第54話 周囲の村と合併する
周辺のいくつかの村々から人々が集まり、アントラー町の騎士たちも非番の者を募って駆けつける。
さらには噂を聞きつけたアントラー町の一般住民までもが「大麦や新鮮な野菜がもらえる」と聞いてドレイク村へとなだれ込んできた。
結果として、ドレイク村の畑は、大勢の人々が笑い声を上げながら作物を刈り取る、まるでお祭りのような大騒ぎの場と化した。
さらに、アントラー町で活動していた商人たちも、この異様な活気と大量の高品質な作物の情報を聞きつけ、「その場で買い取る!」と大麦やアブラナ油を携えて荷車を連れてやってきていた。
商人たちの独自のネットワークと情報収集能力は恐ろしく早かった。
彼らの間では、すでに「この地に新しい商人ギルドが立ち上げられる」という噂が、まことしやかに囁かれていたのだ。
そのため、どの商人ギルドにも所属していないフリーの行商人たちが、いったいドレイク村で何が起きているのか、どんな美味い商売の種があるのかを血眼になって見定めにやってきていた。
悠たちとしても、村の本当の特産品である最高品質の『レンガ』や『革製品』、そして『青銅の武具』などの加工品については、手の内を見せないために一切表に出さず、厳重に秘匿していた。
しかし、畑で実っている作物を隠すことは物理的に不可能であるため、割り切って公開していた。
「おいおい、冗談だろ……! こんな巨大で瑞々しいキャベツ、生まれて初めて見たぞ! しかもこの大麦、一粒一粒が信じられないほど丸々と太っていて、最高の品質じゃないか!」
商人の一人である男が、刈り取られたばかりのキャベツを抱え上げ、信じられないものを見るかのように目を丸くしていた。
「なあ、あんたがこの村の村長さんなんだろ?」
別の小太りな商人が、帳簿を片手に悠へと揉み手しながら近づいてきた。
「風の噂で聞いたぜ。あんた、新しく『男爵』の爵位を授かるんだって? それに、この地域に新しい商人ギルドも作っちまうって話じゃないか」
悠は突然のゴマすりに少し引きながらも、曖昧な笑みを浮かべる。
「いやいや、まだ正式に決まったわけじゃないですよ。今はハンナ男爵様たちが、領主である猫伯爵様へお願いに行ってくれている段階ですからね。あまり大っぴらに言いふらさないでくださいよ」
「へへっ、何を仰いますか」
別の商人が横から口を挟む。
「男爵の爵位授与なんてのは、犯罪歴でもなけりゃあすんなり通りますぜ。それに商人ギルドの方だって、この周辺にはないんですから。申請されて、猫伯爵様が断る理由なんてどこにもありません。つまり……」
商人たちは、悠が未来の領主でありギルドマスターになることを見越して、今のうちに顔を売っておこうと、必死にへつらい、ゴマを擦ってくる。
悠は心の中で(まあ、彼らの顔くらいは覚えておくか。でも、名前までは……期待しないでくれよな)と、どこか冷めたことを思いながら、適当に相槌を打って受け流すのだった。
◇◇◇
収穫作業が一段落した日の夕方。
悠たちはお礼と親睦を兼ねて、手伝ってくれた全員を龍栖館の前の広場に招き、盛大なバーベキュー大会を開催した。
あちこちに設置された簡易かまどから、ジューシーに焼き上がる肉の香ばしい匂いと、新鮮な野菜が焦げる甘い香りが立ち上る。
集まった人々は皆、エールや果実水を片手に、今日の収穫の成果を称え合い、大いに笑い、食べていた。
その賑やかな宴の最中、少し緊張した面持ちをした周辺の村の代表者たちが、悠の元へとやってきた。
「村長様、少々お話が……」
「ん? どうかしましたか? 肉ならまだまだありますから、遠慮せずに食べてくださいね」
悠が笑顔で勧めると、代表の男は首を振り、真剣な眼差しで悠を見つめた。
「いえ、そうではなく……実は、私たちをこのドレイク村に住まわせていただけないでしょうか」
「えっ? 皆さんの元の村はいいんですか?」
悠が驚いて問い返すと、男は自嘲気味に笑った。
「元々私たちは元の町を追い出されて行く場所を失い、一時的にあそこに身を寄せていただけなのです。住みやすい場所や、受け入れてくれる場所が見つかれば、そちらへ移り住むつもりでした。今日、皆さんの温かさと、何よりこの活気に救われました。どうか、この村の仲間に入れていただけないでしょうか」
男の後ろに控えていた他の村人たちも、すがるような目で悠を見つめている。
悠は彼らの表情を見て、深く考えることもなく即座に頷いた。
「もちろんです! 断る理由なんてありませんよ。みんなで協力して、この村をどんどん良くしていきましょう!」
「おお……! ありがとうございます!」
人々から歓声が上がる。
たまたまこの収穫の手伝いに来ていた、アントラー町の役所の職員たちもその場にいたため、「それなら、ちょうど良い機会ですので、今ここで一括して住所の転出手続きと、ドレイク村への転入手続きをやってしまいましょう」ということになり、バーベキューのテーブルの上で即席の役所窓口が開設され、次々と木簡が処理されていった。
