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異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第一章 辺境での身分確保と安寧への道
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第67話 猫伯爵ヒルダの来訪

 ドレイク町の中心部にあるドレイク邸。そのドレイク寝殿の一室で、俺――悠=ティグリス=ドレイクは、自作の木製枠にふかふかのクッションを敷き詰めた特製『座ソファ』に深く身を沈めていた。


(いやぁ……久しぶりの風呂が気持ちよかった! パラディス村にはまだないからな……ただ配管はしてるからすぐにできるだろうけど)


 パラディス村の奥様城の内装はまだ完全にはできていなかった。


「うぅ……眠い……」


 背中を包み込む絶妙な柔らかさに身を委ねながら、だらしなく手足を伸ばす。

 

 昨日から今日にかけて、パラディス村からドレイク町に向かい、そのまま敵の本陣へ突撃して一騎打ちで子爵に勝つという、息つく暇もない激戦を繰り広げていたのだ。

 

 当然、一睡もしていない。安心したのもあり、眠気が襲って来るのだった。


 幸いにも、妻たちである絢乃、茉莉、ルフの三人は、ハンナ男爵たちがドレイク町に来るまで眠っていたようで、体力は十分に残っている。

 

 だからこそ、「あなたたちは働きすぎよ。少しは休みなさい」と茉莉に有無を言わさぬ口調で命じられ、悠とジーク、アレスの三人衆は、泥のように眠る許可を得たのだった。障子の外では同じように寝ていない兵が雑魚寝している。


 畳の上に布団を敷き、大の字になって爆睡しているジークとアレスの規則正しい寝息を聞きながら、俺は微睡みの中でこれからのことをぼんやりと考えていた。


 今回の戦いで救出した四人の男爵たちは、ドレイク町で一晩の休息を取った後、それぞれ自分の領地へと戻り、復興作業に取り掛かることになっている。

 

 一方で、俺たちの戦力はほぼ無傷だ。防具の性能差や圧倒的なレベル差のおかげで、兵の損耗はゼロに等しい。ならば今回攻めてきた敵対男爵たちの領地に攻め入って俺の領地にしても問題ないだろう。


 ただ、大元である猪子爵の領地『ボアラント町』については、まだどう扱うか保留中だ。そもそも、捕虜にした子爵本人や敵対男爵たちの処分すら決まっていない。

 

 それに加えて、さらに頭が痛い問題があった。

 

 どうやら『新人の開拓男爵が、格上である子爵の軍勢を返り討ちにし、さらには一騎打ちで子爵を圧倒した』という噂が、すでに風に乗って各地に広まりつつあるらしい。

 

 人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだが、目立ちたくない身としては胃が痛む話だった。


(まあ、考えても始まらないか……。今は、ただ眠りたい……)


 意識が心地よい暗闇へと沈みかけた、まさにその時だった。


「将領様ッ! ご報告いたしますッ!」


 バンッ! と勢いよく襖が開け放たれ、若い兵士が血相を変えて飛び込んできた。

 

 その大声と衝撃音に、隣で寝ていたジークとアレスがビクッと身体を震わせ、反射的に腰の剣の柄へ手を伸ばしながら跳び起きた。


「む、敵襲か!?」


「悠様、ご指示を!」


 完全に戦闘モードに入った二人の横で、俺はむにゃむにゃと目をこすりながら体を起こした。


「……どうした? 何事だ?」


「はっ!『猫伯爵』様のご軍勢が、こちらに向かっております!」


「おお……!」


 眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 

 猫伯爵様。悠に男爵の爵位を与えてくれた方だ。今回の領地防衛が成ったのも、大元を辿れば猫伯爵様が身分を保証してくれたおかげである。

 

 まずは何よりも先に、その感謝を伝えに行かねばならない。


◇◇◇


 俺は眠い目をこすりながら服を整え、龍栖館の食事処『龍の寝床』へと向かった。

 

 引き戸を開けた瞬間、香ばしいタレが炭火で焦げる、たまらなく食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。パチパチと爆ぜる炭の音と共に、じっくりと焼き上げられているのは焼き鳥だ。


 だが、その美味そうな匂いとは裏腹に、店内の空気はピリピリと張り詰めていた。


「もぐもぐ……うむ、この『やきとり』という料理、実に美味しいではないか。タレの甘みと鶏肉のジューシーさが完璧に調和している」


 店の中心にある大きなテーブル席で、見知らぬ女性が優雅に、しかしかなりの勢いで焼き鳥を平らげていた。

 短くそろえられた赤髪に、軍服のようなアーミング・ダブレット(甲冑の下に来ている服)をまとった美しい女性――彼女こそが『猫伯爵』ヒルダ伯爵様なのだろう。隣には甲冑が置いてある。

 

(……早くない? 報告を受けてすぐに来たつもりなのに)

 

 その対面には、ハンナ、クリス、イリア、ミナの四人が、まるで蛇に睨まれた蛙のように肩をすぼめてガチガチに硬直していた。

 

 そして厨房の中では、絢乃、茉莉、ルフの三人が、額に汗を浮かべながら必死に団扇を仰ぎ、焼き鳥を焼き続けている。


(さて……俺はどこに座ればいいんだろうか?)


