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プロローグ

 ここに来るのに、痛みはなかった。外は暖かくて、空が青くて、風が気持ち良い。その光景や感覚は私の人生の中で一番鮮明だ。


 飛び出した先に待ってたのは無限に続く可能性の世界。そんなここは私にとってあまりにも遠く、そして思い焦がれたほどに愛しい場所。


 何もかもから逃げられた私はようやく自由の身だ。


 この瞬間が、私の人生のリスタート地点だった。




 ──眠りから覚めたのは、その光景を目にした直後。


 私は瞼を閉じていたけれど、私の目の中に日の光が侵入して広がる。その光の眩しさに思わず手で光を遮った。そして薄らぼんやりとしながら私は少し体を起こす。


 さっきまでの光で周りが白く輝いてよく見えない。ただ視力が戻ると同時に他の感覚も研ぎ澄まされるように蘇ってきた。


 今私が横たわっている地面の硬さ、そこから生えている短い草の緑。葉が揺れている木々の音や森の匂い。枝や葉の間から僅かに見える青い空と先の眩しい太陽。


 その全てが目を通して入ってくると、ようやく私はこの状況を段々と理解し始めて、慌てて上体を起こして周囲を見渡した。



「こっ、ここってもしかして……」


 湧き上がるような高揚感と胸の奥で締まるような幸福感で私は包まれていく。

 興奮して叫び出そうとしたが、あることを思い出して私は咄嗟に自分の服装を確認した。


「──って、あれ? これ私の服じゃないね。初めて見る洋服……」


 私が着てたのは現代というよりまるでゲームの中のような奇抜な衣服。

 肩や肘から先の出た赤と白の上着に漆黒のスカート。首には装飾品の小さなネックレス。服の所々には金やシルバーの装飾が服のバランスを崩さないよう配色された洒落たデザイン。


 今まで見たことのないような可愛らしさ溢れる服に舞い上がりそうになったが、それ以上に私が驚愕したのは自分の脚だった。



「えっ! うそ、でしょ……」


 私の足は色白で細い綺麗な脚だった。他人の足と見間違えるほどに美しいと私は感じてしまった。

 そんな新鮮な自分の足に見蕩れていると、今度は微かに水の音が聞こえてくる。


 音の方角を向くと、森のすぐそこに湖があるのを見つけた。


「もしかして、もしかして──本当に!?」



 次々と私に訪れるサプライズ。次は何だろうと期待に胸を膨らませながら私は湖の畔の方へと歩いた。


 鳥のせせらぎを聞きながら森を抜け、はしゃいだ私は滑り込むように飛び出した。

 そして美味しい空気を一気に吸って走ると、湖の水面を覗き込んで自分の顔を確認する。


 そしてそこに反射した少女の顔を見るや、私は喉がキツく閉まったかすれ声を出して歓喜する。



「〜ぁぁ、やったぁ嬉しい……私の、私の顔だぁ」


 映っているのは健康そうな14歳の少女の顔。目の隈や傷はなく、先程大いに喜んだ私の足と同じ白い肌。黒いショートの髪、透き通った茶色の瞳。

 自分で思うのは気持ち悪いと思われるかもしれないが、初めて自分の顔を可愛いと思えた。


「やった、やった! これでわたし────あれ?」



 顔を確認して喜んでいたその時、私の顔が映った水面が揺れ始めた。

 段々ポコポコと水泡が現れ出したと思ったその時、私の鼻に触れそうな距離まで何かが水中から飛び出してきた。


「わびゃぁぁっ!?」


 変な奇声を上げながら私は後ろにひっくり返る。少し腰を抜かしながら再び見ると、そこには水色の丸い物体があった。


 クリっとした目に液体と固体の中間のような体。そしてぷにっとしてそうな見た目。

 当然それは、紛うことなきスライム。


「すっ、スライムだぁ!」


 驚いている私とは対照に、スライムは首を傾げるかのような動きを見せる。

 私はその反応の可愛いかったので思わず警戒するのを忘れて、恐る恐る近づいてスライムを触ってみた。


 でもスライムは攻撃したり逃げたりするどころか、嬉しそうに跳ねながら体を触らせてくれた。


「わぁ、見た目通りぷにぷにだねっ」



 そんなスライムとちょっとしたスキンシップをして楽しんでいたのも束の間、新たに私に度肝を抜かせる存在が現れた。


 突然、地鳴りのような風の鳴る音が空から響いてきた。

 スライムを撫でながら上を見上げると、青い空の中で泳ぐように飛び回るファンタジーの象徴とも言える存在が姿を見せる。


「あれって……ドラゴン!」


 翠の鱗と巨大な翼を生やした飛竜二頭が森の方角から飛んで私の上を通り過ぎて行ったのだ。その荘厳な姿に私はまた目を奪われた。

 感嘆の声を漏らしながら飛んでいくドラゴンを見届ける。



 飛んでいく竜を見送ると私は改めて、今の状況を確認して嬉しさで一杯になった。


 この美しい森に私の着ている服、そしてファンタジーでしか有り得ない生物。

 私が今どこにいるのかなんて、もう考えるまでもなかった。


 思わず私はスライムを抱き抱えながら声にならない叫びを上げる。


「っんん〜!!」


 そして両腕を伸ばして後ろに倒れこみ、喜びのままに私は大声で叫んだ。



「──やったぁぁぁ! 異世界だあぁぁぁ!! あはははっ」



 この度私、14歳の少女(かなで)は、晴れて異世界転生しました。

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