第13話 騎士団長
雑踏に紛れて行った少女の背を見ながら私達は固まっていた。エマは怪訝な表情で狼狽えながら逃げていく彼女の様子を見る。
「なんだったんだろう? 大丈夫かな……」
「うん……ほんと、大丈夫かな」
少女の挙動不審さは明らかに尋常ではなく、今にでも追いかけて大丈夫かと声を掛けてあげたかった。
しかしそれをしたとしても、先と同じ状況になるのは分かっている。心苦しくはあったが、この場で私は1度見て見ぬふりをしなくてはならなかったのだ。
そんな彼女のことを忘れようと私は竜肉を一気に貪って完食し、エマと少し歩くペースを上げて目的地となる街のギルド施設へと向かった。
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しばらく一本道を歩いた後、私達はベリト町のギルド施設へ到着。
ラウム村の『老犬の酒池』のような酒場と一体型の施設ではなく、目の前の建物は宿屋に近い施設であった。
ただし建物自体は老犬の酒池の数倍以上の大きさであり、施設の外には簡易的なテーブルと椅子が置かれている。
また建物は別館という形で複数に分かれており、両脇にはそれぞれ武具屋と道具屋、二階が同じく宿屋になっているギルド施設になっていた。
巨大施設を見上げながら謎の緊張感を覚えていると、エマが先陣を切ってギルドのドアを開けた。
「こんにちはー」
エマの後ろを着いていくように建物へと入ると、中にいた人々の視線が一瞬だけ私たちに集まった。
ギルド内には内装のしっかりした広いロビーがあり、そこにはテーブルで軽食を済まるなどして休憩する冒険者達がいる。小綺麗な室内で異世界にしては水準の高い部屋の作りになっていた。
エマの後を追って中へ進んでいくとギルドのカウンター前に着き、その向いで待ち構えている受付嬢らしき女性が私達に向かって話しかけてきた。
「ようこそ冒険者ギルドベリト支部へ……ってエマちゃんじゃん! 久しぶりだね」
「ご無沙汰してますセレナさん」
エマとこの受付嬢、セレナは知り合いだった様で邂逅してすぐさま慣れた様子で会話をし始めた。
ラウム村の時点で薄々と感じてはいたが、エマは中々の人脈があるらしい。少なくともギルドの冒険者や職員達から「エマちゃん」や「エマ嬢」と呼ばれていることからも彼女が持つ人望の厚さが伺えた。
「また一段と綺麗になったねぇ。ところで隣りの女の子はもしかして?」
質問されるとエマは無邪気にニッコリと笑い、軽く私の肩に手を回して私のことを紹介した。
「そうです、この子が私の新しい冒険仲間です」
「奏って言います! よろしくお願いします」
「あ〜君が奏ちゃんかぁ。色々と情報はラウム村のマスターから聞いてるよ。ギルドへ、そしてこの世界へようこそ」
ギルドには何かしらの情報網があるのか、早速私が転生者であることも把握されていた。
異世界で現地人に転生者であることがバレているという状況は異世界転生作品ではあまり見たことが無いため、私には慣れない部分が大きい。
照れながらもセレナと会話をしてファーストコンタクトを取っていた時、ギルド内には扉が派手に開けられる音が鳴り響いた。
そして同時に扉の音を音をかき消すほどに豪快な女性の声が聞こえて来る。
「やぁやぁ冒険者諸君、ご機嫌麗しゅう!」
その声の主のいる方向をその場に居合わせた全員が振り向いた。エマはその人物を確認するや、驚愕のあまり目を丸くして驚嘆の声を上げた。
「じっ、ジークフリート団長!?」
エマの驚いた声に気がつくとその女性は私達のいる方を向いて嬉しそうな声を出した。
「おっ、その声はエマじゃないか! 久方ぶりだな。そしてそんな可愛げのない名で呼ばないでおくれよ」