これによって、最初は数十人規模だったドレイク村は、「四百人規模」の大きな村へと成長を遂げたのだった。
別に、ハンナ男爵が治める男爵領の中の村であることに変わりはないのだから、こうして一つの場所にまとまることは、統治の観点からも特に問題はなかった。
(ただし、『狩人の村』の人々は、今回の騒ぎには一切呼んでいないため、彼らはここにはいない)
夜も更け、宴の後片付けを終えた後。
ドレイク邸の応接室にて、悠、茉莉、絢乃、そしてルフの四人が集まり、今後の村の運営についての話し合いが行われていた。
「……それでね、みんな。ちょっと相談があるんだけど」
悠が切り出すと、三人が視線を悠に向けた。
「俺たちは、ハンナ男爵様から『七年間の免税』を認めてもらっているよね。開拓地だからってことで」
「ええ、そうね」
茉莉が小首をかしげる。
「これだけの大豊作で、倉庫にも入りきらないほどの作物が獲れて、しかも村の規模も約四百人に増えた。これだけの『収穫物』が手元にあるのに、免税期間だからという理由で一切税を納めないのは、ちょっと気が引けるというか……申し訳ないなって思うんだよね」
悠の言葉に、ルフが深く頷いた。
「悠様のお考えはごもっともです。本来、税とは領地に住まわせてもらい、治安やインフラを守ってもらうことへの対価。納めるべき物資が十分に余っている現状において、免税を盾に一銭も払わないというのは、貴族に対する礼儀としても、また周囲の村々に対する示しとしても、あまり感心できるものではありません」
「私も悠君に賛成よ」
絢乃が優しく微笑む。
「住まわせてもらっているのだから、これくらいは当然の義務よね。通常通りの税率で、きちんと収穫物の三割を税としてハンナ男爵様に納めましょう」
「そうね。食べ物が余って困っているくらいなのだから、なんなら預かってほしいぐらいよ」
茉莉も納得したように頷いた。
こうして、悠たちは「通常通りに税を納める」という、極めて誠実かつ真面目な決定を下したのだった。
だが――。
悠たちは夢にも思っていなかった。
ハンナ男爵が猫伯爵ヒルダへと直談判し、すでに「ドレイク村の独立と男爵街ドレイクへの昇格」が内定していることを。
さらには、子爵への嫌がらせを兼ねて、ヒルダの計らいで「三年間は一切の納税を免除する」という正式な決定が下されているということを。
彼らは自分たちがすでに独立した領主であり、税を納める先であるはずのハンナ男爵が「私の税収が……!」と泣いていることなど、知る由もなかったのである。
このすれ違いが、後にどのような喜劇を生むのかは、まだ誰も知らない。
◇◇◇
翌朝。
眩しい朝陽がドレイク村を照らす中、悠は広場に集まった村に新しく編成された防衛隊や狩猟メンバーの前に立っていた。
「みんな! 昨日で収穫も一段落した! 新しい仲間も増えて、村はますます大きくなるぞ! だけど、村が大きくなればそれだけ、守るべきものも増える。だから、今日からも気を引き締めて動物狩りだ!」
「おおーー!!」
およそ四百人の声が重なる。赤子と母親、村の防衛を任せた人以外のすべての人々が集まっている。
ジークをはじめ、最初期に悠と共にこの村にやってきたメンバーたちは、悠の指導と日々の特訓の成果もあり、今や数人がかりであれば野生の牛や豚といった大型動物を、怪我もなく安定して狩れるまでに成長していた。
「目標は、クマを『四人』だけで狩れるようになることだ! それができないと、その奥にある『魔獣のいる森』の開拓へは進めることはできない! 諸君にはもっと強くなってもらう! 人間の生存権を奪還せよ!」
それっぽいことを言ってみる。一度は言ってみたかったんだ。
「任せてください、村長様!」
ジークが頼もしく胸を叩き、他のメンバーたちも闘志を燃やしている。強くなってもらわなければ、この過酷な辺境で生き抜くことはできないのだ。
◇◇◇
夕暮れ時、悠はドレイク邸の縁側で、ぽつりと一人、夜空を見上げていた。
空には二つの満月が並び、静かで冷たい光を大地に投げかけている。
「そろそろ、家畜を飼う場所を決めないとな……」
悠はそんな今後の開発計画を頭の中で組み立てながら、手にした陶器製コップの日本酒を一気に喉へと流し込んだ。
くうっと喉を鳴らし、ふぅと満足げな息を吐き出す。
「ぷはぁ……! やっぱり、月見酒はどこの世界でも変わらず美味いなぁ」
黄金色の月光を浴びながら飲む日本酒は、一日の疲れを綺麗に洗い流してくれるようだった。
悠ののんきで、しかし着実な村開発は、新しい仲間たちと共に、明日からも力強く続いていく。
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