第58話 エリクサーの効果
「まずは全員、町の中へ。鎖を外してあげてくれ」
悠の指示の元、自警団の面々が素早く奴隷たちの鎖を解いていく。
本来ならデバフ解除料理を作れる絢乃に治療を頼みたいところだったが、彼女はすでに他の傷病者の対応で手一杯だ。
「よし、俺が治そう」
悠は腕をまくった。
絢乃には及ばないものの、悠にはもう一つのアプローチがあった。彼自身も、ステータス異常や体力を劇的に回復させる「食事」を作ることができるのだ。
連れてこられた奴隷の数は想定を遥かに超えており、ドレイク町の広場には収まりきらなかった。そのため、彼らを町の南東側にある広大な未開発の大広場へと案内した。
それにしても、あのデブ子爵は一体何人連れてきたのだろうか。鎖に繋がれた人の列は、大広場すら埋め尽くさんばかりの規模だった。
彼らを救う方法はシンプルだった。「エリクサー」を飲ませること。
しかし、謎の液体を「薬です」と渡されても、飲むのを躊躇うだろう。
そこで悠は、事前に茉莉と考案していた「秘密のレシピ」を実行することにした。これは、絢乃が不在の緊急時に、病人や負傷者に怪しまれず、かつ効率的にエリクサーを摂取させるための方法だ。
悠は龍栖館の「龍の寝床」に飛び込み、大量の食材を大鍋に放り込んだ。
ドレイク町で採れた新鮮な豚肉、大根、人参、ゴボウ。これらをじっくりと煮込み、旨味を抽出した特製の「豚汁」を作る。そして仕上げに、隠し味として亜空間倉庫から出していたエリクサーを注ぎ込んだ。
「病気」という状態が、この世界のシステムにおいて「デバフ(状態異常)」として処理されるのかどうか、今回はその実験的な側面もあった。もしエリクサーで治らない場合は、温かい食事で体力をつけさせ、自然治癒を待つしかない。
「さあ、みんな。温かい豚汁だよ。これを食べて元気を出してくれ」
悠は山盛りの豚汁が入った大鍋を広場へ運び込み、自らの手で一人一人に器を手渡していった。
湯気と共に、味噌と肉の香ばしい匂いが広場に漂う。極限状態にあった難民たちは、むさぼるように器に口をつけた。
その瞬間、広場のあちこちで驚愕の声が上がった。
「――っ!? なんだ、これは……!?」
豚汁を一口すすった瞬間、彼らの体に劇的な変化が現れた。
病に冒され、どす黒く変色していた肌が、見る見るうちに血色を取り戻していく。骨と皮ばかりだった手足に、健康的な張りと肉が戻り、激しい咳き込みや震えがピタリと止まった。
まさに劇的変容だった。マッチョとまではいかないまでも、全員が今すぐ畑仕事に復帰できるほどの、極めて健康的な肉体へと変貌を遂げたのだ。
「き、奇跡だ……! 病が、一瞬で消えた……!」
「体から、信じられないほどの力が湧き上がってくるぞ!」
「神様……! 神様がここにいらっしゃる!」
回復した人々は、器を地面に置き、悠に向かって一斉にひざまずいて手を合わせ始めた。その目は熱狂的な信仰と深い感謝に濡れていた。
悠は思わず後頭部をかき、苦笑いを浮かべた。
(いや、ただの豚汁なんだけどね……。エリクサーの効き目が良すぎただけなんだ。それにしても、聖法を使うより強力なんだな)
「あはは……まだ病み上がりかもしれないから、みんな今日は無理せず、安静にしていてね?」
悠は優しく語りかけた。しかし、彼らは悠の「安静に」という指示を完全に無視し、やる気に満ち溢れた表情で立ち上がった。
「何を仰いますか、神様! これほど健康な体をいただき、黙って寝ているなどできません!」
「そうです! 我々にできることがあれば、何でも言ってください!」
そればかりか、彼らは自ら進んで街の各所の作業現場へと走り出したのだ。
しかも、嬉しい誤算があった。
ダミアンが「税を納めない罪人」として捕らえていた人々の中には、彼の理不尽な搾取に反対したことで投獄された、優秀な専門職や商人の人間が多数含まれていたのだ。
その中には、薬草の専門知識を持つ「薬草師」や、頑強な建物を設計できる「建築師」などがいた。彼らが即座にドレイク町の各部門に合流したことで、滞っていた作業の進捗は加速していった。
それと神様と呼ぶのは念入りにお願いしてやめさせた。
◇◇◇
夕暮れ時、ドレイク町の周囲を囲む「総構」の建築現場では、驚くべき光景が広がっていた。
新しく加わった建築師たちの的確な指導と作業、日頃のレベリングで怪力を得た領民たちの労働力が融合し、当初の予定を大幅に上回るペースで強固な土塁と堀が形成されていた。
龍栖館に戻った悠は、応接間で妻たちとジークを交え、今日の出来事を報告し合っていた。
「悠様、あの猪子爵が連れてきた方々からお話を伺いました」
ジークが引き締まった表情で口を開いた。
「やはり、ダミアンの領地では過酷な重税と暴政が敷かれていたようです。それに、周辺の男爵たちの戦争も、ダミアンが裏で他の領主を唆し、漁夫の利を得るために引き起こした可能性が極めて高いとのことでした」
「そうか……。自分の手を汚さずに周囲を弱体化させ、ついでに気に入らない俺たちの町へ病人を送り込んで自滅を狙った、と。やりたい放題だな」
悠は麦茶を口に含みながら頷いた。
「でも、その企みは完全に裏目に出たわね」
茉莉がフッと不敵な笑みを浮かべた。その瞳には、すでに子爵導ボアラント、ボアラント町の財務状況や防衛体制を聞き出し、そこから落とすまでの光景が広がっているのだろう。
「彼らの設計知識は本当に素晴らしいわ。私たちの町の労働力と合わされば、総構の完成は数日もかからない。防衛ラインは完璧になるわね」
「それに、薬草師の方々も、私の薬草園の拡大をとても手際よく手伝ってくれているわ。難民として来られた皆さんも、『こんなに素晴らしい食事と温かい場所をくれるなら、命をかけてこの町を守る』と仰っているの」
絢乃も嬉しそうに微笑んだ。
「見回り中も、彼らはとても規律正しく動いてくれています。町の治安維持にも、彼らの存在は大きな助けになりますね。それにレベリングに割ける人員も増えたので、さらに強固になるでしょう」
ルフが静かに頷き、悠を見つめる。
悠は窓の外に広がる、夕日に照らされたドレイク町の美しい街並みを眺めた。
ダミアンが「厄災」として押し付けてきた病人たちは、悠たちの特製豚汁と温かなもてなしによって、ドレイク町にとってこれ以上ない強力な「盾」であり「矛」へと生まれ変わったのだ。
「よし。これで俺たちの街の防衛はさらに盤石になった。猪子爵が次にどんな嫌がらせを仕掛けてこようと、俺たちの手で完全に跳ね返してやろう」
悠の言葉に、妻たちとジークは力強く頷いた。
戦火が迫る辺境の地で、男爵街ドレイク=ドレイク町はまた一歩、誰にも脅かせない絶対的な安寧の地へと近づいていくのだった。
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