第5話 力加減が難しい
川発見からの向かう場所といえば…な回です。
PS
カヌー楽しいんだけど、一つだけ欠点をあげるとすれば…
風呂場が近くにないこと。
濡れると風呂入りたくなるじゃん。
そうすると風呂入りたくなって早く終わらせて帰るんだよね。
つまりカヌー=風呂ってこと。
木々を抜けた先に広がっていたのは、透き通るように澄んだ清流だった。
「……水の心配はなさそうだな」
悠は安堵の息を吐きながら、川辺にしゃがみ込んだ。
森を歩き回った汗と土埃で、腕にも顔にもうっすらと汚れがこびりついている。手のひらで頬を擦ると、ジャリッとした感触が返ってきた。
「ちょっと洗わせてもらうか」
両手で水をすくい、顔にかける。
「っ……冷たっ」
ひんやりとした水の感触が、火照った肌にじわりと染み込んでいく。夏の水道水とは比べ物にならない、澄み切った冷たさ。何度も水をすくっては顔にかけ、腕の汚れを流していく悠の顔に、自然と笑みが浮かんだ。
「うわっ……めちゃくちゃ気持ちいいわこれ」
「あら、悠くん気持ちよさそう」
絢乃がくすりと笑いながら、隣にしゃがんで同じように手を水に浸す。
「本当だ……気持ちいい」
水面に映る自分の顔を眺めながら、悠はふと視線を水中へと落とした。
「あ」
「どうしたの?」
「魚、いる」
透明度の高い水の中を、見たこともない色合いの魚たちが悠然と泳いでいた。銀色に光る鱗の中に、淡い虹色の縞模様が走っている。地球では見たことのない、けれど確かに「魚」だと分かる形をした生き物たちが、川の流れに逆らうように静かに漂っている。
「わぁ……綺麗ね」
絢乃が目を輝かせながら顔を近づける。
「魚がいるってことは、この水、飲んでも大丈夫そうね」
少し離れた場所で辺りを観察していた茉莉が、腕を組みながら頷いた。
「生態系がちゃんと成立している水は、基本的に安全っていうのはサバイバルの基本よ。魚がいるのに人間に有害な水、なんてことはまずないから」
「へえ、さすが姉ちゃんだ」
「昔からいろいろやってるのよ。出来なきゃ話にならないじゃない」
茉莉はそう言いながら、腰にぶら下げていた水筒を取り出し、川の水を汲み始めた。悠と絢乃、ルフもそれに続き、それぞれの水筒に清らかな水を満たしていく。
「ふぅ……」
水筒の蓋を閉めながら、悠は改めて周囲を見渡した。
木々の隙間から差し込む光。せせらぎの音。魚の泳ぐ透明な水面。
そういえば、こんなにのんびりとした時間を過ごすのは、人生で初めてかもしれない。
「……いいな、こういうの」
誰に言うでもなく、悠はぽつりと呟いた。
◇◇◇
ひとしきり休憩を終え、川辺の岩に腰掛けていた悠が、ふと思い出したように口を開いた。
「なあ、そういえばさ」
「ん?」
「俺、昔から海の近くに住んでみたかったんだよな」
絢乃と茉莉が同時に顔を上げる。それに続くようにルフもこちらを見る。
「急にどうしたの?」
「いや、専門学校の課題でさ、海辺の別荘とか設計する授業があったんだけど、あれが妙に楽しかったんだよ。潮風感じながらのんびり暮らすのって、絶対気持ちいいだろうなって」
「……ふうん」
茉莉が悠を見つめたまま、何かを考えるように顎に手を当てる。
「じゃあ、このまま川を下って海に出てみない? どうせ拠点作るなら、悠の希望も反映してあげるわ」
「え、いいの?」
「いいわよ。私も海辺のリゾート開発とか興味あるし」
「まーちゃんの中では、もう事業計画が動き出してるのね……」
絢乃が苦笑を漏らす横で、悠は「よし」と立ち上がり、自分のアイテムボックスを表示させる。
「川下りするなら、カヌーがあればいけるな」
カナディアンみたいに複数人が乗れる小舟を探すため、アイテムボックスをスクロールしていくと。
「……ん?」
悠が引っ張り出したのは──大きく折りたたまれた、本格的なラフティング用のゴムボートだった。
「え、なにこれ」
「いや、俺も覚えないんだけど……なんかアイテムボックスの中に、なぜか入ってた」
悠は膨らませながら答える。
「はぁ?」
茉莉が眉をひそめてボートを覗き込む。
「悠、あんたラフティングなんてやったことあったっけ」
「ない。マジで記憶にない。でも入ってるってことは、まあ、使えってことなんじゃない?」
「相変わらず自由ね」
呆れたようにため息をつきながらも、茉莉はボートに触れ、その素材の良さに感心したように目を細めた。
「まあ、今はありがたく使わせてもらうわ」
悠は小さく首を傾げながら、ボートを川辺に広げていく。なぜこんなものが自分の荷物の中に紛れ込んでいたのか──その違和感は、頭の片隅にちらりと引っかかったまま、そのまま流されていった。
◇◇◇
空気を送り込んで膨らませたボートを川に浮かべ、四人が乗り込む。
「オールはこう持って、こう漕ぐの。分かった?」
茉莉がテキパキと指示を出しながら、船首に座って進行方向を見定める。
「右に岩があるから、少し左に寄って!」
「オッケー」
悠が言われた通りにオールを動かす。ボートはゆったりと川の流れに乗り、緑の木々を左右に見ながら進んでいく。
「わぁ……気持ちいいわね、これ」
絢乃が水面に手を伸ばし、流れる水を指先で楽しむ。心地よい風が頬を撫で、木漏れ日がきらきらと水面で踊っていた。
このまま、のんびりと川を下っていければ──そう誰もが思った、その時だった。
「あ、そこ流れ速いから、ちょっと漕いで調整して!」
茉莉の指示に従い、悠が軽くオールを水に差し込み、ひと掻きした。
その瞬間。
ゴウッ!!!
まるでロケットが発射したかのような轟音と共に、ボートが凄まじい勢いで水面を切り裂いた。
「ぎゃあああああ!?」
「な、なんで急に!?」
「悠、力加減おかしいでしょーーー!!」
茉莉の絶叫が川面に響き渡る。景色が凄まじい速度で後ろへと吹き飛んでいき、木々も岩もすべてが残像のように流れていく。
「あ、やば、加減間違えた!」
「今更気づいても遅いのよ!!」
悠が慌ててオールを持ち上げるが、一度加速したボートの勢いは止まらない。水しぶきが顔面に容赦なく叩きつけ、三人の悲鳴と笑い声が入り混じった声が森中に木霊するのだった。
「力加減ムズイって」
そう独り言を愚痴るのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




