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異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第二章 ウィルダム王国戦国時代
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第88話 久しぶりの悠のやらかし

 龍の寝床での賑やかな話し合いを終えた俺たちは、場所をドレイク邸の中央に位置する寝殿造りの大邸宅へと移した。


 庭園の石畳を進み、重厚で美しい回廊を抜けて一歩足を踏み入れた瞬間、背後から「息を呑む音」がはっきりと聞こえた。


「……な、何なのよ、この建物は……っ!?」


 声を震わせたのはヒルダ様だった。


 普段のクールで威厳ある表情は完全に吹き飛び、目を丸くして天井の見事な木組みや、庭園の池と調和した優美な建築美を見ている。


 王都の城や各領主の居城など、数々の豪奢な建物を見てきたであろう彼女にとっても、日本の伝統的な寝殿造りは未知の衝撃だったようだ。


 そして、初めてこの場所に足を踏み入れた四人の男爵たち──ハンナ、クリス、イリア、ミナといったの男爵もまた、言葉を失って開いた口が塞がらない様子だった。


「す、すげぇ……! こんな巨大で綺麗な屋敷、見たことない! よし、あたしも武家として死ぬほど稼いで、これと同じような屋敷を作ってもらうんだから!」


 ハンナが興奮気味に拳を握りしめ、鼻息を荒くする。


「ハンナ……いくらなんでも、これを気軽にお願いするのは図々しすぎるんじゃ……」


 クリスが引きつった苦笑いを浮かべつつも、その瞳は好奇心と感動で輝いていた。


「悠様。私たち四人……書類上は男爵のままであろうと、これからは貴方様を主とし、武士としてどこまでもお供いたします!」


 男爵たちが一斉に膝をつき、力強く頭を下げた。


「私も、それで構わないわ」


 ヒルダ様が柔らかく微笑みながら頷く。


「彼女らが貴方の配下に入り、武士として力を尽くすというのなら、私としてもこれほど心強いことはないもの。子爵領ブレイシアの防衛や開発も、これで一段と進むでしょうね」


 こうして、四人の男爵は書類上は『男爵』の地位を維持しつつ、実質的には俺の配下である『武士』としての第一歩を踏み出すこととなった。


 特に、自分の領地を持たずに苦労してきたクリスにとって、武士として定額の『給料』が支払われるという制度は、涙が出るほど嬉しいものだったようだ。


「……以前の私たちは、給料をもらうどころか、他の勢力の男爵たちから執拗な嫌がらせを受け、明日生き延びることすら必死でしたから……。悠子爵様には、感謝してもしきれません」


「いいえ、これから一緒に頑張っていきましょう。……というわけで、今夜はヒルダ様たちも、この中央寝殿に泊まっていってくださいね」


「まあ! 本当によろしいのですか!?」


 感謝の言葉を述べる男爵たちと和やかに言葉を交わしていると、ふと横から視線を感じた。

 見れば、亡国の孫娘であるアイリス様が、うっとりとした表情で柱や調度品を撫で回している。


「……素晴らしいわ。この重厚な木の温もり、清々しい香り……私、ここドレイク邸がとても気に入りましたわ!」


 すっかりこの場所を気に入った様子のアイリス様には、一緒に連れてきた家政婦長や侍女、メイドたちと共に、中央寝殿の広い一画をそのままあてがうことにした。

 ……ん? ちょっと待てよ?


(……連れてきた家政婦長に侍女、メイドって……それ、ただの避難してきた領民じゃないですよね? 完全に王族の護衛兼世話係の布陣ですよね……?)


 思わず喉まで出かかったツッコミを必死に呑み込んだ。

 なぜなら、俺の視線に気づいたアイリス様が、すっと目を細めて──


「……何か問題でもございますか、悠さん?」


 と、可憐な笑みの裏に恐ろしい圧を秘めた釘を刺してきたからだ。


「い、いえ! 何でもありません! どうぞご自由にお使いください!」


「ふふ、ありがとうございます。……そう言えば、まだ皆様に私どもの『証拠』をお見せしておりませんでしたね」


 アイリス様は満足そうに頷くと、すっと背筋を伸ばし、真剣な面持ちで俺を見つめた。


「ではお見せいたしましょう。我が一族に代々伝わる秘儀──『鑑定』!」


 彼女が静かに唱えると、ウィンドウが表示される。俺の状態(ステータス)を読み取っているようだ。

 

 ……が、直後。

 

 アイリス様は「あれ……?」と首をかしげ、不思議そうに眉をひそめた。


「おや……? おかしいですね。悠さんは、種族欄には『人間族』と表示されているのに……」


 彼女の瞳が、困惑の色に染まっていく。


「……なんで人間族なのに、MPが存在するのでしょうか?」


「──ッ!?」


 その言葉が響いた瞬間。

 凄まじい風切り音が部屋を叩いた。


 ──速い!