「リイン、またあんた団員放ったらかして来たでしょ。まったく……」
その女性、リインは火の如き豪快さと華のような容姿端麗さを持ち合わせた騎士であった。
擦れる度に金属音が鳴り響く銀の鎧を身に纏い、盾と見間違えるほどの大剣を背に刺してその女騎士は悠々と歩いてくる。
だが重量感のある足音とは対称に、その身体は鎧を装備していても分かるほど細く、その整った顔も相まって鎧を脱げば騎士とは到底見えないほどに美しい人だ。
そして初対面ながらも男勝りな性格であることがハッキリ伝わってくる言動と様相。まさに美しさと力強さを共存させた女騎士リインに私は釘付けになった。
何気なくリインをじっと見つめていると、彼女は私の視線に気が付いた。そして私と目が合った瞬間、リインは大人の女性らしい落ち着いた微笑を作る。
「おや、これまた可憐で美しいお嬢さんだね」
リインは紳士的な挨拶をした直後、私の目の前で片膝を付いた。右膝が床に付くと共に彼女は私の右手を取る。
「お初にお目にかかります、草原に咲く一輪の花よ。私の名はリイン・ジークフリート・ネビロスだ。是非覚えて頂けると嬉しいな」
リインはキザな自己紹介を終えると取った私の右手の甲に口付けをした。突然こんな美しい女性にロマンチックな挨拶をされた私は頭の中はたちまち大パニック。
気恥しさと嬉しさが入り乱れ、リインの微笑を見ている内に胸が高鳴っていく。高貴で気品溢れる女性からの危険な誘い文句に私は動揺していた。
だが次の瞬間、怒りの声と共にゴツンと鈍い音が鳴った。
「クラァ!! 初対面の女の子ナンパしてんじゃないわよ、この女たらしッ」
「あだっ!?」
セレナは突如、先程の落ち着いた素振りから一変してリインの頭に拳骨を食らわせた。
ポコンと景気の良い音が鳴るとリインは頭を抑えながら、殴ってきた張本人に抗議する。
「頭に拳骨を食らわせるとは酷いじゃないかセレナぁ」
「あんたが女の子に手ぇ出そうとしてるとこ見過ごせる訳無いでしょうが!」
「まぁまぁ、そんなに怒らないでくれよマイハニー」
リインは怒り心頭のセレナを宥めようと彼女の腰に手を回し、植物を触るかのように優しくセレナの顎に触れる。
一気に詰め寄られたセレナは言葉に詰まり、軽く突き飛ばしながらカウンターの奥へと引っ込んでしまった。
「ハニッ……って、ん〜もうバカ! リインのアホ!」
まだ鼓動は早いままであったが、2人の微笑ましい光景を前にして段々と心臓の動きは落ち着いた。彼女達の仲睦まじい様子を前にして私は思わず頬を緩める。
「2人って仲良いんだね」
「団長とセレナさんは20年来の幼馴染みらしいからね。2人とも21になってもまだ会うとこんな感じよ」
「えっ、2人ともまだ21なの!? 若いのにセレナさんはすごく大人っぽいし、リインさんはその若さで団長って、凄い」
彼女達の実年齢を聞くや驚きを隠せなかったが、それ以上に振り返ってみて2人の印象がこの短時間で急激に変化したことが私にとっては衝撃だった。
私の中でセレナの印象は落ち着いたお姉さんというイメージから幼馴染みに弱い可愛らしい女性というイメージに変化し、リインは豪快な女騎士というイメージから酒飲み男とキザ男を足して二で割ったような女たらしの美女という印象に。
リインは拗ねたセレナに微笑みかけながら、ひとしきり笑ったところで気持ちを切り替えた。
声のトーンが落ち、一転して真剣な雰囲気を作る。
「ハハ。まあお茶のお誘いはまた今度にするとして、まずは団長の務めを果たさないとね」
軽く咳払いをし、リインは声を大にしてロビーの冒険者達に向けて演説を始める。
