第64話 奥様城にて恩賞の儀
その日の夕方。
完成した城の『広間』にて、今回の開拓と築城に対する恩賞の儀が行われることとなった。
差し込める夕日が広間を照らし、集まった兵たちが厳粛な面持ちで整列している。悠は上座の座布団に胡坐をかき、肘掛けに右腕を置く。そして少し緊張しながらも、堂々とした態度を意識して声を張った。
「まずは、ジークフリート。前へ」
「はっ!」
ジークが力強い足取りで前に進み出ると、悠の目の前で膝を突いて頭を垂れた。畳の風景には似合わないが、現地の礼に倣った姿勢だ。
「お主には、今回兵を率いてこの奥様城を築城した実績をもとに、この奥様城の城主を任せる。いいな?」
すでに「奥様城」の名は完全に定着してしまっているため、悠も腹を括ってその名で呼んだ。
「身に余る光栄にございます。賜りましたこの城、そしてこの命に代えましても護り、治め抜いてご覧に入れます」
ジークの声には、揺るぎない覚悟と忠誠が満ちていた。
「うむ。お主ならやってくれると信じている。ところで……お主に『姓』はあるか?」
悠は内心、(これで言い方は合っているんだろうか。昔見た歴史アニメの大名っぽく言ってみてるけど、変じゃないかな……)とヒヤヒヤしていた。
ジークは一瞬、目を伏せて押し黙った。沈黙が広間を支配する。しかし、すぐに意を決したように顔を上げ、静かに告げた。
「……かつて、パラディスという姓を名乗っておりました」
その言葉が響いた瞬間、後ろに控えていた兵たちの間から、一斉にざわめきが起こった。
「パラディス……!? あの、前王家を守っていた…」
「確か、滅び去ったはずでは……」
兵たちのささやき声が悠の耳にも届く。しかし、悠は表情を一切変えなかった。
(ふむ、色々事情があるわけか。でも、言いたくないことは言わなくていい。それが俺のスタンスだしな)
悠は小さく頷くと、ジークを真っ直ぐに見据えて微笑んだ。
「良い姓だな。では、この城の一帯を今日から『パラディス村』とする。そしてその村長をジークに任せる。下がって良いぞ」
詮索せず、ただジークフリート=パラディスという男の存在をそのまま受け入れる悠の器の大きさに、ジークは深く胸を打たれた様子で、今一度深く頭を垂れた。
「感謝いたします……」
ジークが列に戻ると、悠は次の名を呼んだ。
「次は、アレス。前へ」
「はっ!」
アレスが緊張した面持ちで一歩前に出る。
「お主は今日から『武士』とする」
「……ぶし、ですか? それは、一体何でしょうか?」
聞き慣れない言葉に、アレスが小首をかしげる。
「ふむ。この世界の言葉で言うなら、騎士と衛兵を合わせたもの、に近いだろうか。戦時には軍隊として戦い、平時には領内の治安維持、反乱の鎮圧、盗賊の捕縛などを担当する。要は『武の貴族』のようなものだ。男爵のように内政や政治には参加できないが、軍事方面はお主の一存で、お主に仕える兵を動かして良い。ただの兵卒ではなく、その兵たちをまとめる一つの家の主となるのだ。分かったか?」
「はい……騎士団長のようなものですね! わかりました。ええと……一生懸命、頑張ります!」
アレスがどこか頼りなくも、嬉しそうに胸を張る。
「……ちなみに、動物討伐や魔獣討伐も、お主の一存で動いて良いぞ?」
「やった! これで誰の許可もいらずに、自由に戦いに行ける! ……あッ、ありがとうございます!」
大喜びするあまり、アレスはすっかり素に戻ってしまった。
(はは、相変わらずだな)
最近アレスは、悠の妻である絢乃から「礼儀作法」を徹底的に叩き込まれている最中だったため、慌てて背筋を伸ばし、何事もなかったかのようにすました顔を作っているのが面白かった。
「それとお主には姓があるか?」
「ありません」
(ふむ、平民には姓がないのか、覚えておこう。いずれは全員に姓を名乗れるようにしよう。一体感が強まるしな)
「では、『龍』を与えて『龍条』の姓を与える。これからは、アレス=龍条を名乗るといい」
ドレイクの名前をとっさに考えた時に思い浮かんだのは龍だ、それと俺の姓の『九条』から取っている。
「りゅうじょう! ありがとうございます!」
アレスは粒状の名前を覚えるようにつぶやきながら、感謝を告げる。
「下がって良いぞ。……次は――」
悠が次の恩賞を授けようとした、その時だった。
バァンッ! と激しい音を立てて、広間の重い扉が押し開かれた。
「ほ、報告があります……っ! ぜぇ……ぜぇ……!」
息も絶え絶えの伝令兵が、床に倒れ込むようにして転がり込んできた。その甲冑は泥と埃にまみれ、どれほど必死に馬を走らせてきたかを物語っていた。
「無礼であろう! ここは儀の場なるぞ!」
ジークがすかさず厳しい声を上げるが、悠はそれを手で制した。
「よせ、ジーク! おい、誰か早く水を持ってこい!」
兵が慌てて差し出した水杯を、伝令兵は貪るように飲み干した。幸いにも、体に目立った傷はないようだが、その顔は恐怖と絶望で土気色に染まっていた。
「し、将領様……っ!」
「落ち着いて話せ。何があった?」
悠が静かに促すと、伝令兵は震える声で、衝撃の事実を口にした。
「ア、アントラー町が……陥落しました!」
