第47話 ファンタジーの連続
「『経験値石』……? 何だそれ、それ以外の情報もないな…」
手に取ってみると、じんわりと温かい何かを感じる。
そういえば、今の自分自身のステータスはどうなっているのだろう。次のレベルまでに必要な経験値量でも確認できるかと思い、自分自身をレベル欄を鑑定してみる。
しかし、ステータス画面には現在のレベルが表示されるだけで、次のレベルへの詳細な必要経験値の数値などは見ることができなかった。どうやら、この世界のシステム的にもそこまでは開示されていないらしい。
他に落ちているものがないか周囲を隈なく探してみたが、小石以外には特に何も見当たらない。
だが、ふと俺が小石を投げ飛ばした際、その勢いで削れた壁の断面に目が留まった。
「……なんだ、あの壁?」
削れた岩肌の奥から、ギラギラとした七色の光が漏れ出している。そのビジュアルは、ゲームで言うなら明らかに「私は超重要で超希少な鉱物です!」と主張している派手なエフェクトそのものだった。
気になって近づき、その光る鉱脈を鑑定してみる。
【タングステン鉱石】
【オリハルコン鉱石】
【アダマンタイト鉱石】
【ミスリル鉱石】
【ギルファス鉱石】
【エーテル鉱石】
「……は? え、ちょっと待て。オリハルコンにアダマンタイト、ミスリル……!? はいファンタジー来ました!」
聞いことがあるような無いような『ギルファス鉱石』や『エーテル鉱石』という名前も並んでいるが、『ミスリル鉱石』と一緒にあるんだ、重要な鉱石に違いない。
俺は即座にアイテムボックスから使い慣れたダイヤモンド製のツルハシを取り出し、一心不乱に壁へと叩きつけた。
ガキン! ガキン! と心地よい金属音が響き渡り、希少な鉱石たちが次々と剥がれ落ちていく。俺は興奮のあまり鼻歌を歌いながら、ある程度まとまった量の鉱石を次々とアイテムボックスへ放り込んでいった。
その時だった。
壁から転がり落ちた『タングステン鉱石』の塊に、俺の手が直接触れた途端。
――シュワァ……。
触れた瞬間、鈍い銀色が、まるで熱を帯びたかのように赤みがかった黄金色へと変化した。
「……ん? 色が変わった? 鑑定」
【ヒヒイロカネ鉱石】
「……」
俺はそっと手を離し、立ち上がった。
そして、深く深呼吸をする。
「よし、見なかったことにしよう」
タングステンは、俺が触れると別の金属【ヒヒイロカネ鉱石】へと変質してしまうらしい。これがどんなものなのか分からないので、他の鉱石と共に封印しておくことにする。あまりにも危険すぎるからだ。良い物に集まって来るのはなにも、良い人だけではないのだから。
俺はアイテムボックスからトングを取り出すと、タングステンに素手で触らないよう、細心の注意を払って掴み、アイテムボックスへと押し込んでいった。
「よし、気を取り直して、今度こそ宝箱を探そう!」
鉱石の山を回収し終えた俺は、さらに坑道の奥へと冒険を再開した。
――そして、結論から言うと、宝箱はひとつもなかった。
道中で遭遇した猪もどきや、その他の影のような動物たちにも、今度は手加減して捕獲できないかと色々と試してみた。だが、投網を投げようが、足払いをかけようが、彼らは何らかの物理的な衝撃を受けた瞬間に、すべて例外なく「パァン!」と呆気なく霧散してしまうのだ。
結局、ドロップするのはどれも『経験値石』ばかりで、その他の素材や肉などは一切手に入らなかった。
「うーん、やっぱり動物とは根本的に違う存在なんだな。鑑定しても『混沌種』としか出ないし、謎が多すぎる」
とはいえ、収穫がなかったわけではない。
俺は、集まった大量の『経験値石』を大きめの葛布袋にパンパンに詰め込み、それを肩に担いだ。
「よし、そろそろ、戻るか! ……ん?」
俺はふと、足を止めた。
前後を見渡す。どちらを向いても、全く同じような青白い光に照らされた、巨大な坑道が続いている。
「……あれ? 俺、どっちから来たっけ?」
冷や汗が背中を伝う。
右を見ても、左を見ても、自分が歩いてきた足跡など残っていない。
極度の方向音痴が、この広大な地下迷宮で発揮されてしまった瞬間だった。
◇◇◇
冷や汗をだくだくと流し、何度も同じような道を行ったり来たりしながら、俺は半ば泣きそうになりながら壁にマーキングをしつつ、なんとか螺旋階段の麓へと辿り着いた。
そこから、下を見ないようにして手すりにしがみつき、必死に階段を駆け上がる。
ダンジョンの入り口から這い出るようにして地上に戻ると、空はすでに美しい茜色の夕焼けに染まっていた。
「あ! 中から人が出てきたぞ!」
見覚えのない、きらびやかだがどこか汚れた鎧を着た兵士が、俺の姿を見て大声を張り上げた。
