第89話 地下の豪邸の変化
夜が完全に暮れ、静寂がドレイク邸を包み込んだ深夜。
昼間の騒ぎを終えた俺、絢乃、茉莉、ルフの四人は、ひっそりとドレイク邸の地下室へと向かっていた。
階段を下り、地下広場へと一歩足を踏み入れた瞬間、俺は目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「おおおっ!? これは……トレーニングルームか!? それにこっちは本格的な工房! 奥には研究室まであるじゃないか!」
広大な地下空間には、壁で区切られたいくつもの専門部屋が整然と並んでいた。
だが、それだけの施設が作られているにもかかわらず、地下空間の大半は未だに広々と空いている。
(さすが4500坪……! いまだにその広さの感覚がよく分からないけど、スケールが違いすぎるだろ……)
俺が圧倒されていると、隣で絢乃がえっへん、と胸を張った。
「すごいでしょ? 設備の組み立てはほとんどまーちゃんがやってくれたんだけど、設置したり重い資材を運んだりするのは、私とルフちゃんで頑張ったんだよ!」
そう言って絢乃がルフに視線を送る。
「そうです! 頑張りました! ……悠様、ほめてください!」
ルフが期待に満ちた目でじっと私を見つめ、犬のようにしっぽが見えそうな勢いでアピールしてくる。その可愛らしさに胸がキュンとした。
「二人とも本当に頑張ったね! 偉いぞー、よしよしよし!」
俺は二人を抱き寄せ、思いっきり頭を撫でまわした。そして、少し離れたところで腕を組んでいる茉莉にも手を伸ばす。
「ほら、茉莉もこっち来いよ」
「私は遠慮しておくわ。いいって言ってるじゃない……もう」
口ではそう言って困ったように眉を下げつつも、俺が手招きすると、茉莉は拒むことなく素直に一歩寄ってきてくれた。
その頭に優しく手を乗せ、念入りによしよしと撫でてあげる。サラサラした髪の感触と、ほんのり温かい体温が伝わってきた。
「みんな、本当に愛してるよ」
「……っ、もう、急に何を言っているのよ……」
顔を赤らめる茉莉、嬉しそうに抱きついてくる絢乃とルフ。
「それじゃ、俺は先にお風呂に入ってくる」
妻たちに温かく送り出され、俺は大浴場でゆったりと長旅の汗を流した。
風呂上がりには、絢乃による極上のマッサージを受け、日頃の疲労が嘘のように吹き飛んでいく。
その後、久しぶりに四人だけでテーブルを囲み、遅めの夜食をとることにした。
「そう言えばさ」
温かいスープを啜りながら、俺はふと思い出した疑問を口にした。
「火薬の製造ができるようになったんだね。さっきクラッカーを鳴らされて、本当にびっくりしたよ」
「そうよ、よく分かったわね」
茉莉が誇らしげに微笑み、胸を張った。
「正確には、あなたが大好きな日本の戦国時代によく使われていた『黒色火薬』よ」
「さすが俺の茉莉だな! なんて秀才なんだ!」
「私じゃなくて、研究班の成果よ」
茉莉は少し照くさそうに視線を泳がせた。
「硝石と木炭、硫黄を使うことまでは分かっていたけれど、正確な調合配分までは、さすがに私でも覚えていなかったわ」
「何を使っていたのか分かるだけでも、十分にすごすぎるじゃないか!」
「そ、それは……本に書いて……あ」
茉莉は咄嗟にごまかそうとして「本」という言葉を出しかけたが、そもそも書庫の本に詳しい製法が書いてあるかもしれなかったことを失念していたことに気づき、「しまっ……」と顔を青くして頭を抱えた。
「はは、素直に褒められて喜びなさいって。ほら、よしよしよし!」
俺は愛おしさが爆発し、茉莉にしがみついて、綺麗に整えられた髪を乱さないように優しく優しく頭を撫でてあげた。