「なんだと……!?」
悠の目が鋭く見開かれる。広間が凍りついたように静まり返った。
「ハンナたちはどうした!? 無事なのか!?」
「は、はい!ハンナ男爵、クリス男爵、そして他の男爵たちや彼らに従う騎士たちは、間一髪で包囲を突破し、現在はドレイク町へと避難しております!」
「そうか、無事ならいい……。だが、アントラーを落としたとなれば、敵の次の狙いは……」
「間違いなく、ドレイク町になります! 敵の先遣隊が、すでにこちらに向かって進軍を開始しているとの情報も!」
伝令兵の言葉が終わる前に、悠は立ち上がっていた。
「恩賞の儀は一時中断だ! 今すぐドレイク町へ帰るぞ! ジーク、お主はここに残って――」
「将領様!」
その指示を遮るように、マリアンが凛とした声で一歩前に出た。
「ジークを連れて行ってください。そして、このパラディス村の維持と防衛は、一時的にこの私にお任せいただけないでしょうか?」
悠は驚いてマリアンを見た。彼女の瞳には、かつてドレイク村で難民をまとめていた時のような、力強い覚悟が宿っていた。
「今のドレイク町には、将領様の武力と、ジークの完璧な軍事指揮が必要です。このパラディス村は二重の城壁に囲まれた頑強な要塞。私が指揮を執り、残された兵たちと協力すれば、十分に維持できます。どうか、ご安心を」
悠はマリアンの言葉に深く頷いた。
「わかった、マリアンに任せる。兵を百名残し、それ以外は全員ドレイク町へ援軍に向かう! 者ども、我に続け!」
「「「うおおおおーーーッ!!!」」」
悠は広間を飛び出し、待機させていた炎帝の背へと飛び乗った。
「ジーク、アレス! 行くぞ!」
「はっ!」
二人は不慣れな手つきでブラッドフレアに跨がった。魔獣の馬は、二人を背に乗せる。
「うわっ、な、なんだこの速さは……っ!?」
「ひゃあぁっ! 落ちる、落ちる!」
ブラッドフレアが大地を蹴り出した瞬間、爆発的な加速に二人は悲鳴を上げ、馬の首に必死にしがみついた。
アレスに追従する兵たちも、残りのブラッドフレアに跨がって突風のように駆け出し、騎乗できない残りの歩兵たちも、必死の形相でその背を追って走り出したのだった。
◇◇◇
一方その頃。
「クソ! あのクソ子爵め! よくも私の領地を……!」
荒れた街道を歩きながら、ハンナ男爵は泥にまみれた籠手を地面に叩きつけんばかりの勢いで毒づいていた。
彼女の美しい赤髪は乱れ、鎧には無数の傷と汚れがこびりついている。
「ハンナ、あまり子爵に対してそのような言葉遣いをしては……」
隣を歩くクリス男爵が、咎める。
「……が、今回ばかりは私も同意します。本当に、卑劣極まりないやり口でした」
クリスもまた、精神的にも肉体的にも疲弊しきっていた。彼らの後ろには、同じように領地を追われた二人の男爵と、彼らに従うボロボロの騎士や衛兵たちが、重い足取りでトボトボと続いていた。
「それより……本当にこんな北の最果てに、避難できるような町なんてあるの?」
同行していた女男爵の一人が、不安げに周囲の鬱蒼とした森を見回しながら呟いた。
「そうよ。数ヶ月前までは、ただの不毛な開拓地だったのでしょう? そんな場所に、私たちを受け入れる余裕があるとは思えないわ」
もう一人の女男爵も、絶望に満ちた声を漏らす。
「悠男爵は、その場所に領民を避難させるための拠点を築いたとお聞きしています。文句を言っていても始まりません。信じて進むしか――」
クリスがそう言って皆を促そうとした、その時だった。
先頭を行くハンナの足が、ピタリと止まった。
つられるように、クリスや他の男爵たち、そして騎士たちも全員が動きを止め、驚愕の面持ちで前方の景色を見つめた。
森が開けたその先に、到底「開拓地」などという言葉では片付けられない、圧倒的な威容がそびえ立っていた。
「……ねえ、クリス。私の見間違いかな? 疲れすぎて、幻でも見えているのかな」
ハンナが呆然とした声を漏らす。
「いいえ……。私も、信じられないほどにおかしな景色が見えています」
クリスの声も小刻みに震えていた。
彼らの目の前にあったのは、高く強固な石垣の上に築かれた、美しい漆黒の天守閣を持つ城だった。
そして、その城を取り囲むように、何重もの深い堀と巨大な土塁――いわゆる『総構』と呼ばれる、外郭防衛陣地が完璧な形で配置され、無数の狭間から弓が覗いている。
それだけではない。さらにその奥にそびえる「奥様山」の山頂付近にも、同じように天守閣を構えたもう一つの城が、雲を突くように堂々と佇んでいるのが見えた。
未開の地であったはずの森の奥深くに突如として現れた、山城と平山城による完璧な二重の防衛ネットワーク。
「ここなら……」
ハンナは渇いた唇を震わせ、ゆっくりと、しかし確かな希望に満ちた笑みを浮かべた。
「ここなら……あいつらを迎え撃ち、守り抜けるかもしれない!」
我が領地を失った絶望に沈んでいた彼らの胸に、目の前の難攻不落の城塞は、消えることのない強烈な希望の光を灯したのだった。
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