↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第一章 辺境での身分確保と安寧への道
71/106

第70話 税金と共済費まみれの街

 その様子を見ていた老人が、恐る恐る手を挙げた。

 

「あの……悠男爵様。一つ、質問の許可をいただけますでしょうか」


「許可する。それと、今後は質問の許可なんていちいち取らなくていい。言いたいことがあるなら何でも申せ。俺は形式張ったことが嫌いでね」


「は、はあ……ありがとうございます。では……猪子爵の奥様たちと、娘様はどうなさるおつもりでしょうか?」


 老人の目は真剣で、どこか悲痛な色を帯びていた。

 

 俺は少し考えてから答える。

 

「どうする、と言われてもな。猫伯爵様からは特に指示を貰っていない。だから、俺自身はどうするつもりもない。……だが、お主たちはどうしてほしいんだ? その様子だと、殺してほしいわけではなさそうだが」


 俺の言葉に、老人は意を決したように深く頭を下げた。

 

「お願いでございます……! 猪子爵の奥様たちと、その娘様だけは、どうか、どうか生かしていただけないでしょうか……!」


「ほう……」


 俺は少し意外に思って眉を上げた。

 

「お前たちはそれでいいのか? 猪子爵には随分と酷いことをされていたようだが、その家族に対して恨みはないのか?」


「ございません!」


 老人は首を激しく横に振った。

 

「奥様たちと娘様は、私たちのために本当に色々と尽くしてくださったのです。猪子爵が機嫌を損ねて領民を処刑しようとしたり、増税しようとしたりするのを、身を挺してなだめてくださいました。それに娘様は、不当に搾取されて飢えに苦しむ領民たちのために、闇夜に乗じてこっそりと倉庫から物資を横流ししてくださっていたのです……。彼女たちがいたからこそ、私たちは今日まで生き延びることができました。どうか……どうかお慈悲を……!」


 老人の後ろの若者たちも、同じように地面に膝をついて頭を下げている。


 彼らの言葉に嘘はないようだった。

 

「ふむ。なら殺さないよ。というか、なんでそんなに怯えてるんだ? 俺、そんなに誰彼構わず皆殺しにしそうな殺人鬼に見えるか? そっちの方が傷つくんだけど」


 俺が苦笑交じりに言うと、老人はおずおずと顔を上げ、俺ではなく、その下にいる存在を視線で指し示した。

 

「あ……」


 老人の視線の先には、炎帝がいた。

 

「ああ、そういうこと。炎帝が怖かったのか」


 炎帝はただの馬ではなく、炎の鬣を持つ馬の魔獣だ。何も知らない領民から見れば、化け物に見えてもおかしくない。

 

「この子は炎帝って言うんだ。馬の魔獣でね、北の森で仲間にしたんだよ。ほら、炎帝、挨拶しろ」


 俺が言うと、炎帝はフンと鼻を鳴らし、前脚を折って老人に向け、実に見事な一礼をして見せた。

 

「ひぇっ……!?」


「ま、魔獣がこんなところに……!?」


 同行していた若者たちや、へたり込んでいた門番が、目玉が飛び出さんばかりに驚愕している。

 

 魔獣は国の内部に生息していないのだ。それが目の前に現れ人間に丁寧にお辞儀をしたのだから、彼らにとっては天地がひっくり返るほどの衝撃だろう。


「……ごほん。というわけだ。ゆえに気にしないでくれ、と言うのは無理か。よし、炎帝、お主はここで待て。ここからは俺と、連れてきたうちの……兵四人で行こう。皆はここで待ってろ」


 そう言い残し、俺は炎帝の背から降り、屋敷の重厚な扉へと歩みを進めた。


◇◇◇


 ギィ……と、古びた蝶番が悲鳴を上げるような音を立てて、屋敷の正面扉が開いた。

 

「お母様たちは、殺させない……!」


 扉が開くと同時に、鋭い声が響いた。

 

 そこに立ちはだかっていたのは、俺よりも少し背の低い、若い女性だった。

 

 ボロボロの、しかし小奇麗に洗濯された質素な服を着ている。猪子爵のあの肥え太った醜い肉体とは対照的に、無駄な脂肪が削ぎ落とされた、引き締まった体躯をしていた。

 

 おそらく、領民を助けるために自らも畑仕事などで汗を流し、働いていたのだろう。その瞳には、強い意志と、そして隠しきれない恐怖が宿っていた。

 

 彼女の背後には、同じく質素な身なりの、怯えた様子の女性が二人、身を寄せ合うようにして立っている。猪子爵の妻たち、つまり彼女の母親たちだろう。


 悠はため息を一つ吐き、剣の柄から手を離した。

 

「殺さぬ。そんなことをするつもりはない。それよりも、猪子爵の執務室へ案内してくれ。すぐにだ」


「……え?」


 娘は呆然とした声を上げた。構えていた体が、拍子抜けしたようにわずかに揺れる。

 

「本当に、私たちを殺さないの……? 私たちは、あの男の家族よ?」


「何度も言わせるな。殺さない。それよりも早く案内してくれ」


 悠は切実に訴えた。

 

「やるべき仕事が山ほどあるんだ。あんな町の惨状を見てみろ。あちこちに糞尿が散らばっている。このままだと、確実に疫病が流行するぞ。お前たちの命をどうこうしている暇なんてないんだ」


 心底うんざりした様子で頭を抱えると、娘は悠の言葉の端々に含まれる危機感を察知したのか、ゴクリと唾を呑み込んだ。

 

「わ、わかったわ……こっちよ」


 案内された執務室は……一言で言って、臭かった。

 

 どのような臭いか、あえて言葉で表現することは避けたい。とにかくものすごく臭い。猪子爵がこの部屋でどんな不摂生な生活を送り、何を放置していたのか、想像するのもおぞましい。

