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異世界でも楽しんで生きていこう  作者: 弥人(ヤアド)
第一章 辺境での身分確保と安寧への道
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第65話 敵はアントラー町にあり

 魔獣の森の奥に築かれた『奥様城』から、悠たちはブラッドフレアの背にまたがり、疾風の如き速度でドレイク町へと引き返した。


 迎撃の準備と、避難してきたハンナたちの安否を確認するためだ。

 ドレイク町へと続く道を駆け抜け、ようやく見慣れた本邸の門をくぐると、そこにはすでに大勢の人間が集まっていた。


「ただいま! あとハンナ男爵、クリス男爵、お久しぶりです。それに……お初にお目にかかります、悠=ティグリス=ドレイクです。――どなたですか?」


 馬から降りるなり、悠は並び立つ面々を見回して思わず首を傾げた。

 

 出迎えてくれたのは、悠の愛する三人の妻たち――絢乃、茉莉、ルフ。そして見慣れたハンナとクリス。だが、その隣には、俺の知らない二人の女性が立っていたのだ。


 悠の疑問などお構いなしに、まず動いたのは絢乃だった。

 彼女は俺の背後に控える愛馬――ブラッドフレアのボスである炎帝(えんてい)へと目を輝かせて駆け寄っていく。


「きゃあ! 何その子、すっごく可愛い!」


 絢乃は恐れる様子もなく、炎帝の燃え盛るような紅蓮の鬣(たてがみ)に手を伸ばし、優しく撫で始めた。炎帝は少し面食らったように耳を伏せたが、敵意が無いと理解したのか、大人しく鼻を鳴らして擦り寄っている。


「ふん、炎帝だったかしら? 確かに良い名前だし、見栄えも悪くないわね。でも、うちの『カイザー』の方が何倍も格好いいわ!」


 茉莉が腕を組み、ふんぞり返りながら対抗心を燃やす。自分の愛馬に付けた名前をこれみよがしに自慢するあたり、相変わらず負けず嫌いな人である。かわいい!


「あの……悠様。炎帝はメスですよね? 炎帝なんて、いかつい名前、メスに付ける名前なのですか……?」


ルフがじとっとした半眼で俺を見つめ、至極真っ当な突っ込みを入れてきた。

……返す言葉もない。名付けのセンスについては突っ込まないでほしい。


妻たちがいつもの調子でそれぞれ賑やかな反応を見せる中、背後に控えていた四人の男爵たちが、一斉にその場に膝をついた。


「まず……悠男爵。今回、私たちの領民を一時的に受け入れてくれて、本当にありがとう。この恩は忘れないわ」


ハンナが泥と埃に汚れた顔で、真摯な眼差しをこちらに向けて頭を垂れる。


「このお礼は、この件がすべて片付いた後に必ず。ドレイク町にこれほどの負担を強いることになり、申し訳ありません」


クリスもまた、深く頭を下げた。


そして、その隣にいた見知らぬ二人の女性が、順に名乗りを上げる。


「お初にお目にかかります。イリア=チェルボ=イグナティアと申します。この度は突然の勝手なお願いを聞き届け、私たちの領民を受け入れていただき、何とお礼を申し上げたらよいか……」


イリアと名乗る女性は、物静かでかつ品のある態度で深く頭を下げた。着ている衣服は戦火を逃れてきたためか少し乱れているが、その立ち振る舞いからは育ちの良さが窺える。


「初めまして! ミナ=チェルボ=アルカナムです! 本当に、本当にありがとうございます! ……あ、ありがとうございますっ!」


もう一人のミナは、元気いっぱいに声を張り上げたものの、悠の佇まい(あるいは背後のブラッドフレアたちの威圧感)に気圧されたのか、最後は少し縮こまるようにして頭を下げた。


それぞれが個性的な挨拶を交わす様子を見届けながら、悠はアレスに向き直った。


「アレス、炎帝を頼む」


「はい, 将領様!」


アレスに手綱を預ける。いつまでも手綱を持ったまま話すのは違う気がするからだ。


「頭を上げてくれ、皆さん。むしろこちらとしては助かっているんだ。おかげで、目標だった『総構(そうがまえ)』……城塞都市としての城壁建設が完成したからな!」


悠は誇らしげに、ドレイク町の中心にそびえ立つ新たな城を指さした。

避難してきた領民たちの労働力を活用し、急ピッチで建設を進めていた城だ。


……だが、正直に言おう。

悠たちが魔獣の森の奥に作った『奥様城』に比べて、このドレイク町の城は遥かに巨大で、美しい。天守閣にいたっては、見事な八角形を描いてそびえ立っている。


(ちくしょう、負けた……! こっちの方が断然かっこいいじゃないか……!)