その声に反応して、採掘場の周囲から一斉に人々が集まってくる。
「悠君! 大丈夫だった!? ケガはない!?」
真っ先に駆け寄ってきたのは絢乃だった。心配でたまらないといった様子で、俺の肩や腕を掴み、怪我がないか念入りに確認してくる。
その少し後ろでは、茉莉が腕組みをして仁王立ちしていた。その表情には一切の笑みがなく、ただならぬ無言のプレッシャーを放っている。「お仕置きが必要ね」という無言のメッセージが痛いほど伝わってきた。
さらにその隣では、ルフが「ほら、無事に帰ってきたでしょう?」と言わんばかりの、平然とした涼しい顔で佇んでいた。
「悠! 無事だったか!」
人混みをかき分けて進み出てきたのは、かつて何度も戦火をくぐり抜けてきたのであろう、年季の入った騎士の防具に身を包んだ領主――ハンナ男爵だった。
「ハンナ様!? お久しぶりです! ……って、どうしたんですか、その完全武装。それに、周りの皆さんも……」
周囲を見渡すと、男爵の後ろには、彼と同じようにフルプレートの重甲冑で身を固めた騎士や兵士たちが、ずらりと並んで武器を構えていた。まるですぐにでも戦争が始まるかのような、極限の警戒態勢だ。
「どうしたも何もない! 君がダンジョンに『落ちた』と聞いて、大急ぎで救助隊を編成してここまで馳せ参じたのだぞ!」
「え? 落ちた?」
俺が戸惑って茉莉に目を向けると、彼女はすっと視線を逸らしつつも、口元だけで「話を合わせなさい」と動かしているのが見えた。
そうゆう事か、俺が勝手に入ったとなると角が立つから、「事故で落ちてしまった」ということにしたらしい。流石は茉莉、機転が利く。
「あ、ああ! そうなんです! 粘土を採掘しようとしたら、足元が急に崩れて、うっかり下に落ちてしまいまして! いやあ、本当に焦りました!」
俺は大げさに頭を掻きながら、話を合わせた。
「ですが、ご心配なく! 大したケガもありませんし、中にはそれほど強そうな動物もいませんでしたから。まあ……途中で大きな虎が出てきたときは、心臓が止まるかと思いましたけどね」
もちろん嘘だ。虎は出てきたが、霧散している。
「な、何だと……!? 虎を、単独で討伐したというのか!? しかもダンジョンにいる虎をか!?」
ハンナ男爵が目を見開いて絶句した。この世界において、虎などの大型肉食獣は、完全武装の騎士が数十人で挑んで倒せるかどうかという強さを持つ猛獣だ。それを丸腰の悠が一人で倒したとなれば、驚愕するのも無理はない。
「ええ、まあ。でも、中の動物は倒した途端に霧みたいに消えてしまって、お肉も毛皮も何も取れなかったんですよ。……ああ、でも、その代わりにこの黄色いきれいな石が取れました」
俺は肩に担いでいた葛布袋を下ろし、中から黄色く透き通った『経験値石』をいくつか取り出して見せた。もちろん、これが『経験値石』という名前であることは伏せておく。鑑定スキルが使えないことになっている手前、ただの「きれいな宝石」として扱うのが安全だ。
「こ、これは……? 見たこともない宝石だが、何か動いているような……」
ハンナは受け取った石を太陽にかざし、考え込んでしまった。
「虎を単独で討伐し、無傷で帰還……おまけに未知の鉱石を持ち帰るとは。悠、君という男は本当に……いや、無事で何よりだった、と言うべきか……」
ハンナは頭を抱え、自分の常識と目の前の現実のギャップに深く苦悩しているようだった。
「あ、そうだ。この石、半分差し上げますよ。国や上層部への報告用に使ってください。ダンジョンの調査報告書にこれを添えれば、男爵様のメンツも立ちますよね?」
「なっ……! これを私に? ……あ、いや、確かにこれがあれば、上への報告は非常にスムーズに進むな。……ありがたく貰い受けよう」
ハンナは恐縮しつつも、差し出された石の価値を認め、丁重に受け取った。
気がつけば、太陽は完全に山の端へと沈み、周囲は急速に夜の帳に包まれつつあった。
「もう遅いですし、今日はこのままドレイク村に泊まっていかれませんか? 温かいお風呂と、美味しいお酒を用意させますよ」
「……あ、ああ。では、お言葉に甘えてそうさせてもらおうか」
ハンナ男爵は、本当にこれでいいのだろうかと自問自答を繰り返しながらも、ドレイク村の温かいもてなしの誘いに、顔を引き締めるのであった。
結界の綻びがもたらしたダンジョンの出現。
無事(?)に戻った悠。
そして、予定より早く訪れた領主ハンナ男爵。
ドレイク村の街開発は、予期せぬロマンとダークファンタジーの影を踏みながら、新たな局面へと動き出す。
男爵様が訪れるまで、残り、0日?
最後までお読みいただきありがとうございます。




