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第12話 ベリト町の少女

 綺麗に舗装された赤いレンガの道とその両端に立ち並ぶ路商店、木造と石を折衷した建造物。その光景はまさに、異世界の街並みと称する他ない街であった。


 そして私の想像以上にこのベリト町は栄えていた。

 中世ヨーロッパ風の景観でありながらも、道にはマンホールのような物や側溝が取り付けられており、建築水準は非常に高かった。周囲は見る限りゴミもなく、街の衛生環境の良さも伺える。


 建物も一部はレンガの間にセメントが流されている等、明らかに近代的な仕様がされている部分が見受けられた。

 これも他の転生者達のおかげなのだろうか、現代の技術が使われながらもこの世界の景観を崩さないよう配慮がなされているのが感じ取れる。


 街を歩きながら最初はただ感心しているだけであったが、徐々に思考が回らなくなるほど辺りの光景に見蕩れ始めてしまう。


「いっ、異世界の街だぁ。すごい、なんかもう、すごい……」


 魔獣や自然だけではなく、こういった人の生み出した物や技術を目の当たりにすることすらも、異世界にやってきたという実感となってやってくる。


 あまりの興奮で胸が小刻みに震えているとその震えと共鳴するように商人達が商品を宣伝する大きな声が次々と聞こえて来た。


「帝国産の新鮮な竜肉ステーキだよっ! お1ついかがー?」


「王都の職人から取り寄せた限定品。本日は家庭焔コアと霊鳥の空風羽、百個限定ですよ〜」


「エルフ族のお墨付き! 魔石に水晶、その他魔術媒体品はベリト魔宝具店が1番人気ッ」


 物珍しそうに商店を見回して目を奪われていると、エマは歩きながら商品鑑賞を楽しんでいる私に魅力的な提案をしてきた。


「せっかくだし、何か買っちゃおっか」


「いいの? やったぁ! 竜肉ステーキ、食べてみたいなぁ」


「いいねぇ。それなら私のオススメもあるから、半分こしよ♪」




 私達は店に立ち寄り、それぞれが食べたいものを衝動的に購入した。

 店員はエマと私の注文を聞くと即座に品物を作り、テイクアウト用の布袋に入れて手渡した。


 受け取ると私達は即座に中身を開けて実食を始める。


「りゅうにくの骨付きステーキ、おいひいっ!」


 私の見立て通り、竜肉のステーキは絶品だった。

 ドラゴンの凶暴な見た目とは裏腹に肉は火を通すと柔らかく、単純な味付けの胡椒とも抜群に合い、それでいて癖や臭さが微塵も無いのにガツンとした肉々しい味。

 脂は豚のような甘さがあるが意外にも味は牛肉に近しいところがあった。


 異世界でも生態系ではトップに位置するであろう竜の肉、そのステーキは危険なほどに美味であった。


 私がステーキをひと齧りすると、エマは自分のスプーンを取り出し始める。

 エマの手には卵の殻をそのままに使った小さいカップがあり、その中には甘い香りを漂わせるプリンが宝物のように入れられていた。


 プリンをすくうとエマは最初に私に食べさせようとしてくれた。そんな彼女に甘えて私は笑いながら口を開けて待つ。


「はいどうぞ」


「んっ。う〜んッ……あぁ、このヒポグリフのプティング甘くて美味しいよぉ」


 私が今食べているのは魔獣ヒポグリフの卵から作ったプティングだ。

 馬と鷹のキメラに近いヒポグリフはどうやら卵生であり、かなりの数の卵を生むという。この世界でヒポグリフは鶏のように家畜化に成功しているらしい。


 その味も当然素晴らしいもので、私のいた世界の市販品プリンとは比較にならないほどだった。プリンの甘さの中には確かに卵の濃厚さがある事が分かった。

 全身を巡る甘さのせいで脳まで蕩けそうだった。


 エマからそんな豆知識を教わると今度は私が彼女に竜肉を差し出した。エマは竜肉を前にすると涎を啜りながらかぶりついた。


「う〜んおいひっ。まさに『老紳士は赤子の血を啜る』だね」


「何それ怖い!?」


「あっ、とっても美味しいって意味のことわざだよ」


「なんかすっごく物騒! 成り立ちが怖くて聞けない!」


 食べ歩きのお供にエマとの会話に花を咲かせていると、前を気に出来ていなかった私はすれ違いざまに通行人とぶつかってしまった。


「あっごめんなさい!」


 私は反射的に謝罪しつつ、ぶつかってしまった通行人の方を向いた。


 すると目の前には私と同い年ほどの女の子がいた。小柄な体型、白く柔らかそうな頬、肩の近くまで伸びているふわっとした黒髪。

 白と薄紅を基調としたワンピース風の衣服で、まるで町娘のような印象を受ける女の子。


 「可愛い」という言葉の似合う小動物のような魅力のある少女だった。


 その少女は私の目を見ると途端に慌てふためき、震えて緊張した声で謝り返した。


「いっ、いいい、いいえ。ごごご、ごめんなさい」


 彼女の声を聞いた瞬間に、私の中で少女の印象はがらりと変化した。

 確かに少女は小動物的な印象があったが、可愛らしさという面だけではなくその異常なまでの恐怖心という面でも持っていた。その動揺の仕方はまるで天敵を前にした被食者のような様子だった。


 まるで私に、人に怯えているかのような恐れ方をしている少女が私は心配に感じた。

 怖がらせないように注意しつつ、私は少女に歩み寄ろうとして手を差し伸べた。


「そんな謝らなくて大丈夫だよ。怪我はない?」


「ああっ、あの、えっ、えっと……す、すいませんっ!」


 言葉が詰まった彼女は口をパクパクさせた直後、走り出してその場を後にした。

 私はそのまま走っていく少女の背中を眺め、エマは首を傾げて不思議そうな顔をする。


「どうしたんだろう、あの子?」


「っ……」


 少女はただの人見知りなのか、それとも何か怯える理由があったのか、私には分からなかった。

 ただ走り去っていく彼女のことがどうにも気になって仕方がなかった。人混みの中へと消えていく少女をその場で傍観しながら、私は少しばかり複雑な気持ちを抱いていた。



 あの恐怖と焦燥を孕んだ瞳が、どうも私の胸に引っかかってざわつかせた。

 胸の奥がヒリヒリと弱く痛み始め、寂しさと哀しさの混じったような違和感が心の中で残留する。感情の水槽の中に血が流され、水が僅かに濁る感覚に襲われる。


 去った少女には何か耐えられないような出来事があったのだと、言葉にせずとも私には痛いほどに伝わってきた。


 あんな目をした少女が昔、鏡の中にいた事を私は覚えているから。

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