第71話 税金は売上税のみの予定
お茶のカップを置き、俺は娘に向き直った。
「いいか? 収穫した時点で一定量を強制的に剥ぎ取る『直接税』は、領民の生活を摩耗させる。天候の良し悪しによって収穫量が決まる以上、領民にとって毎年の生活はただの『天候ギャンブル』だ。どれだけ努力しても、日照りや大雨が降ればその時点で破滅する。そんな不安定な状況では、生活が向上するわけがない。税を徴収する側にとっては、毎年一定の収入見込めるから都合がいいんだろうが、そんなものはただの搾取だ」
悠は冷ややかに言い放ち、言葉を続ける。
「それに対して、『売上税』といった商品やサービスにかける『間接税』は違う。普通に自給自足の生活をするだけなら、何も税金は取られない。自分で作った作物を、自分の家族で消費する分には一桝もかからないんだ。余裕ができて、それを他人に売ったりした時に初めて税がかかる。これなら領民の心に余裕が生まれ、余剰生産物を売って他の物を買う余裕ができる。取引が活発になればなるほど、市場に商品が回り、結果として我々が徴収する『売上税』の総額も増える。生産者、加工者、販売者……規模が大きくなればなるほど、それぞれの取引で税が生まれるんだ。領民の懐も温まり、領主の税収も増える。利率はとりあえず、売上の二割でいいだろう」
(少なすぎてもあとから困るかもしれないからな、一割から三割のどれかなんだろうけど、そのどっちにも変更しやすい二割にする)
「二割……」
娘は複雑そうな表情で呟いた。
「そうなの……かな? ごめんなさい、私にはそこまで難しいことは分からないけれど……でも、領民たちが少しでも楽になるのなら……」
「そうなるような仕組みを作るのが領主の仕事だ」
悠はふと、一つの懸念を口にした。
「ただ、市場が活発になれば、生産から流通、販売までを一手に牛耳って、不当に利益を貪る独占業者が現れる可能性がある。商人ギルドの様子はどうなっている?」
元いた世界でいう「楽市楽座」のような自由交易を導入したいが、一部の強大な商人が市場を支配してしまっては元も子もない。
「独占を防ぐには、ギルドの仕組みを分けるのがいいな。生産ギルド、職人ギルド、商人ギルドに細分化し、それぞれのギルド間での相互協力を一切禁止する。『どう作るか』『どう加工するか』『どう売るか』をそれぞれで競わせるんだ。競い合いたくない個人は、ギルドに属さず自由にやればいい。その代わり何の保護も受けられないがな。……まあ、ダメならその都度やり方を変えればいい。この手の融通が効くのが、君主制の利点だしな。いったいどれだけ偉くなれば、王様に直接このあたりの意見を通せるようになるんだろう?」
最後は半ば独り言のように呟いた。
すると、娘が少し表情を和らげて言った。
「……悠男爵様が心配されているような独占は、今のところこの町にはありません。むしろ、少数の商人たちが互いに手を取り合って、過酷な重税の中でもなんとか領民に利益が回るように、必死に融通し合って動いています」
「ほう……」
悠は少し驚いた。
「あの猪子爵の暴政下で、自分たちの利益を守るだけでなく、領民の面倒まで見る余裕のある商人がいるのか。それは面白い。後でじっくり話を聞いてみる必要があるな」
そこで、悠は思い出したように、執務室の入り口近くで控えていた老人に視線を向けた。
「ああ、そうだ。ご老人」
「は、はい! 何でしょうか!」
老人がびくりと肩を揺らす。
「前に、猪子爵がドレイク領に『罪人』として送りつけてきた領民たちのことだが……その方たちは、俺の領地で元気に暮らしているぞ。飯もしっかり食って、元気に働いている。心配しなくていい。ってことを帰ったらみんなに言っておいてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、老人の顔が劇的に変化した。
「……え?」
信じられないというように目を見開き、やがてその瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「ああ……ああ、よかった……! あの子たちは、皆殺しにされたのだとばかり……! 生きていてくれた……生きていてくれたのか……!」
老人はそのまま床に膝をつき、両手で顔を覆って大泣きし始めた。若者たちも互いに顔を見合わせ、信じられないといった様子で歓喜の声を上げている。
「本当に、感謝いたします……! 悠男爵様、あなた様は私たちの命の恩人だ……!」
「大袈裟だな。労働力として働いてもらっているだけだ。それにまだお主たちは助けていないぞ?」
悠は照れ隠しにそう言って、再び書類に目を落とした。
◇◇◇
悠は娘の背後にいた母親二人――猪子爵の妻たちに声をかけた。
「そこのお二方。悪いが、今決めた新しい税制の内容を町の連中に触れ回ってきてくれないか? 領主が変わって、税金が『売上税二割』だけになると知れば、少しは町の空気も変わるだろう」
二人の夫人は、驚きつつも深くお辞儀をし、「かしこまりました。すぐに皆に伝えます」と、安堵の表情を浮かべて執務室を後にした。
悠たちは引き続き、山積みの書類を仕分けていく。
「よし、これは猪子爵が裏で行っていた不正な取引の証拠だな。こっちの束は……他の貴族たちの弱みか。脅しの材料になりそうなものが結構あるな」
俺は書類を三つの山に分けていく。
いざという時に使える『カード』は、どれだけ持っていても困ることはない。
交渉の席において、こちらが握るカードの質と量がそのまま発言権になるというのは、以前に茉莉から聞いたことがある。なんなら、交渉の席にすら座らせてもらえない、なんていうのこともよくある事らしい。
「そう言えば」
悠は手元を動かしながら、娘に問いかけた。
「この屋敷の……猪子爵が貯め込んでいた財産はどれくらいあるんだ?」
娘は少し困ったように眉をひそめた。
「詳しくは見せてもらえなかったので正確な量は分かりませんが……倉庫の大きさや、出入りしていた馬車の数を見るに、かなりの量の亜麻布や物資が蓄えられているはずです」
「そうか。なら、領民が最低でも一ヶ月は飢えずに食っていける分の食料だけを予備として残し、それ以外はすべて市場に放出しよう。用途は……そうだな、公共事業だ」
「こうきょうじぎょう……?」
聞き慣れない言葉に、娘が首をかしげる。
「要するに、領民に仕事をさせて、その対価として食料や金を払うんだ。やることはいくらでもある。町の清掃、街道の整備、外壁の補修、それから領民たちの家の修復だ。あとは炊き出しも行おうか。税は公益になるように使うものだからな。今言ったのとは別に医療や学校なんかにも出すんだ」
悠の言葉を聞き、娘は息を呑んだ。
「あなたは本当に……あの猪子爵や周りの男爵たちと同じ貴族なのですか?」
「今あげたやつらとは一緒にしないで欲しいんだが……一応貴族だ」
「いえ、なんでもないわ。素晴らしい提案だと思います」
娘がそう言って微笑んだ、その時だった。
バタン! と、勢いよく執務室の扉が開いた。
「将領様! 原初至純教のボアラント支部代表を名乗る人物が、面会を求めて押しかけてきております! いかがなさいますか?」
入ってきた兵の報告に、悠は眉をひそめた。
「げん……なんだって? まあ、通せ」
聞いたことがあるような無いような名前だった。だが、その名前を聞いた瞬間、隣にいた娘の顔がみるみるうちに不快感で歪んだのを、悠は見逃さなかった。
(領民のためを思って行動している娘がこんな顔をするってことは…)
(ハイ厄介ごと決定!)
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