分からない。でも確かなのは、彼は私達を騙してここに監禁しようとしている。
ジルは私達を騙している。
「やぁ軽葉ちゃん」
落ち着きかけていた心臓が悪魔の手で鷲掴みにされたように止まった。
急激に胸が苦しくなり、耳元で心拍音が鳴り響く。
咄嗟に肩をすくめてしまったものの、恐怖心を噛み殺し笑みを見せながら声の方へ振り返った。
「じっ、ジルさん」
いつもと変わらず微笑んでいるような表情のジルがそこに立っていた。
心臓が激しく鼓動し、背中にヒヤッとした嫌な汗をかく。この時ばかりは、自分の普段の吃る癖に感謝した。
「洗濯物か、毎日ありがとうね」
「い、いえいえそんな。お礼にしても安いぐらいですよ」
鼓動はまだうるさい。でも冷静さだけは確保出来た。
「それにしても本当に良かったよ。君達がここでの暮らしを良く思ってくれて」
「当然ですよ。こんなに、ジルさんやみんなに良くしてもらっているんですから」
「奏ちゃんは元気が良くて、軽葉ちゃんも穏やかで優しいから子供達も大喜びさ」
手汗がじんわりと染み出してくる。でももう大丈夫なようだ。不審がられている様子もない。
「転生者の生活様式については知らない事だらけだったから、不安もあったけど心地良く思ってくれているようで嬉しいよ」
「えへへ」
「今度良かったら、君の以前の暮らしについて是非お聞かせ願いたいな」
「はっ、はい! 私でお役に立てることがあれば」
微笑みを向けると、ジルはハッとした顔をして我に返る。
「おっと、家事の途中で止めて済まなかった」
「あ、いえいえそんな。私もジルさんとのお話は楽しいですから」
「そうか、ありがとうね。それじゃあ私はこれで」
過去の経験が活きたのは初めてだった。学校で自分を抑えながら笑顔のままで過ごす期間が少しでもあったことには感謝しかない。
まだ安心には程遠い。でも時間稼ぎなら出来る希望が見えた。
ジルが外に出られるのなら、私達も何かしらの方法で出られるのかもしれない。その脱出方法をこれから模索していこう。
この事は安易には話せない。まずは今日にでも奏ちゃんに話してここから逃げるべきだと伝えないと。
「臆病そうに見えて、芝居は結構上手いんじゃないか」
低く一変した彼の声が聞こえた次の瞬間、後頭部に鈍痛が走った。
目の前がボヤけ、ブレーカーが落ちたように意識が消えていく。恐怖と焦りで埋まっていた思考があっという間に掻き消された。