 あまりの緊張感に、テーブル席へ近づくのが躊躇われた。悠はそっと気配を消し、厨房に近いカウンター席の隅っこにするりと腰掛けた。

 

 すると、焼き鳥の皿を持った茉莉が、小走りで俺のところにやってきた。そして、悠の耳元でギリィと歯噛みしながら、小声で耳打ちしてきた。


「ちょっと! あんた馬鹿じゃないの!? なんでカウンターに座ってるのよ! あっちの席に行きなさいよ!」


「いや、だって、なんかあっち空気重いし……」


「主役が逃げてどうすんの! ほら、行きなさい!」


茉莉に背中を強く小突かれ、俺は観念して立ち上がった。

のそのそとヒルダ伯爵様のいるテーブル席へと近づき、姿勢を正して頭を下げる。


「はじめまして! 私がこの地を治める悠=ティグリ――」


「ちょっと待って。ご飯を食べている最中だから、挨拶は後にして頂戴」


ヒルダ様は悠の顔をちらりと見て、焼き鳥の串を口に運びながら、ピシャリと言い放った。


(……えー。ちょっと拗ねちゃおっかな? 拗ねちゃおっかな!)


心の中で子供のように唇をとがらせつつも、食事の邪魔をするのはマナー違反だ。悠はおとなしく引き下がり、再びカウンター席へと戻った。


炭火の上で脂を滴らせながら黄金色に焼けていく焼き鳥を見つめていると、猛烈にお腹が空いてくる。


「……なぁ、絢乃。俺にも焼き鳥貰える?」


悠が呑気にそう尋ねた瞬間。


「「「自由か!!!」」」


厨房の茉莉、絢乃、ルフ、そしてテーブル席で怯えていたはずのハンナたちの声までが完璧に重なり、店内に鋭いツッコミが響き渡った。ヒルダ様だけが、くすりと小さく笑みをこぼしている。


◇◇◇


「ふう……とても美味しかったわ。ごちそうさま」


やがて、山のように積まれた串を前に、ヒルダ様が満足そうに布で口元を拭った。


「お代は後で我が軍に持ってこさせるから、安心して頂戴ね。……さて、あなたが噂の、猪子爵を一騎打ちで討ち取ったという男爵かしら?」


ヒルダ様の鋭い琥珀色の瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。……ハンナが急いでヒルダの口の周りに付いたタレを拭き取る。


俺はカウンターから立ち上がり、今度こそしっかりと一礼する。……前に茉莉が俺の口を拭ってくれる。これぞ焼き鳥外交である。


「その通りです。私が子爵を一騎打ちで倒した悠=ティグリス=ドレイクです。ヒルダ様、この度は男爵位への叙爵、ならびに当領地への援軍、ありがとうございます」


「丁寧な挨拶ね。引け目を感じていないようだし、私の目を見てもあまり怯えていないようだけど? それとも、自分がしでかしたことの重大さが分かっていないのかしら?」


ヒルダ様はふっと口元を歪め、試すような視線を送ってくる。


「うーん……重大さ、ですか? 他の方角から、別の子爵様たちが怒って攻めてくるかもしれない、ということでしょうか?」


「分かっているじゃない。子爵を倒すということは、周囲の貴族社会の均衡を崩すということよ。さらに強大な敵や、複数の貴族が結託して襲ってくるかもしれない。そうなったらどうするつもり?」


その問いに、俺は肩をすくめて平然と答えた。


「そうなったら、その時さらに強くなればいいんじゃないですか? 俺は家族や領民を守るためなら、手段を選びません。敵が強いなら、こちらもそれ以上に強くなる。そのために、領民たちにも徹底的に訓練を課すつもりです」


「訓練しても無駄だったとしたら? 敵は魔道具で武装しているかもしれないのよ? それを大量に持ち出されたら、ただの人間など一たまりもないわ」


「その魔道具とやらを上回る魔獣を討伐できるくらい、個人の実力を引き上げれば問題ありません。それに――魔道具のファイヤーボールを食らった感じ、盾の素材を鋼鉄製に変えれば、余裕で耐えられそうですね。青銅でもうまく弾けばいけます」


 そう言って親指を立てる。パリィは基本だ。防具で弾くのは初めてだがうまくいった。

 

(……そういや現実でパリィやったことない! よくできたな。)


悠がさらりとそう言った瞬間。

背後の厨房から、ガシャァン! と皿が割れる不穏な音が聞こえた。

振り返ると、茉莉と絢乃が(あの攻撃わざと食らったの!?)と、顔に驚愕的な表情を張り付けていた。ルフだけが「さすが悠様です!」と誇らしげに胸を張っているが、あとの二人の視線が痛い。


「こうてつ? 技術力は隠せと…」


そう言って猫伯爵様は頭を抱える。さらに言葉を続けようとするが、イラッとした俺は、口調を少し尖らせて言い放つ。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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