「わ、分かった! 分かったから! 私、頑張ったから……っ!」
茉莉は顔だけでなく、耳の先端まで真っ赤に染めて小さく身をよじらせている。
「それにさ、研究班にはちゃんと研究させなきゃダメだと思うんだ。最初から説明書通りに作らせていたら、研究者としての応用力も育たないしね」
「……それもそうね」
茉莉はコホンと一つ咳払いをし、赤い顔のままふんと鼻を鳴らした。
「いいかしら? この私が命じて研究班を育成し、彼らが努力を重ねた結果、黒色火薬を生成できるまでに育ったのよ! 泣いて感謝しなさい!」
「はい! ありがとうございます! これでついに『火縄銃』が作れるぞー!」
俺が歓声をあげると、隣でスープを飲んでいた絢乃が苦笑いを浮かべた。
「さすがに火縄銃は、まだ無理じゃないかなぁ?」
「えっ、そうなの!?」
「確かうろ覚えだけど……火縄銃を作るには『高強度の鉄』と、銃身の底を塞ぐ『ねじ』、あと『点火機構のばね』が必要だったはずだよ?」
絢乃の口からスラスラと出てくる高度な知識に、茉莉が目を輝かせた。
「ここに賢い子がいるわ! 悠! ルフ! 撫でるわよ!」
「「おー!」」
今度は三人かがりで絢乃の頭をよしよしと撫でまわした。絢乃は「えへへ」と照れくさそうに目を細めている。
「今、やっと粗鉄の段階を脱して、鋼鉄の製造ができるようになってきたばかりなの。ネジやバネみたいな細かい精密加工は、まだ技術的に無理ね」
「はい!」
すると、今までおとなしく撫でられていたルフが、急に思いついたように挙手をした。
「なら『大砲』なら作れるのではないでしょうか!? 点火機構も、撃つまでに時間はかかりますが、最初は縄(導火線)で代用できるはずです! そこから技術を高めて、ハンドガンへと段階を踏んでいきましょう!」
目を輝かせて熱弁するルフは、自分ももっと撫でてほしいのか、体をうずうずさせてチラチラとこちらを見ている。
「ルフも偉いぞー!」
全員でルフを囲み、思う存分頭を撫でてあげた。
その後も、俺が子爵になった時の出来事や、絢乃が開発した料理バフによって経験値の取得量が最大『100倍』まで引き上げられるという驚愕の事実など、様々な新しい発見について語り合った。
深夜遅く、満足感に包まれた俺は個室へと戻った。
寝る前に、敷地内にある神社へと足を運び、神棚に静かに祈りを捧げる。
(みんなが安全で、楽しく暮らせますように……)
感謝を込めて手を合わせ、自室のベッドに潜り込むと、一瞬で心地よい眠りが訪れた。
……ちなみに、精霊様のおかげで領地周辺の森は今もぐんぐん広がっており、山を管理し、木材を加工する山師の方々は「仕事が多すぎて手が回らん!」と、嬉しい悲鳴を上げ続けているとかいないとか。
◇◇◇
──その頃、ドレイク町の賑やかな酒場にて。
「なあ、聞いたか? 俺たちの将領様のこと」
「ああ、聞いたぜ! なんと……龍神様だったらしいな!」
「やっぱりな! ただの人間であんな常識外れの事が出来るわけねぇと思ってたんだよ!」
「なあ……俺たちで『龍神神社』を、この町の中に作らないか?」
「おおっ! それめちゃくちゃいいな! 今ある神社はドレイク邸の中だから、俺たち領民は滅多に入れないもんな!」
「作ろうぜ! 俺たちの命を救ってくれた、将領様のための神社をよ!」
「こうしちゃいられねぇ! 大工の頭領やみんなに伝えに行くぞーっ!」
夜の酒場に、領民たちの歓声と熱い活気が響き渡っていた。
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