第83話 野郎より美女の下に付きたい
そして、張り詰めた空気を台無しにするように、厨房の妻たちに向かって手を振る。
「みんな、ただいま! やっぱり我が家が一番だな。愛してるよ。……あと、すまないが焼き鳥を焼いてくれないか? もも肉で、タレで頼む!」
俺の言葉に、妻たちが顔を見合わせてクスクスと笑い、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。
だが、ヒルダ様だけは厳しい表情を崩さない。彼女は机に両手を突き、身を乗り出してきた。
「その根拠は? 私と国王様では、天と地ほどの力の差がある。それに、私に付いたところで、貴方に与えられるものなど何もないわよ?」
俺の真意を確かめようと、彼女の鋭い瞳が俺の一挙手一投足を観察している。
取り繕っても仕方がない。ここは本心を、正直に伝えるのが一番だろう。
「むさっくるしい野郎の下に付くより、ヒルダ様のような美しい女性の下に付きたいからです。理由はそれだけですよ」
「……っ!」
口を滑らせた瞬間、背筋にヒヤリとしたものが走った。
厨房から、茉莉と絢乃、そしてルフの、視線が突き刺さる。
(やべっ! 正直に言いすぎた!)
俺は慌てて妻たちに向かって言い訳をするように両手を振った。
「あ、違うからね!? 安心してくれ! 俺には君たちという最高の妻がいるんだ! 君たち三人以外の人を妻に迎えるつもりはないから! 本当だからね!?」
必死に弁明する俺の姿を見て、ヒルダ様は呆気にとられた表情をした後、肩を小刻みに震わせ始めた。
「──ぷっ、あは、あはははは! あっはははは!」
我慢しきれなくなったように、ヒルダ様は大爆笑した。お腹を抱えて、涙を浮かべながら笑っている。
「いや、失敬! 笑うつもりはなかったんだ。だがあまりに裏表がなくてな。なんだか貴方を疑っているこっちが馬鹿らしくなってくるわ」
彼女はひとしきり笑うと、呼吸を整え、出された緑茶を一口飲んで喉を潤した。
そして、真面目な顔に戻って、信じられない言葉を口にした。
「……私も妻にしてくれ」
「そのお気持ちだけ受け取っておきます。そして丁重にお断りします」
俺はコンマ一秒の迷いもなく、即座に、かつ丁寧に断った。
ヒルダ様は少し寂しそうな表情を浮かべ、自分の頬の傷に手を触れた。
「やっぱり、年齢かしら……。私はもう二十七だし、戦傷で顔にこんな大きな傷があるからな……」
「いや、俺も同じぐらいの二十歳ですよ? それに、そんなことはどうでもいいです。単純に、俺にはもう愛する妻たちがいる。だからこれ以上は無理なんです」
俺の年齢を聞いて、ヒルダ様は目を丸くした。
ちなみに、絢乃と茉莉も同じ二十七歳だし、ルフに至っては桁が違う。年齢なんてただの数字だ。
傷だって、ただの装飾にしか見えない。好きになったから好き、愛しいから愛しい。ただそれだけだ。
「なっ、二十なのか!? そうか……いや、しかしだな。じゃ、じゃあもしかして、奥様方の許可があれば……?」
ヒルダ様が、まるで希望を見つけたように、期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
俺は彼女の不思議な迫力に押されて、弱々しく口を開いた。
「側室になら……まあ、妻たちの許可があれば、たぶん……可能性はなくはないですが……」
「よし分かった! 私は諦めないからな!」
ヒルダ様は満足そうに拳を握りしめ、力強く宣言した。頼むから諦めてくれ、俺の胃に穴が空きそうだ。
「では、プライベートな話はここまでにして、それ以外の要件を終わらせよう」
彼女はコホンと咳払いをし、懐から一つの輝く石を取り出した。
それは、ほんのりと黄色い光を放つ不思議な結晶──例のダンジョンで手に入れた『経験値石』だった。
「この石の価値については、何か分かっているか?」
「いいえ、さっぱり。手に入れてからずっと、調べる暇もなかったので」
そう言えばアイテムボックスに入れたままで忘れていた。
正直に答えると、ヒルダ伯爵様はニヤリと笑った。
「じゃあ、これを割ってみろ」
「割る? ……分かりました」
俺は手渡された黄色い石を片手で掴み、少し力を込めた。
パキッ、と軽い音を立てて、結晶はあっさりと二つに割れた。
「……。素手で簡単に割れるものではないのだが……まあ、いいか。で、どうだ? 体に変化はないか? レベルが上がっただろう?」
驚く彼女の言葉を聞いて、俺はステータスを確認しようとしたが、すんでのところでやめる。見られるわけにはいかないからだ。
それに自分でステータスを確認している人を見たことがない。
おそらくだが、レベルは変わっていないだろう。
話の流れを聞く限り、この『経験値石』は、割ることで経験値が体に吸収される仕組みだったのだろう。
ここは少し演技をしておくべきだろう。
「……な、何ですかこれは!? レベルアップ……した……だと……!?」
俺はわざとらしく目を見開き、驚愕の表情を作った。
ヒルダ様は満足そうに頷いた。
「そうだ。これがこの石の効果だ。これは『経験値石』と言うそうだ」
「それって凄くないですか? これがあれば、戦闘を行わずに安全に強くなれる。かなりの価値があるというか、国内のパワーバランスすら崩しかねない。……ああ、だからあのダンジョンを封鎖したんですか」
「その通りだ。それ以外の懸念点もある。何かのきっかけでダンジョンの魔物が外部に漏れる可能性もあるからだ。だから騎士団に命じて、ダンジョン内を定期的に巡回させている。幸い、今のところ襲撃や不審な動きはなくてな」
以前、俺が潜ったときに中の魔獣をほとんど一掃してしまったから、しばらくは安全だろう。
精霊様から貰った『あの剣』も試したかったが、この雰囲気では後回しにした方が良さそうだ。
「ふむ、まあよく分かりませんが、これで経験値が安全に手に入るのは確かですね」
俺がそう言って石の破片を見つめていると、突然、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「スミレ様! 魔道具の解析が終わりました!」
飛び込んできたのは、目の下に真っ黒なクマを作った、髪の乱れた研究班の女性だった。
その表情は疲労困憊でありながらも、興奮で紅潮している。
だが、彼女は入ってきた瞬間、部屋にいるヒルダ様と四人の男爵の姿を見て凍りついた。
「あ……。お、他のお客さまが……。し、失礼いたしました!」
「機密情報が……」
慌てて引き返そうとする彼女の背中に、俺はがっくりとした表情をするのであった。
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