39.あの日の事はわすれない ふわもこ蚕
あの日の事は今でも忘れない。
以前のわたしはジャイアントお蚕と呼ばれていたの。
名は体を表すっていうでしょ。とても大きな身体だった。
時折やってくる冒険者達と仲良くなりたくて、傍によれば、返ってくるのは悲鳴ばかり。
「潰される!」「なんか出そう!」と逃げられ、ぶつからないよう注意を払っていても、まるで駄目だった。
会うたび悲鳴をあげられ過ぎて、いつの間にかわたしは委縮していたわ。最後の方は身体を丸めて誰の目にも入らないように縮こまっていたっけ。
この温かな体温も、ふわふわの繭糸も、誰のためにもならないのなら――いっそ身を隠そう。
目立たず、音を立てず、ただ息をひそめて過ごす日々。誰にも迷惑をかけないように。
でも、それでも諦めきれず、同じ悩みを抱えていた仲間と相談してポストに投函したの。
「よし……じゃあ、まずはお蚕ちゃんから」
ある日やってきた紅葉様 マスターはそう言うとボードというものを「タップタップ」とおっしゃりながらトントン叩いてらした。
「ふわふわってだけで、癒し効果ばつぐんだと思うんだよね」
マスターのその言葉とともに、自分の身体が足元から少しずつ変わっていくのを見た。
どこか冷たさを帯びていた白から、あたたかなミルク色へ。
「それから、身体はほんの少しだけ、小柄にするね」とマスターはおっしゃた。
隣の仔と目線が同じになったのを見て、ああ私小さくなったなと分かったの。
変身後の感想?初 めて鏡に映った自分を見たとき、
「……あったかそう、わたし」とつい口をついて出たのがそれ。
変身効果はすぐに現れたのよ。
最初の来訪者は冒険者に連れられてやってきた小さな子どもだった。
「わ~ふわふわ〜……おっきい〜……!触っていい?」
怖がるどころか、ぎゅっと抱きつかれて、驚きつつも嬉しくて私は動けなくなった。
ただただ嬉しくて……このぬくもりを、私は求めていたんだって、実感したわ。
それ以来、お日様が顔を出している日は、お気に入りの大きな樹の下に寝転がった。
まったりしている自分を見て、誰かの心がゆるむなら――
それが、わたしの“存在理由”になるのだと思えたの。
ほどなくして、お蚕が日がな一日まったりしている場所は「おひるねスポット」と呼ばれるようになり、迷宮のぬくもりと癒しを象徴する存在へとなっていった。
彼女の寝姿を模したぬいぐるみが、その後爆売れすることになる。
モニター越しに、ゆっくりと森を歩くお蚕を見て、紅葉は小さく頷いた。
「やっぱり、可愛いって正義だよね……見た目で避けられるなんて、やっぱ悲しいし」
「マスター、あの子、今とってもご機嫌そうですの」
隣でしっぽをくるんと揺らしながら、さくらが画面を指差す。
子どもが抱きついたままお昼寝している様子に、紅葉の表情も自然と緩んでいた。
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