奥様城よりも圧倒的にクオリティの高い城が出来上がってしまっていることに、俺は内心で激しく地団駄を踏んでいた。


「それに、魔獣の森にもしっかりとした城を築くことができた。万が一の時は、あそこへ避難すれば安全だ」


悠が奥様山の方角を指さすと、すかさず妻たちの声がハモった。


「「「奥様城!」」」


絢乃、茉莉、ルフの三人が、声を合わせてその名を呼ぶ。


「……恥ずかしいから、人前でその名前を大声で呼ぶのはやめてくれ」


悠は顔が熱くなるのを感じながら、げんなりとした声を出す。本当に、言伝に伝えるのは、やめておこう。識字率の重要性を実感する。


コホン、とわざとらしく咳払いをし、悠は表情を引き締めて告げた。


「さて、準備は整った。ここから、我が物顔で攻めてきているあいつらへの『反逆』を始めるぞ!」


悠の言葉に、周囲の空気が張り詰める。だが、その決意に冷水を浴びせるように、ハンナが慌てて声を上げた。


「待って、悠男爵! それは……やめておいた方がいいわ」


「なぜだ?」


俺が眉をひそめると、今度はクリスが重苦しい表情で言葉を継いだ。


「相手が『子爵』だからです」


「だから、なんだと言うんだ?」


「子爵だから手を出せないの!?」


ハンナがいら立ちを隠せない様子で、声を荒らげる。


「だからなぜ子爵だからと手を出してはならぬのだ? 法があの猪子爵を殺すなとでも言っているのか!?」


「子爵を殺してはだめだという法は無いわ! でも……!」


ハンナは一度言葉を切り、自分のいらだちと焦燥を抑え込むように深く息を吐き出した。


「一度こちらから手を出せば、他の子爵たちに対しても『男爵が上位貴族に牙を剥いた』という大義名分を与えてしまうことになるの。そうなれば、彼らにも攻め込まれる口実を作ることになる。……今、ヒルダお姉ちゃんに救援を求めているの。だから、軍が到着するまで待って!」


猫伯爵の軍が来れば、後ろ盾も得られるし、戦力も整う。それがハンナたち男爵の主張であり、この世界の貴族としての常識的な判断なのだろう。


だが。

悠は静かに振り返り、後ろの門の傍で俺たちの会話を不安そうに聞き入っていた領民たち、そして逃れてきた難民たちを見つめた。


「――貴様たちは、待てるか!?」


悠の問いかけに、難民たちは一瞬ビクリと肩を揺らした。


「……待っていれば、本当に助かるのですか?」


難民の中の一人が、絞り出すような声で尋ねてきた。その瞳には、いつ届くかもわからない救援への不安と、明日をも知れぬ命への絶望が混ざっていた。


「ハンナ男爵。……あなた方は、今の問いに答えられるか?」


悠が静かに促すと、ハンナ、クリス、イリア、ミナの四人は、きつく口をつぐんで視線を落とした。

いつ到着するかもわからない、他領の軍を待っている間に、どれだけの人間が飢え、あるいは襲撃されて命を落とすか。それらから守れる保証など、誰にもできるはずがなかった。


「貴様たちは、ただ守られるだけの民なのか!?」


俺は難民たちに向けて、腹の底から声を張り上げた。

その声は、重苦しく沈んでいたドレイク町の空気を震わせる。


「……」


「貴様たちは、黙って自分たちの住処が奪われ、踏みにじられるのを指をくわえて見ているだけか!?」


俺は炎帝を呼び寄せ、その背へと飛び乗った。

より多くの者に俺の声が届くよう、高い位置から彼らを見据える。


「貴様たちは、大切な家族を奪われても、ただ泣き寝入りして見ているだけなのか!?」


「っ! ……そんなの、嫌だ!」


誰かが叫んだ。それを皮切りに、周囲からぽつりぽつりと声が上がり始める。


「嫌だ! あんな奴らに、これ以上奪われてたまるか!」


「貴様たちは、何のために我が領民と手を取り、血を流して動物を狩っていたのだ!? ただ怯えて暮らすためか!?」


「家族を……守るためだ! 生きていくためだ!」


力強い叫びが、難民たちの間から湧き起こる。


「もう一度聞く! 黙ってあのクソ子爵に家族を奪われてもいいのか!?」


「「「「嫌だ!!」」」」


何百もの声が重なり合い、地響きのような大歓声へと変わる。


「家族を狙う不届き者は、我らの手で滅して見せようぞ!」


「「「「そうだ!!」」」」


「征くぞ!家族を守りたい奴は、俺に付いてこい!」


俺は炎帝の腹を蹴り、走り出させた。

ただし、領民たちが武器を手に走って付いてこられるよう、ブラッドフレアの速度は極限まで落とす。


すでに日は沈み、あたりは暗闇に包まれつつあったが、ランタンなどの明かりは不要だった。炎帝の鬣や尻尾から吹き出す紅蓮の炎が、周囲を昼間のように照らす。


その光に導かれるように、街道沿いの家々から領民たちが松明を片手に次々と現れ、列に加わっていく。松明の光が連なり、まるで一本の光の川となって夜の街道を彩っていく。


悠は先頭を走りながら、遠くに見えるアントラー町の方向を見据えた。

ドレイク町へ向かう道中、『千里眼』スキルを使用し、敵の総大将である猪子爵の位置を正確に捕捉していたのだ。


領民たちは気勢を上げながら、その辺にあった斧や鍬、あるいは狩猟用の弓を手に取り、狂乱とも言える勢いで悠の後を追ってくる。


「え、待って! 悠様! 早すぎますって!」


「悠様、お待ちください!」


アレスとジークが、大慌てで武装を整えて追いかけてくる。


さらに、絢乃、茉莉、ルフの妻たちに加え、ハンナ男爵、クリス男爵、イリア男爵、ミナ男爵も、慌てて馬に跨がって俺たちの後を追ってきた。


(はぁ、なんで俺がこんなに急いでいるかって?)


俺は手綱を握り締めながら、内心で激しい怒りを燃やしていた。


(こちとら二週間もまともな風呂に入ってないんだよ! さっさとこのふざけた戦いを終わらせて、ゆったりと湯船に浸かりたいんだ! それに……俺の大事な妻たちに手を出そうとする奴は、どこのどいつだろうが絶対に許さん!!!)


俺は天に向けて、剣を鋭く突き上げた。


「敵はアントラー町にあり!!」

最後までお読みいただきありがとうございます。

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