 俺が認識した時には、すでにヒルダ様が雷光のような踏み込みでアイリス様と俺の間に割り込んでいた。俺が今まで目にしたどんな人よりも早い動きだ。

 

 彼女は腰の剣に手をかけ、恐ろしいほどの殺気を孕んだ瞳で俺を射抜いた。


「貴様……! 『人族』だったのか!!」


「えっ……!?」


 俺は咄嗟に、己の視界に浮かぶステータス画面を慌てて確認してしまった。


(やべぇぇぇぇぇ!? ステータスの偽装、ミスったぁぁぁぁ!!)

 

 種族を人間族に変えてはいたのだが、MP欄を隠すのを忘れていたのだった。


 青ざめる俺の背後で、妻たち──絢乃、茉莉、ルフの三人が「あーあ……」と言いたげに同時に頭を抱えているのが気配で分かった。

 そんな俺の挙動を見て、アイリス様がさらに目を丸くする。


「……悠さん。なぜご自身のステータスを見られるのですか? 『鑑定』のスキルを持たない者がステータスを確認することなど、不可能なはずですが……」


(え!? 嘘でしょ!? この世界、鑑定スキルがないと自分のステータスすら見られないの!? 知らなかったぁぁぁ!!)


 冷や汗が滝のように吹き出す。

 これ以上誤魔化すのは無理だと悟った俺は、降参するように両手を上げた。


「あ、あの……これからお見せすることと、今から言うことは……どうか内緒にしてもらえませんか……?」


 俺は必死の思いで操作し、『種族変更』を使い種族を『龍神族』へと変える。

 すると、悠の見た目が人間から、龍神族の見た目へと変化する。


「「「「へ……!?」」」」


 ヒルダ様、アイリス様、ハンナ、クリス、そして男爵たちが、示し合わせたかのように間抜けな声を上げた。

 ヒルダ様の構えていた剣がカチャンと鞘に収まる。


「お、俺たちはですね……ちょっとこことは違う場所からやってきた……龍なんですよ」


 俺はポリポリと頭をかきながら、苦笑いを浮かべるのだった。


◇◇◇


 ドレイク邸の使用人にお願いし、温かいお茶を淹れてもらった。

 香ばしい湯気が立ち上る茶碗を手に取り、一口啜って落ち着いたところで、俺はかつてアレスやジークたちに明かした『来訪』の経緯を、かいつまんで説明した。


「……つまり、うまい食事を食べたくて、こちらの世界に来た……と?」


 ハンナがお茶を口に含んだまま、呆然とした顔で呟く。


「……貴方たちが作る食事の方が、よほど美味しいのだけれど……」


 クリスも眉をひそめ、頭を抱えている。


「伝承に残る『龍』が存在していたというだけでも驚きですが……まさか別の場所から美味しいものを求めてやってきただなんて……」


 アイリス様も、どこか遠い目になってお茶を啜っていた。

 そんな中、ヒルダ様だけが深くため息をつき、真剣な眼差しで俺を凝視してきた。


「──やってることが少々……ではないわね。かなり目立ちすぎではないかしら、悠?」


「ごもっともです……」


 俺は肩を落とし、申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当はですね、世界の片隅の辺境で、のんびりとスローライフを送るつもりだったんですよ。でも……目の前で飢えて死にそうな人や、病気で苦しんでいる人を見たら、どうしても見過ごせなくて。それで聖法を使って病気を治したり、安全に耕せる畑を作って飢えを無くそうとしてたんです。だって、ご飯はみんなで笑って食べたほうが絶対に美味しいですから」


「だから北東区の病人が全員治っていたのか……!」


 ハンナが膝を叩いて叫ぶ。


「猪子爵の領民たちを救ったのも、同じ理由だったのですね……」


 クリスが心底感服したように胸に手を当てた。


「だからこそ、目立つとしても……ただの『人間族のすごい奴』として目立ちたかったんですよ。龍神なんてバレたら、スローライフどころじゃなくなりますし……」


 俺が切実に訴えると、部屋にいた全員──妻たちを含め、全員が完璧なハモリで言い放った。


「「「それは無理だと思うよ(わ)」」」


「……ですよねー」


 満場一致の即答に、俺はがっくりと首を垂れるしかなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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