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36.連携イベント(ある冒険者達②)

――来夢迷宮一階層――

 そこは、風のそよぐ緑の草原。どこか牧歌的でどこまでも平和な風景が続き、何ならレジャーシートを広げてお弁当でも食べたくなる雰囲気だが、断じて安心安全空間ではない。


 来夢迷宮でイベントがあると聞いてやってきた冒険者達。


 その中に、女性3人組―― あずさみお結花ゆかのチームも、スライム素材の採取を目的に一階層の北側ルートを進んでいた。


「まさかね、一階層にチャレンジすることになるとは思わなかったよ」

「そうだね」

「今までだったら、そく二階層に飛んでたしね」


「あっちょっと待って。……甲殻アルマジロ、通ったあとがある。地面、掘られてる」


 前を歩いていた澪がしゃがみ込み、指で土をさっとなぞった。


「進路西にしよう。風向きもあっちなら、ファイアウルフの嗅覚も逸らせるはず」


「うん分かった。でも、私たち……戦わずに済ませるって前提だから、慎重に行こうね」


 結花が腰のポーチを軽く叩く。中には彼女が入手した回復薬と足音を消せる粉袋が入っている。


「ねえ、スライムは大体この辺って聞いたけど……いた! 2体! 青いのと、透明がかってるやつ!」


 澪がそっと草をかき分けると、陽の光を受けてぷるぷると揺れるスライムたちの姿が見えた。


「どう、やれそう? 一撃で」


「うん、数少ないから剣でいけそう。……結花、サポートお願い」


「分かった!」


 風を切る音も最小限。澪の短剣がすっと振るわれ、スライムの核だけを的確に突く。

 一撃で仕留められたスライムは、発酵状態のゼリーをぽとりと残して、地面に溶けていった。


「よし回収完了っと。さっさと行こうか。あまり長居すると……」


 そのとき、北西方向の茂みがざわりと揺れた。


「……来たよ。ファイアウルフ」


 結花が粉袋を手にしながら、小声で言う。


 茂みの奥から、炎をたてがみのように揺らしながら歩く群れが現れた。3体、連携してこちらの気配を嗅ぎ取ろうとしている。


「距離、40メートル……! でも風向きが変わった……!」


「こっち来るよ。右に崖があるから、早く崖下へ回り込んで!」


 梓が手で合図を送り、3人は一斉に駆け出す。結花が粉袋をぶちまけた。空気に苦みのある香が広がる。


「崖下、滑れそう……でもいけるっ!」


 土の斜面を急いで滑り下りる。ほどなくして背後にファイヤウルフ達の吠え声が近づく。

 振り返ると、ファイアウルフたちは進路を見失ったように草原の奥へと逸れていった。


「ふー危機一髪!」


「まじやばいっしょ……ってか、今ギリギリだったよね!」


「でも、私たち無傷。素材も確保済み。問題ない」


 その様子を、モニタールームで見守っていた紅葉たち。


「おおっ、きれいな連携だったね。足音を調整するとか、場慣れしてるね」


「音も、気流も、熱反応も最小限……お見事ですの」

 さくらがモニターを操作しながら、感嘆の声をあげた。


「最短距離で素材を確保し、最小リスクで撤退。実に理想的な動きです」

 伊東が静かに頷きながら続けた。


「彼女たちは戦闘の派手さはないけど、すごく頭を使ってるね」

 紅葉が目を細めて言う。


「ゼリーって、ただのスライムの副産物だけど……ああして必死になって取りに来てくれてる。そう思うと、料理にも気合い入れなきゃ、ってなるよね」


「はいですの! 本日の“スライムゼリーパフェ”、ちょっぴり増量して提供しますの!」


 管理人室の中に、ほのかに甘いバニラ香が流れ始める。

 それは、草原で必死に得た小さな成果を、最高のご褒美に変える準備の香りだった。


「こっちは直ぐ手に入るから、何だか申し訳ない気になるね」

それが、スライムゼリーパフェを一口食べた紅葉の感想だった。



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 二階層にやってきた 梓たちは、にぎやかな屋台通りの一角に腰を下ろしていた。


「ここの席、空いてるよ!」


 結花が、テントの奥にある丸テーブルに先にたどり着くと、肩の荷物をどさりと下ろして息をつく。


「ゼリー……無事に届けたし、あとはご褒美タイムだよね!」


 腰を下ろす前に、限定メニューを出している屋台で、梓達はホットゼリーパフェを注文してきた。


 テーブルに運ばれてきたのは、発酵スライムゼリーをベースにした温かいパフェ。ほのかに乳酸系の香りを残しつつ、バニラ風味の泡クリームと、ナッツのカリッとした食感が層になっていた。


「……なんていうか、ほんと、冒険のあとって感じするよね」


  掬って口にスプーンを運んだ澪。頬が思わずゆるみ地団駄を踏む。


「おいし……これ、あの戦いのあとに食べるから、さらに美味しく感じるんだよ。あのウルフ回避したときの緊張感、まだ手が震えてるもん」


「でも、私たち……今回は最高にうまくやれたよね」

 梓が言うと、三人の目が自然と合った。


「うん、息が合ってた」

「正直、何度か冷や汗かいたけど……それでもやってよかったって思えるね」

「ごはんの力、侮れないね」


 テーブルの上には、発酵ゼリーと一緒に拾った小さな青い核石が、記念のように置かれていた。


 一方その頃、迷宮管理室。画面の中で笑顔を浮かべる三人を見ながら、紅葉は肩肘をついてにこやかに言った。


「うんうん。なんだか見てるこっちまで元気になるね。冒険とご飯は、ほんと相性いいよ」


「戦場に花を添えるとは、まさにこのことですの」

 さくらが目を細めながら、パフェのレプリカ写真を端末に表示させて見せた。


「甘味と酸味、温度のバランスが計算されてます。実際に試食したところ、血糖値も穏やかに回復しますし、精神安定効果もあるとか」


 伊東が冷静にホットゼリーパフェの効能について、説明し始めたが、紅葉はどこか嬉しそうに首をかしげた。


「理屈じゃない部分がいいんだよね、たぶん。ああやって、食べた瞬間『ああ~、生き返る~』って感じてくれれば、一階層に再チャレンジする人が増えてくよ」


 モニターに映る三人は、パフェを食べ終えると小さなスケッチブックを取り出して、何やら地図を書き始めていた。


「……次は、もっと効率いいルートで行きたいね」

「ファイアウルフの巡回パターン、もうちょっと把握できないかな」

「だったら、今度はあの崖下を起点に作戦組んでみる?」


 束の間の休息とご褒美タイムのあとに始まった、小さな作戦会議。


「冒険者の鏡だね 彼女たちは」


 真剣なまなざしに、"頑張って"と心の中でエールを送る紅葉だった。

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