第84話 鹵獲した魔導具
ヒルダ伯爵様は「こちらの研究情報(経験値石)を与えたのだから、そちらの情報も渡してほしい」と、当然の提案をしてきた。
俺もそれに異論はなかったので、その場で魔道具の解析結果を共有することにした。
息を整えた研究班の女性が、資料を手に報告を始める。
「解析した結果、鹵獲した魔導具は『トリガー式の魔法杖』であることが判明しました。これの最大の強みは、魔力を持たない普通の人間族でも、トリガーを引くだけで魔法を発動できる点にあります」
「魔導具伯爵が作ったやつだな。どういう仕組みだ?」
ヒルダ様が身を乗り出して尋ねる。
「杖の内部には『魔核』と呼ばれる一種の魔力回路が組み込まれており、そこに『魔石』から抽出したマナを注入することで魔法が発動します。魔核は魔獣の体内から採取されるもので、その魔核の元となった魔獣が使用していた魔法が、そのまま杖から放たれる仕組みです」
「そうか、魔獣の力をそのまま利用しているわけか」
「はい。しかし、これには致命的な欠陥──いえ、おそらく意図的な設計思想があります」
研究班の女性は、資料の一頁を指し示した。
「魔石から魔核へマナを送り込むための回路部分が、非常に劣悪な素材と構造で作られています。これのせいで、魔石のマナが尽きる頃には、その負荷によって魔核自体が完全に焼き切れて壊れてしまうのです」
「つまり……使い捨てか?」
「その通りです。魔石を交換して何度も使うことはできず、一回、あるいは一定回数使えば、杖そのものがガラクタになります。最初から『使い捨ての兵器』として設計されているのです」
その場に沈黙が流れた。
ヒルダ様が感嘆のため息を漏らす。
「そこまで見抜いたのか……! これは凄まじい情報だぞ。……ちなみに、それを再現することは可能なのか?」
問いかけられた研究班の女性は、一度俺の方を見て、無言で指示を仰いだ。
俺は小さく頷き、話しても良いという許可を出す。
「……必要な素材、特に『魔石』さえ安定して入手できれば、再現自体は可能です。ただ、マナの燃費があまりにも悪すぎます。コストパフォーマンスを考えれば、そんな使い捨ての杖を持たせるより、普通の弓兵を訓練して配備した方がはるかに安上がりで効果的だと思いますが……」
「魔石、か……」
俺は顎に手を当てて考えた。
魔獣を狩ったときに『魔核』が出るのなら、魔石も同様に手に入りそうなものだが、今のところ俺たちの領地ではそんな情報は上がってきていない。
そもそも、こちらで魔獣に関して上がってくる報告といえば、「魔獣の肉を食べると激しい腹痛を起こす」といったことだけだ。
食に関する欲はとてつもなく高い。いったい誰に似たんだろうか?
せっかく狩った獲物をただ捨てるのはもったいないので、どうにかして無毒化して食べられないかと、研究班や領民たちが今も試行錯誤している段階である。
「そうか。魔石の確保がネックか……やはりそちらもその結論に至るのだな」
ヒルダ伯爵様は納得したように腕を組み、それから悪戯っぽく微笑んだ。
「では、次の本題だ。悠子爵。──私の研究班と、前国王の孫娘を、貴方のところで預かってもらえないかしら?」
「はい、良いですよ。──え?」
あまりに自然な流れで頼まれたので、俺はつい生返事で頷いてしまった。
だが、脳内でその言葉をリピートした瞬間、背中に冷たい汗が噴き出した。
(え?)
(今、なんて言った?)
(前国王の、孫娘……!?)
「ま、待ってください! 今、さらっとものすごいことを言いませんでしたか!?」
俺はガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、思わず大声を上げてしまった。
対面に座る四人の男爵たちは、「それを言っちゃうの!?」と言わんばかりの、驚いたような、あるいは同情するような複雑な目を俺に向けている。
厨房からは、お盆を持った茉莉と絢乃が、完全に目が点になった状態で固まっていた。
ルフだけは「当然です」といった様子でうなずいている。
「ヒルダ様、前国王の孫娘といえば、現国王にとっては極めてデリケートな……というか、下手をすれば反逆の火種になりかねない最重要人物じゃないですか! そんな爆弾みたいな人を、どうしてうちで預かるんですか!?」
「だからこそ、貴方のところなのだ」
ヒルダ様は至って冷静に、緑茶をすすりながら言った。
「私の領地で匿うには、あまりに王都の目が近すぎる。それに、我が猫伯爵家は良くも悪くも注目されすぎているからな。だが、新しく子爵となり、辺境の地で独自の勢力を築きつつある貴方の領地なら、王都の監視も届きにくい。何より、貴方の圧倒的な武力と、その不思議な『奥様城』の防衛力があれば、これ以上安全な場所はない」
「いや、安全かもしれませんけど……」
「もう諦めなさい、悠」
いつの間にか背後に忍び寄っていた茉莉が、俺の肩にポンと手を置いた。
その笑顔は、どこか悟りを開いた仏のようだった。だが俺にはわかる。何かたくらみがあるようだ。
「悠が『他人の歯車を回した』結果だもの。こうなることは、薄々予想していたわ」
「そうだよ、悠くん。私たちがしっかりサポートするから、一緒に頑張ろう?」
「私も、お傍にいます」
絢乃も苦笑しながら、焼き立ての焼き鳥が乗った皿をテーブルに置いた。
香ばしい匂いが漂うが、今の俺の胃袋には、その美味しさを楽しむ余裕が少し足りない。
「……はぁ。分かりましたよ。ここまで来たら、もう毒を食らわば皿まで、ってやつですね」
俺は諦めて席に戻ると、運ばれてきた焼き鳥を一本手に取り、ガブリと肉汁滴るもも肉に噛みついた。
甘辛いタレと炭火の香ばしさが口いっぱいに広がり、少しだけ荒んだ心が癒やされていく。
「よし! 交渉成立だな!」
ヒルダ様は嬉しそうに席を立つと、俺の肩をバンバンと叩いた。
「孫娘の身の回りの世話や護衛に関しては、こちらからも人員を割きたいのはやまやまなのだが、周辺状況がキナ臭くてな、送ることはできない。私の研究班も、貴方の領地の技術力に大層興味を持っているようだしな。お互いに良い協力関係を築こうじゃないか」
「……お手柔らかにお願いしますよ、本当に」
「あと気を付けろよ。貴方が、前子爵を倒して子爵の座を手に入れたのが、野心家の間で、広まっているらしい。これからは、地位を狙った襲撃が多くなるだろう。絶対に孫娘を守り抜いてくれよ!」
「ええ、ここにいるのなら安全は保障します」
こうして、俺の慌ただしい帰還の日は、さらなる大騒動の予感を孕みながら、静かに更けていくのだった。
「よし、じゃあ連れてこい!」
「え!? もうここにいるんですか!? 研究班だけですよね!? いるのは研究班だけって言ってください! 俺に楽しむための休日をくれぇぇぇ!」
大騒動の予感は早いのかもしれない。
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