30.その他冒険者の宿屋初体験
二組目:双子の姉妹冒険者 ― 澪& 泉
「え、部屋にトイレ……ついてるんだけど……」
宿に案内されて、最初に声を上げたのは泉だった。
「えっ、じゃあ夜中に廊下歩かなくていいの? すごすぎでは?」
「普通だから……一般の宿はだいたいそうだから……」と澪が冷静に突っ込む。
けれど、迷宮内のセーフティーゾーンでのキャンプが当たり前になっていた二人にとって、“ごく普通の快適さ”がむしろ衝撃だった。
部屋の照明の温かさ、畳の匂い、寝具のふっかふか具合。
「寝袋じゃないだけで、涙出そう……」
そう言って泉が布団に倒れ込むと、澪も隣に座り、こくりと頷いた。
「……なんかね、怖くなるくらい落ち着く。すごく、静か。頭のノイズが消える」
「え、やば。澪が“落ち着く”とか言うの初めて聞いたかも」
二人は、まるで“文明開化”を体験したかのように、宿屋という文化に目を見張っていた。
その夜。
露天風呂でお互いの背中を流しながら、泉がぽつりと言った。
「……ねえ、私たち、こういうのもっと大事にしたほうがいいのかもね」
「……うん。迷宮って、“帰る場所”があるからこそ、ちゃんと潜れるのかも」
二人は、その夜ようやく深く眠った。
夜中の物音に起きることもなく。剣も杖も、すぐ手に届く場所に置かずに。
------------------------------------------------------------------------
三組目:中年ソロ冒険者 ― 堀田圭介・42歳
部屋の清掃は行き届いていた。
畳の目には埃ひとつないし、障子の桟まで磨かれている。
山野草の一輪挿しも、気取らず、けれどしっかり“季節”を感じさせた。
「……掃除はプロだな、こりゃ」
堀田は、スリッパを履いた足元で少し滑ってバランスを崩した。
玄関に置かれたポップに目をやる。
> 『新品のスリッパ、ちょっとつるつるしてます。すみません…!(紅葉)』
可愛らしいイラストと共に、マジックで描かれた注意書き。
完璧とはいえない。けれど、こういう“ちょっとした気遣い”が、むしろ心に残る。
部屋の案内ファイルも印刷物ではなく、全部手書きだった。
「電源ポットの使い方」や「温泉の入り方」「夜間は鍵をかけてください」など、すべて丁寧に書かれていたが――
途中で修正テープの跡がいくつも見られた。
「……“深夜は物音がしやすく”って書いてたの、途中で“しずかに”に直してあるな。細かいとこ、気にして直したんだな……」
さらに、小さな出来事があった。
夕食の時、ポットに入っていたはずのお茶がぬるくて、紅葉が慌てて厨房から走って戻ってきた。
「すみませんっ! ポットのコンセント、入れ忘れてました……! すぐ入れ直します! あの、よかったら、お茶っ葉を変えてもう一杯いれますのでっ!」
顔を真っ赤にして頭を下げる女将。
対応が完璧じゃない――だけど、まっすぐだった。
堀田は静かに笑って、言った。
「……うん、いい宿になるな、ここ」
翌朝、チェックアウト時に彼が書いたアンケートには、こうあった。
> 『機械のようなサービスじゃなく、人がやってる宿って感じがしました。
> 失敗しても、その後の動きで信頼が生まれる。次も、期待してます。』
そのメッセージを見た紅葉は、ちょっとだけ照れて、でもちゃんと背筋を伸ばした。
「よし、次はポットの電源チェックリスト、増やします……!」




