第63話 城塞都市ならぬ城塞村
魔獣の森の探索、そして「山の主」との一騎打ちを経て、悠たちのもとには驚くべき収穫がもたらされていた。
漆黒の体躯に、赤々と燃え盛る炎のような鬣を持つ魔獣の馬――『ブラッドフレア』。山の主である炎帝との決闘に勝利したことで、魔獣たちは悠を主と認め、なんと十五頭ものブラッドフレアが仲間になってくれたのだ。
この情報は、悠がこっそり鑑定して分かったことだ。
さらに、その群れの周囲には、見た目がごく普通の馬が二十頭ほど混ざっていた。
(……なんだこれ。魔獣の森の奥深くに、普通の馬がいるのか?)
不思議に思って、こっそりと『鑑定』のスキルを発動してみる。が、魔獣ではなく、動物だった。
(やっぱり、ただの馬だな。魔獣だらけのこんな危険な場所で、よく生き延びていたものだ。ブラッドフレアたちの威光のおかげで、他の魔獣に襲われずに済んでいたんだろうか)
何はともあれ、馬も大人しくこちらに従っているため、すべて仲間にすることにした。
「この馬たちは、ドレイク町の方へ連れて行ってもらおう。絢乃と茉莉なら馬の扱いには慣れているから大丈夫なはずだ。なんなら、実家で馬を飼っていたからな」
かつての穏やかな日々を思い出し、悠はふっと表情を和らげる。
「よし、とりあえず伝令兵にこの馬を一頭持たせる。連絡の往復には足が速い方がいいからな。それ以外の馬は、全員で手分けしてドレイク町へ運んでくれ。……ブラッドフレアの方は、何かあったら大変だから、俺が滞在するこの山に置いておくことにする」
その決定に、ジークや兵たちは深く頷いた。魔獣の馬であるブラッドフレアは確かに強力だが、一般の兵では制御しきれない危険性がある。悠のいる山に留めておくのが最も安全で確実な判断だった。
こうして馬の配分を終え、俺たちは本格的な開拓作業へと移行した。しかし、そこには最初にして最大の障壁が立ちはだかっていた。
森の木々が、異常なほどに硬いのだ。
「ぐおおおっ! な、なんだこの木は!? びくともしないぞ!」
「俺たちの青銅製の斧が……刃こぼれしちまった!」
開拓軍たちが大汗をかいて斧を振るうが、小気味よい金属音が響くだけで、樹皮にわずかなかすり傷すら負わせられない。青銅の斧の方が悲鳴を上げ、無惨に変形してしまっていた。
「貸してみろ」
悠はそう言うと、目の前に生えていた頑丈な『オークの魔木』――この森に生い茂る、炭のように黒く硬質な木――を自分の斧で難なく切り倒した。その圧倒的な筋力とスキルの前には、魔木といえどもただの豆腐と変わらない。二本になるのも変わらない。
悠はその切り出した魔木を削り、即席の『魔木製の斧』をいくつか作り出した。
「これを使ってみてくれ。青銅よりは硬いから、少しは刃が通るはずだ」
手渡された斧を半信半疑で受け取った兵が、恐る恐る大木に叩きつける。
ゴスッ!
鈍い音が響き、木肌に深く斧の刃が食い込んだ。
「す、すごい! 木が切れる! 切れるぞ!」
歓声が上がる。しかし、切り進めることはできるようになったものの、普通の人間がこの硬い木を切り倒すには、やはり気の遠くなるような時間と労力がかかることに変わりはなかった。
「……はぁ。やっぱり俺がやった方が早いな」
悠は苦笑しながら、自ら腕をまくった。
服装は作務衣に変える。
そこからは悠の独壇場だった。常軌を逸した速度で大木を切り倒し、その場で手際よく加工して、梁や柱といった建築用の木材へと仕上げていく。
さらに、周囲を探索していた兵から、近くの崖から、極めて良質な石材を切り出せる場所を発見したとの知らせを受ける。
「よし、ここから城用の石材を切り出そう」
悠は規格外の力で巨大な岩盤を砕き、均一な大きさの石材へと切り出していく。これにも兵たちが目玉が飛び出るほど驚愕していた。
とはいえ、ここには建築の職人もいなければ、設計や配置を指示できる専門家もいない。完全な素人集団である。
「仕方ない。これを見ながら、見よう見まねで建てるしかないな」
悠が懐から取り出したのは、地下室から持ってきた『城の作り方』が詳しく書かれた解説本だった。美しいイラストや図面が豊富に載っている実用書である。
不思議なことに、この本は悠には日本語に見えているが、隣で覗き込むジークには、この世界の現地の言語に見えているようだった。
「……悠様、これは実に見事な設計書です。建物の配置、防御のための動線、何から何まで考え抜かれている。この『総構』という二重の防衛陣地は、この未開の地を護る要となるでしょう。私に指示を出させてください」
ジークはその本の内容を驚異的な速度で吸収し、現場の兵たちに的確な指示を飛ばし始めた。
「よし、ジーク。指示は任せた! 組み立ては俺がやる!」
悠が作業を開始すると、システム的な『スキル補正』が働き、体が勝手に最適な動きを始めた。重さ数百キロはあろうかという巨石を軽々と持ち上げ、ジークの指示通りに寸分の狂いもなく積み上げていく。
