38.カワイイは正義です
これはまだ、セーフティーゾーンに屋台ができる前の話。
一階層を抜けた先にある二階層は森林エリア。 そこは魔植物と昆虫たちの楽園。
営業開始直後は物珍しさもあって冒険者達の姿をよく見かけていたが、やはりというか虫系が苦手な人が多いようで、不人気エリアと化していた。
こわごわ通り抜ける者は稀で、大半がこの階層をショートカットして三階層へ直行する有様だ。
現在は開店休業状態となっていた。
「……あ、また飛んでった」
モニターチェック中の紅葉の目の前で、一組の冒険者チームが二階層をスルーし、転移ポイントに吸い込まれるようにして消えていった。
虫が全くダメってわけじゃないけれど、紅葉自身なぜこの環境を造ってしまったのかと、少しだけ後悔しているのも事実。
けれど、経営者としてこのまま放置はできない。
空間を活かしきれていないまま閑散としているのは、迷宮全体のバランスにも関わってくる。
そんな折――
「マスター、折り入ってご相談したいことがあり申す」
「どうしたのアギョウ」
神妙な顔つきで現れた狛犬兄弟の兄犬アギョウが、赤紙を手渡してきた。
「ああ、それ久々に見たわね」
「投書があり申した」
紅葉はその場で赤紙を広げる。そこには丁寧な筆致で、切実な思いが綴られていた。
「それって……あの子たちかもしれないですの」
さくらがそっと覗き込み、何やら心当たりがある様子。
「アギョウ、この投書、どこで受け取ったの?」
「二階層の、三番相談BOXにてござった」
迷宮内で働く魔獣たちは、紅葉にとって大切な従業員。
だからこそ、相談ごとがあればいつでも受け付けられるよう、“相談BOX”を各階層に設置していた。
喋れない魔獣や小さな虫たちからも思念を受け取り、文章化してくれる優秀なポスト型の装置だ。
重要度の高い相談は、こうして赤紙で出力される仕組みになっている。
「よし、詳しい話を聞いてみましょ」
さくらとアギョウ・ウンギョウを連れ、紅葉はさっそく二階層へと向かった。
てんとう虫君には先に行って、該当の虫たちへ連絡を入れてもらってある。
森林エリアに入ると、そこには……人だかり、ならぬ虫だかりができていた。
その中心から、一匹の虫が恭しく前に出る。
「コオロギじい。出迎えご苦労様」
「マスター、ようこそお越しくださったのじゃ」
燕尾服にシルクハットという、品の良い出で立ちの老コオロギ。
二階層の虫たちを束ねる“長老”として、彼はこのエリアの調和を守っている存在だった。
「私、この投書をくれた子に会いに来たんだけど……」
「話は聞いておりますじゃ。――おい、お前たち。マスターへきちんと話すのじゃ」
促されて前に出てきたのは、三匹の大型虫魔獣。
ジャイアントお蚕、デススパイダー、アーミー蜂――いずれも見た目のインパクトが強すぎる面々だった。
「マスター、はじめまして」
お蚕がふかふかの身体を少しだけ揺らして挨拶すると、他の二匹もペコリと頭を下げる。
「君たち、行儀がいいね」
「ありがとうございます」
「それで、どんなことに悩んでいるのかな?」
紅葉の問いかけに、三匹は一瞬目を見合わせると、お蚕がそっと前に出て口を開いた。
「……私たち、誰にも近づいてもらえないんです」
「怖い、とか、気持ち悪い、って言われるの。近づいたら逃げられたり、武器を構えられたり……」
アーミー蜂がぎゅっと触角を伏せる。
「もちろん、俺たち役目はちゃんと分かっている。でも、少しだけでいいから、冒険者と仲良くしてみたいって思うんだ」
アーミー蜂が声を震わせながらも訴えた。静かなその声に、紅葉はゆっくりと頷いた。
「……そうだよね。せっかくこの世界で“働いて”くれてるんだもん。それに、君たちが何もしてないのに怖がられるのは、私もちょっと、心苦しいかな」
そして紅葉は、手首から管理ボードを呼び出した。
「ちょっと試してみようか。少し見た目を、柔らかく整えるだけでも……きっと印象は変わると思うから」
ボードを操作して「迷宮従属魔獣:虫系」カテゴリを開く。
(たしか あったよね 変身できそうなやつ)
対象を個別に選択し、“外見調整”オプションを開くと、さまざまなテンプレートとカスタム項目がずらりと並んでいた。
「よし……じゃあ、まずはお蚕ちゃんから」
紅葉は色味を温かいミルク色に変更し、体表の質感を“もちふわ”カテゴリから選ぶ。
瞳もクリーム色の柔らかな光沢を持つものに変更。体格もほんの少し小柄に調整した。
次に、デススパイダー。
「名前からしてちょっと損してるよね……」
紅葉は「デス」を「ラブリー」に差し替え、体色をピンク系の淡いパステルカラーに。
脚を丸みのあるフォルムにし、全体的にマスコット的なシルエットに近づけた。
そしてアーミー蜂。硬質なカラーパターンを少し柔らかくし、ストライプ模様を太陽光反射しないマットカラーに変更。
針は変えずに、安全時には体内に収納される構造を視認できるようにした。羽も透明感を強め、キラキラと光を反射する仕様に調整。
「できた。……これで、どうかな?」
紅葉が“変更確定”をタップすると、目の前の三匹に光が走り、その姿が少しずつ変わっていく。
マシュマロのような白さとふわふわの質感を纏ったお蚕は、どこかぬいぐるみのような可愛さを持っていた。
その様子に、後ろで見守っていた他の虫たちからも「わぁ……」と小さな感嘆の声が漏れる。
ラブリースパイダーは、その大きな丸い瞳がどこか愛嬌を感じさせ、色味の変化だけでずいぶんと印象が違っていた。
アーミー蜂もまた、色調が変わるだけで柔らかな印象になり、護衛役としての威厳は保ちつつも、“近づきやすい存在”になっていた。
「どう? 痛みはなかった?」
「はいっ、なんだか……少し、くすぐったいだけでした」
お蚕が嬉しそうに身体を揺らすと、その柔らかそうなボディに、後ろから別の虫たちが「さわっていい?」と群がり始める。
「……よかった。ちょっと変更してみたけど、中々どうしていい感じじゃない?」
紅葉は肩の力を抜きながら、小さく息を吐いた。
「でも、これは始まり。君たちの今後の対応次第で、冒険者たちの印象はどんどん変わっていくはずだよ。だから、焦らずいこう」
三匹は声を揃えて、深々と頭を下げた。
「「「はい、マスター。ありがとうございます!」」」
この変更をきっかけに、二階層の森林エリアは少しずつ冒険者たちの“足を止める場所”になっていく。
虫たちと触れ合える“展示エリア”や、素材を交換するための“交渉所”の設置など、後に続く改革の第一歩となったのだった――。