 

「まず窓を開けてくれ、そしてこの散らかった書類を整理してくれ。散らばった書類をまとめて、この机に置いてくれるだけでいい」


「はっ!」


 悠の指示に従い、連れてきた四人の兵たちが手際よく動き始める。

 

 悠は持参していた革手袋をはめ、高く積まれた書類の一束を手に取った。

 

 部屋の中央にある豪奢な革張りの椅子には、絶対に座らない。何の液体が染み込んでいるか分かったものではないからだ。その椅子を足でどかし、立ったまま書類に目を通していく。


「よし、まずは一番大事なことから片付けよう」


 俺は手元の書類から目を離さずに、正面に立つ娘に問いかけた。

 

「税金について教えてくれ。このボアラント町では、領民にどのような税が課せられている?」


 娘は小さく息を吸い、記憶を辿るようにして話し始めた。

 そこから長々と話し始めたので全体像をメモしていく。


――――


子爵導ボアラントのクソみたいな税制


1.土地・資産・継承にかかる税

・土地取得税

 土地を借りることに対してかかる税

・土地所有税

 借りている土地や店、倉庫、醸造所などに対してかかる税

・相続税

 親族死亡時の財産継承に対してかかる税

・贈与税

 資産を無償で譲り渡すことに対してかかる税


2.事業・ギルドにかかる税

・個人職人税

 職人の営業許可に対してかかる税

・ギルド所得税

 商人ギルドの年間純利益に対してかかる税

・地方ギルド税

 ギルド拠点の特定区画インフラ維持に対してかかる税

・ギルド人頭税

 大規模な店舗・倉庫等の維持に対してかかる税

・特別ギルド税

 鉱山開発や特産品販売権の保持に対してかかる税


3.取引・流通・消費にかかる税

・収穫税

 農地等からの収穫物に対してかかる税

・売上税

 商品の売り上げに対してかかる税

・酒税

 酒の売買に対してかかる税

・嗜好品税

 嗜好品の売買に対してかかる税

・流通税

 領地を越えて移動する物品に対してかかる税


4.交通・車両にかかる税

・通行税

 町に入る(門をくぐる)ことに対してかかる税

・馬車税

 馬車の所有に対してかかる税

・荷車税

 荷車の所有に対してかかる税


5.人頭・身分・都市にかかる税

・人頭税

 領内への居住・定住に対してかかる税

・個人人頭税

 個人の身分や年齢に対してかかる税

・目的付き人頭税

 防衛・城壁修繕等の特定目的の収入に対してかかる税

・町計画税

 町中心部のインフラ整備・維持に対してかかる税


6.許認可・手続きにかかる税

・公文書発行税

 公文書の発行手続きに対してかかる税

・免許税

 許可が必要な生産・販売の書類発行および更新に対してかかる税


7.医療・共済にかかる保険料

・健康保険料

 ギルド加入者の治療費負担軽減のための共済費

・国民健康保険料

 ギルド未加入者の治療費負担軽減のための共済費

・高齢者医療保険料

 高齢領民の治療・療養費支援のための共済費


――――


 悠は思わず片手で額を押さえそうになりやめる。

 

「多すぎる。よくもまあ、これだけ名前を思いついたものだな。猪の割には変な知識を持ってる。共済費なんて言う一見税じゃなさそうだけれど、強制的に取っているからもう税だろ」


 そう言って鼻で笑うが、笑えない。

 

(だってこれが何に使われてるのか書かれていないんだぜ? 書かれてるのはシンプル『一般会計』と『特別会計』だけ! わぁお! 日本の税制を知らないけどこんな税制見たらびっくりすると思うぜ!?)


 一般会計には猫伯爵に収める税が簡単に書かれているが、本当なのか怪しい。

 

 特別会計は金額が亜麻布(反)換算で書かれているが何に使われているのかが書かれてないし、金額もあやふやだ。

 

 ため息混じりに書類を机に叩きつけ、俺は宣言した。

 

「今言ったやつ、全部廃止だ」


「えっ……!?」


 娘が絶句する。

 

「……そんなことをしたら、領地を維持するための資金はどうするの?」


「全部と言っても、税そのものを無くすわけじゃない。これだけの雑多な税を管理するだけでも、役人の人件費……人件費を払っていたのかさえ怪しいな……まああと、手間がかかって効率が悪すぎる。だから、税制を極限までシンプルにする」


 後に役人、子爵、男爵は『税を納めなくて良い』ことが判明する。役人たちがどうなったかは……言わなくても分かるだろう。

 

 悠はその所業に対して、裁判に出ることになったのだが、被害者はいないし、それを弁護する人もいないので、形式上の裁判にしかならなかった。

 

 もちろん無罪だ、有罪にしようにも証拠はきれいさっぱり無くなっているし、まあホントウニザンネンダ。

 

 この裁判起こしたその発起人は最後まで分からないのだった。


 悠は手袋をはめた指を立てた。

 

「残すのは、商売の売り上げから一定割合を徴収する『売上税』だけだ」


「そ、それだけ……? そんなに少なくして、本当に大丈夫なの?」


 娘は信じられないといった様子で、大きな目をさらに丸くした。


 悠は兵が淹れてくれたお茶を「ありがとう」と言うとともに、一口すすりふうと息を吐く。

 

(……危うく『お茶貰える?』って言いそうになった。それを察してくれた兵に感謝しかない)

 

(連れてきた兵たち、本当によく気が利くな……。そういえば、俺の直属兵たちに何か名前をつけてやりたいな。『ドレイク兵』じゃあまりに安直だし、格好がつかない。まあ、それは後でゆっくり考えるとしよう)

最後までお読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。