第95話 ギルテル溶液によるガスタービン発電
場所を龍栖館の執務室に移して会話を続ける。
「……な、なんでガスタービン? それこそファンタジーの世界観を根本からぶち壊してないか?」
問い返す俺に対し、茉莉は人差し指をピッと立て、目をすっと細めた。
「アイリス様から伺ったのだけれど、かつてのイグゾムリア王国では、すでに『電力』に関する高度な基礎研究が進んでいたそうなの。水流や風力を利用したタービン発電の構想も存在していたらしいわ」
「そうなのか……? だったら、まずは風力発電とか、川の水を使った水力発電から着手したほうが無難じゃないか?」
「却下よ」
茉莉は即座に首を横に振った。
「風力発電用の巨大な風車なんて立ち並ばせたら、せっかくの美しい景観が台無しになるわ。その点、ガスタービンなら建屋の中に収まるし、大幅な小型化が期待できる。限られた敷地で高出力を狙うならこれ一択よ」
「理屈は分かったけど……そんな現代的な発電機の作り方なんて、俺たち知らないだろ?」
「何を言っているの。すでに貴方の手元にあるじゃない」
「え?」
きょとんとする俺を前に、茉莉は顎で合図を送ってきた。
半信半疑のまま、俺は空中に亜空間倉庫の操作ウィンドウを展開する。指先でスクロールを滑らせ、『電力設備』の項目から『発電機』のタブを開いてみると──。
「……うわ、本当にある」
金属の冷たい質感が伝わってくるような、試験用の小型ガスタービン発電機セットのアイコンが、しっかりと陳列されていた。
「ついでに蒸気タービンも設置しておきなさい。ガスタービンと組み合わせたコンバインドサイクルを試すわ。念のため、耐圧配管の接続は貴方のスキルで完璧にやって頂戴」
「オッケー。腕の見せ所だな」
◇◇◇
「ふぅ……よし、こんなところか」
額に滲んだ汗を腕で拭い、俺は組み上がった設備を見上げた。
相変わらず俺のスキルは万能すぎる。
頭の中で「ここにこれを配置したい」とイメージするだけで、両手がひとりでに滑らかに動き、寸分の狂いもなく金属パイプが噛み合っていく。
フランジのボルト締めも、配管の溶接も、まるで最初から一つの塊であったかのようにピタリと接合されるのだ。
もし途中でミスをしても、傷一つ残さずにインベントリへ回収し、即座にやり直すことができる。
今回はあくまで試験運用のため、小型のタービンを採用している。本格的な火力発電所ともなれば城郭並みの巨大建造物になるが、今回の実験設備は一軒家ほどのコンパクトなサイズに収まっていた。
周囲を囲む壁は、戦車の砲撃演習の標的にも使われる極厚の超高強度鉄筋コンクリート製だ。万が一のトラブルが起きても、外へ被害が漏れる心配はない。
「よくやったわ、悠」
防護ガラスで仕切られた制御室から、茉莉が満足そうに頷いた。
手元のコンソールには幾重もの計器が並び、彼女は一枚の分厚い設計図を机の上に広げてみせる。青焼きの紙から、微かにインクと羊皮紙の混ざった匂いが立ち上った。
「実験を始める前に、基本原理を頭に入れておきなさい。ガスタービン発電の仕組みは知っているかしら?」
「ええと……可燃性のガスを燃やして、その高圧の熱風で風車みたいなタービンを猛烈な勢いで回すんだっけ?」
「大体合っているわ。高圧に圧縮した空気に燃料ガスを吹き込んで点火し、超高温・高圧の燃焼ガスでタービンを回転させる。これがガスタービン発電よ」
「で、さっき言ってた蒸気タービンは?」
「原子力発電所や火力発電所で使われているのと同じ原理よ。ガスタービンを通過した後の排気ガスは、まだ莫大な熱を秘めているわ。その排熱をボイラーに通して水を沸騰させ、高圧蒸気を作り出してもう一つのタービンを回すの。熱エネルギーを二重に回収する一石二鳥のシステムね」
「なるほど、無駄がないな。……でもさ、肝心の燃料はどうするんだ? さっき言ってたギルファス鉱石とエーテル鉱石がどう関係してくるんだ?」
「そこが肝心なところよ」
茉莉は手元から、表紙が擦り切れて煤けた古い革表紙の書物を取り出した。
「ギルファス鉱石とエーテル鉱石……採掘した瞬間に液状化するエーテル溶液ね。その二つを一定比率で調合すると『ギルテル溶液』と呼ばれる混合液になるわ。ここまではいい?」
「ああ」
「このギルテル溶液は、空気に触れると爆発的な速度で気化するの。そして、その気体は極めて高い『可燃性』を持っているわ」
茉莉がパラパラと頁をめくる。そこには失われたガスタービンの機械の設計図がびっしりと書き込まれていた。
「これはアイリス様が密かに保管していた、イグゾムリア王国の『失われた三大技術』が記された秘伝書よ。軽く『お願い』して拝見させてもらったわ」
「……」
あのおとなしい元国王の少女に、茉莉が一体どんな「お願い」をしたのかは、あえて深く追及しないでおくことにした。
「つまり、この気化ガスをガスタービンの燃料として送り込むわけよ。……理論上の熱効率は既存の炭化水素燃料の比ではないわ。じゃあ、最初の点火実験を始めるわよ」
「おけ。いつでもいけるぞ」
実験建屋の周囲には、何事かと気になった屋敷の使用人や護衛の兵士たちが、物珍しそうに遠巻きに集まってきていた。
茉莉が制御盤の主電源レバーを押し込み、注入バルブの起動スイッチを押す。
カチリ、と小さな電子音が響いた。
直後──。
キィィィィィン……と金属が擦れ合うような高周波の吸気音が鳴り響いた瞬間。
ドッッッカァァァァァンッ!!!!
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