「早速だが明日、冒険者ギルドに所属する諸君らには王国任務に協力し、大魔騎士団と合同で魔草地帯に乗り込んで頂きたい」
彼女の言葉を聞いた瞬間、休んでいた冒険者達の顔が変わった。全員が一瞬動きを止め、この状況の深刻さを知って驚嘆する。
「ここ最近、この魔草地帯で中型魔獣の出現が数件確認されている。普通であればこの一帯に生息しない中型魔獣だが、近頃この周辺地域の魔力異常によって魔草地帯に迷い混んでしまった」
報告を聞くとエマは唇に指を当て、事態の危険さに眉をひそめていた。
「魔力異常ですか、それは危険ですね。中型以上の魔獣は通常、魔草地帯の魔草を食べたら魔力過多で絶命しますが、万が一……」
「エマの言う通りだ。仮に魔獣と魔草の魔力が適合してしまった場合、魔獣が自我を失い暴走するか、霊獣や魍魎となって厄災を発生させる。いずれにせよ、事態は一刻を争う状況だ」
冒険者達がざわめく中、リインは最後に大きく声を張って魔獣討伐任務に関する報告を終了する。
「出発は明日の朝だ。尚、魔力異常の件は我々騎士団が調査するが、異常を発見した際は直ちに我々の誰かに報告を頼む。以上だ」
今回の任務の概要はあらかた把握した。しかし1つだけ聞きなれない言葉があり、その言葉の意味も予想が付かなかったため私は隣りにいるエマにこっそり尋ねる。
「エマちゃん、魔力異常って?」
「噴火や地震みたいな自然の活動や強力な魔法の使用によって土地の魔力が急激に変化することよ。魔力異常は災害が起きたり、突然魔法や魔獣が発生したり集まったりして被害を及ぼすの」
「そんなに危険なことなんだ……」
異世界の災害など考えたこともなかった。そして想像もしたくなかった。
ことの重大さを一足遅れて理解すると、逆に報告が終わったリインは背伸びをして元の明るい性格へと戻る。
「じゃっ、報告も終わったし私は早速寝させてもらうよ」
リインが眠そうにロビーの奥へと向かっていくと、カウンターの奥から出てきたセレナが弧を描くように彼女の方へ部屋の鍵を投げた。
「ほんっと普段はだらしないんだから。はい、いつもの部屋の鍵」
「ありがとう、愛しのマイハニー」
「マイハニー言うなッ!」
受付嬢と騎士団長の夫婦漫才が終わってギルド内が静まったその時、小さい音で奏でられるメロディが私達の耳に入ってきた。
「……ピアノ?」
それは小さいながらも聞いていると癒されるピアノの流麗な旋律だった。
クラシック風の落ち着いた曲で、周囲で聞いていた冒険者たちもピアノと一緒になって小さく鼻歌を吹く。
宿舎として機能しているこのギルドの雰囲気にあった穏やかで心地の良い曲だ。
私は久しぶりに耳にする音楽で感傷に浸り、隣でエマも軽く頭を揺らして曲に聞き入っていた。
「そうそう、冒険者なんだけど新しくピアノ奏者としてウチで働いてくれてる子が1人いるのよ。あそこにいるわ」
セレナはロビーの右端の方を指差す。指差した先には大きな一台のピアノが置かれていた。
私はどんな人物が弾いているのかと興味を引かれ、少し体を逸らしてその奏者の顔を確認する。
「──あっ!」
その奏者の姿を見た瞬間、私の時間は止まった。
ピアノを弾いていた人物はつい先刻、街中で出会ったあの怯えていた少女。小さなその少女はその白くか細い指で鍵盤を叩き、美しい音色を奏でていた。
「さっきの子だ……」
思わぬ再会に私は声を飲む。まさか気になっていたあの少女とこんな形でまた会うとは夢に思わなんだ。
少女との奇妙な縁を不思議に感じつつ、私は彼女を見て同時に安心感を得た。
ピアノを弾く少女は鍵盤を前に、穏やかに笑いながら演奏をしていた。その姿を見て、少しばかり私はホッと安堵を覚える。