(おお……勝手に体が動く動く。これは楽だけど、傍から見たら完全にバケモノだな。……今更か。まあ、順調に城が建っている……はずだ。たぶん)
積み上がる石垣と、組み上がる木造の骨組みを見ながら、悠は他人事のようにそう思うのだった。
◇◇◇
それから、一ヵ月が経過した。
かつては鬱蒼とした魔獣の森でしかなかったその山頂に、立派な天守閣を抱く城塞都市ならぬ城塞村が完成していた。
相変わらず、悠のチート能力による突貫工事は常識を遥かに逸脱している。……周りの兵も地球人からしたらチートだ。
さらに、この一ヵ月の間に、ドレイク町へと続く街道も整備されていた。さすがに石畳で舗装する時間まではないが、馬車が激しく揺れることなく往来できる程度には、しっかりと土を踏み固めた平坦な道が出来上がっている。
ジークの理解力と指揮は完璧だった。悠が見落としがちだった細かい防衛上の死角や、兵たちの生活動線の不備を的確に見つけ出し、修正してくれた。
そして、もう一人の功労者がマリアンだった。
「茉莉様に、以前『上下水道』という素晴らしい仕組みについて教わりました。この知識があれば、村の衛生環境は劇的に改善します。悠様、配管の配置はこのようにさせてください」
マリアンが茉莉から熱心に学び取った知識をもとに、城内と村落の上下水道の配置を実に見事に指示してくれたのだ。おかげで、異世界とは思えないほど清潔な水回りが完成しつつあった。
今やドレイク町との連携も機能し始めている。町で作られた馬車がこの新しい村へと定期的に乗り入れ、十分な食料や生活物資を運んでくる。
その返礼として、こちらは悠が切り出した上質な石材や、黒く美しい『オークの魔木』を積んで送り出した。この硬く頑丈な魔木は、建材や高級な家具の材料としてドレイク町でも大いに喜ばれるはずだ。
また、山肌の採掘現場からは豊かな鉄鉱石の鉱脈も発見された。
「安全な要塞が完成した。これでやっと、魔獣に怯えることなく本格的な採掘ができるな」
採掘作業はすでに開始されており、次の馬車には大量の鉄鉱石を積み込ませて、ドレイク町へ送る予定になっている。資源の循環は極めて順調だった。これで亜空間倉庫にある鉄を少しづつ使って行っても怪しまれることはないだろう。
ある日、悠は天守閣の最上部にある『天守の望楼』――ドレイク町の方角を一望できる見張り所に立っていた。心地よい風が悠の髪を揺らす。……ドレイク町にも天守閣のある城が建っていて、総構も完成したようだ。競争した形になる。
昔から、茉莉とは競争をしていた。お互い負けず嫌いだからだ。
普段は四人の兵が交代で見張りに立っている場所だが、今は悠とジークの二人だけだった。
「ジーク、あと何すればいいと思う?」
遠くかすむドレイク町を見つめながら、悠は隣のジークに問いかけた。
「……悠様。すでにこの短期間で、これほど頑強な城塞とインフラを築き上げられました。もはや、私から付け足すことなどございません。これからは、悠様がやりたいようにやって良いと思います」
ジークは心の底からの敬意を込めて微笑んだ。
「そうか。じゃあ、ドレイク町に行っている伝令兵が戻ってきたら、海の方へ視察にでも行きますか。やっと昆布やワカメが取れるぞ! あとは海水魚だな……何を食べようかな。久しぶりに鮭が食べたいな」
日本の食卓を思い出し、悠はよだれが出そうになるのを堪える。
「あ、そうだ。その前にジーク。この城の名前を決めたんだ。『奥に多くの魔獣が住む』から――『奥多魔城』だ。ついでに、この山の名前も『奥多魔山』にしよう」
「おくたま……意味も響きも素晴らしいですね。そのように呼ぶよう、さっそく兵たちに伝えておきます」
ジークは真面目な顔で頷いた。
しかし、言伝の過程で、何故かその名は「奥様城」として兵たちの間に広まってしまった。
「知っているか? 将領様がこの城を『奥様城』と名付けられたそうだぞ」
「おお、やはりな! 将領様が奥様方を深く愛しておられるのは有名だからな。奥様方のために建てられた愛の城……なんと素晴らしいお方だ!」
悠の愛妻家ぶりはドレイク町の誰もが知る事実だったため、兵たちは一切の疑問を持たずに納得してしまったのだ。当然のように、山の名前も「奥様山」となり、
「今日も奥様山が我らを見守ってくださっている……ありがたいことだ」
と、山に向かって手を合わせ、涙ぐみながら拝む者まで現れる始末だった。
(……いや、なんでそうなるんだよ。俺の奥多魔が……)
後からジークに平謝りされ、悠は頭を抱えたが、何だかんだで領民たちの士気が上がっているようだったので、結局「まあ、いいか……」と受け入れることにしたのだった。
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