第1話 この世界でできること
ただひたすらに笑った。新たしい世界でスタートを切れる喜びと、この今にも走り出したくなるようなこの衝動が体中を巡る。
笑い過ぎて涙が流れる程、声を上げて歓喜する。
自分の枕かのように抱きかかえられている水色のスライムは戸惑っているのか目をキョロキョロさせながら動いている。
「来れた、来れたよ異世界に……あははは、やったぁ! ふぉう!!」
ずっと本の中にしか無かった憧れの異世界にやって来れた。この事実がなんとも愛おしくて、私は小さい子供の如く喚くように嬉しさを叫んだ。
そこから数十分は変わらずはしゃぎまくった。
興奮が治まり切ってはいなかったけれど、とりあえず大自然の中で騒ぐのを止めてニヤニヤしながら私は立ち上がる。
「ふっふっふ、これでも異世界に来た時のことは脳内で予習済み。異世界に来たらまず、やれる事の確認っ!」
こうして堂々と独り言を話しているとスライムから冷ややかな眼差しがしてきた気がしなくもないが、私は気にせず更に声を張り上げた。
右手を上げると一気に振り下ろし、体の前で手を開く。
「開けッ!!」
私の叫び声で湖の水が僅かに波紋を生んだが、何も起こることはなくその瞬間は風すらも止んで辺りが静寂に包まれた。
「……ステータス画面は表示されないか。まぁレベルとかはそこまで気にしてないから良いけど、スキルとか無いのかな〜」
誰かに今の様子を見られていたら羞恥心で逃げ出したくなる所だった。
若干の恥ずかしさを隠すように次の確認事項を探す。
「魔法は使えるか分かんないけど、これは教わる方が早いだろうし最初は街に──うん?」
私は考えている最中、ふと視線を左下にズラした。その目線の先には十字の形になっている木製の西洋剣、いわゆる木剣があった。
不自然にも水場の近くで雑に転がっていた木剣は状態も良く、まるで誰かから差し出されたかのように私の目の前にあった。
「いや湖の畔に木剣放置て! これ明らかに初期装備パターンじゃん。色々と都合良いな異世界ッ!」
1人ツッコミで再び私の声が虚しく木霊した。
あまりのタイミングの良さに少し怖いぐらいだったが、放置された木剣を拾い上げて試しに握ってみた。持った感触は想像以上のフィット具合で、握り心地も悪くない。
「剣で戦ってみたかったから丁度良かったぁ。試しに振ってみよ♪」
戦闘ではなく練習の道具と考えれば上等な代物。私は昔の記憶を頼りに剣を真っ直ぐになるよう構え、それらしく振り上げて剣を力いっぱいに振り抜いた。
「えいりゃっ!」
木剣を振り下ろした直後、私は一気に2つの感覚が同時に麻痺した。
私の耳では耳鳴りがしばらく続き、視界は白くなって瞬く間に奪われた。
「…………ふぇ?」
別に特別な何かが働いた感覚は皆無だった。腕力が上がっている訳でもなく、何かのスキルを無意識に使っていたのかと思った。
ただ純粋に、私は地面を剣圧で抉っていた。振り下ろした木剣は謎の煙を上げ、刃の先にあった地面の石ころは全て粉微塵となっていた。
同時に激しい水しぶきが上がっていたらしく、雨のように湖の水が降ってきて私はずぶ濡れになった。
発生した事象に対して脳の処理が追いつかず、私は呆けた顔のまま水が時間差で湖の奥へと落ちていくのを絶句しながら眺めていた。
固まった後、湖に小さな波が起きたのを見ると共にようやく我に返った。
驚愕し声が出ずに口をパクパクさせていると、徐々に声が戻ってきて汚い発狂声が森の中まで響いた。
「なんでこうなったの!? けけけっ、剣を振っただけ、なのに……ていうか何この威力!」
14の少女のどころか元の世界の人間でも出せぬような剣の破壊力。これには私も嬉しさの感情よりも困惑が勝った。
スキルのせいかステータスボーナスを受け取ったのか定かではなかったが、確認したいことがまた1つ増えた。
1度手に取った木剣を足元にそっと置いて、私は宙で軽く空手の突きの動きをした。
しかし突いても何も起こらなかったため次に何度か本気で突きをしてみたが、結果は変わらず普通のパンチ程度の威力しか無かった。
「うん、身体能力は普通。力が平均以下な女の子パンチ」
身体能力補正が無いことを確認したら、私はもう一度木剣を拾って軽く斜めに振り下ろした。
すると嘘のように剣からとてつもない爆風が生まれた。前方に向かって風が走り、また新しく湖に波が出来た。そのせいで所々から驚いた魚がバチャバチャと慌てている音が聞こえてきた。
「バグかなっ!?」
異世界転生したことの次に信じられなかった。
自分の出している力と実際に発生しているエネルギーがイコールの関係になっていない。どんなに嬉しいことでも、許容上限を越すと人は思考停止するものなのだと私はこの異世界で早速学んだ。
未だ混乱していると、今度は湖の向かいから凄まじい破壊音がした。いきなりの轟音に驚き、少しオーバー気味にビクッと反応してしまった。
湖の向かいにはこちら側と同じく森が広がっているが、その中で樹が3本ほど倒れた。魔獣か何かが木を薙ぎ倒したのかと思ったが、木の倒れ方を見て一瞬にして理解した。
私の繰り出した剣撃が50mは離れているであろう向かいの木々まで届いたのだ。風圧だけでなく斬撃も生み出していたらしく、ここからでも綺麗な断面なのが見えた。
「斬撃が飛んでった! 初っ端に飛ぶ斬撃出ちゃったよー!?」
これにはもう声がひっくり返るかと思うぐらいに仰天した。自分でもいけないことをしてしまったような気分になり、混乱と驚愕で私は思わず腰を抜かした。
今の斬撃の衝突と倒木のせいで生き物たちも驚いたようで、森の中からは悲鳴のような鳴き声が多く聞こえてきた。




