第46話 朝起きたらダンジョンがありました
「どうも悠です。こちらをご覧ください。何ということでしょう。昨日までただの粘土採掘場だった場所に、地下へと深く降りていく螺旋階段が出来ているではないですか! 匠の遊び心あふれるリフォームにより、ドレイク村に新たな観光名所が誕生しました。それでは、早速この謎の地下空間へ突撃してみたいと思いま――」
ひとりで拳を握りしめ、マイクを持つような仕草で解説していた俺は、背後から強烈なプレッシャーを感じて口を噤んだ。
ガシッ。
両肩にずっしりとした重みがかかり、そのままぐいっと身体を持ち上げられる。
振り返るまでもない。この無駄のない、かつ容赦のないホールド感。
「ルフさん、冗談です。冗談なんです。だからその、ちょっと羽交い締めにするのやめて? 降ろして? 絶対に勝手に降りたりしませんから。茉莉とあやちゃんの合流をちゃんと待ちますから!」
ジタバタと足をばたつかせると、背後にいたルフは、ふうとため息をついて俺を地面にそっと下ろした。その整った顔立ちには、「何をやっているんですか、この人は」と言わんばかりのあきれ顔が張り付いている。
「村長様、冗談で済む話ではありません。これは――『ダンジョン』と呼ばれるものです」
ルフの後ろから歩み寄ってきたジークが、これまでにないほど厳しい表情で螺旋階段の暗闇を見つめていた。それ以外の村人も勢ぞろいしている。
「ダンジョン? あの、ファンタジー小説とかゲームによく出てくる、魔物がうじゃうじゃいて、お宝があるっていう、あのダンジョンか?」
俺の言葉に、ジークは静かに首を縦に振った。
「そこまで詳しくはわかりませんが。……村長様、これは決して歓迎すべき事態ではありません。なぜなら、過去にダンジョンが現れた地域は、壊滅しているのですから」
「え? 壊滅?」
一気に跳ね上がったテンションが、ジークの冷ややかな一言で急速に凍りついていく。
「過去に、ここよりさらに北の地域で同じようなダンジョンが発生したことがあったようです。その際、伯爵様が治める『司』規模の地域がまるごと一つ壊滅したのです。子爵様が治める『導』三つ分に相当する街がすべて踏み荒らされ、生存者はわずかしかいなかったと記録されています」
「う、嘘だろ……。そんなに危ないのか?」
「はい。中には通常の魔獣を遥かに凌駕する個体が潜んでいたという文書もあります。これは一刻を争う事態です。すぐにでも領主であるハンナ男爵様に報告し、騎士団の派遣を要請すべきです。……なんです? その、ひどく落胆したような顔は」
ジークにジト目で睨まれ、俺は肩を落としてため息をついた。
「だってさぁ……やっと目の前に楽しそうなファンタジー要素が現れたと思ったら、蓋を開ければダークファンタジーだったなんてさ。誰だよ、こんなの設置したやつ。異世界チェンジしたいわ……」
そんなくだらない愚痴をこぼしていると、背後から「あら、お待たせ」と、聞き慣れた涼やかな声が響いた。
振り返ると、茉莉と絢乃がこちらへと歩いてくるところだった。どうやら採掘場に突然現れた異変を聞きつけて、急いでやってきてくれたらしい。
「茉莉! あやちゃん!」
「悠。勝手に中に入ろうとするなんて、絶対に危険な真似はさせないわ」
茉莉は腕を組み、冷たい眼差しを俺に向けている。
「そこをどうにか……! すぐに帰ってきますから。入り口をちょろっと覗いて、どんな雰囲気か見てくるだけだから! お願い、俺にファンタジーを味わわせて!」
両手を合わせて必死に懇願する俺を見て、茉莉は困ったように眉をひそめた。そして、隣に控えるルフに視線を移し、小さく耳打ちした。
「……ルフ? このダンジョンというものが何なのか、知ってるかしら?」
ルフは首を横に振った。
「いえ、私にも分かりません。ただ、見たところ地球の禁足地とは異なるようです。不穏な空気は感じますが、中から感じる気配はどこか奇妙で……」
「ジーク、それ以外のダンジョンの事例や、中に入った時の注意点は?」
茉莉に尋ねられたジークは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません、スミレ様。魔獣より強力な何かが中から出てくることぐらいしか、私も存じ上げないのです。とにかく危険だということしか……」
「うーん……」
茉莉はしばらく螺旋階段の奥を見つめて考え込んでいたが、俺の「頼むから入り口だけ!」と言わんばかりの懇願するような目線に耐えかねたのか、小さくため息をついた。
「……はぁ。本当に、少しだけよ? 入り口付近の安全を確認するだけ。何かあったらすぐに戻ってくること。いいわね?」
「いいの!? やったー! 茉莉、愛してる!」
飛び上がって喜ぶ俺に、茉莉はぴしゃりと釘を刺した。
「戻ってこなかったら、一生口をきいてあげないからね。……絢乃、ルフ、私たちは急いで男爵様に報告を送りましょう」
「ええ、そうね。悠君、絶対に無理はしないでね?」
絢乃も心配そうな表情で俺を見つめ、頷いた。
「了解! じゃあ、ちょっくら行ってくる!」
俺はふたりの忠告を胸に刻みつつ、胸を高鳴らせて螺旋階段の一歩目を踏み出したのだった。
◇◇◇
――カーン。
「うぅわぁぁぁぁっ!? ……な、何だ、びっくりした。俺が手すりを蹴った音か……」
暗闇に響き渡った甲高い金属音に、俺は心臓が飛び出るほど驚いてその場に飛び上がった。
――ゴン、コン、コンコン。
「ひぃやぅっ!? ……な, 何だ、ただの小石か……」
頭上からパラパラと落ちてきた小さな石ころが肩に当たり、情けない悲鳴をあげる。
螺旋階段の内部は、地上の陽光が届いていないのに謎に光っている。冷たくじめじめとした空気が肌にまとわりつき、まるで古いお化け屋敷か、あるいは幽霊が出そうな廃墟の地下室を歩いているような気分になる。
ぼんやりと足元が見えるくらいの明かりを頼りに、俺は冷え切った手すりに文字通りしがみつきながら、一歩一歩ゆっくりと階段を下りていった。
何を隠そう、俺は極度の高所恐怖症なのだ。
この手すりが無かったら、間違いなく四つん這いになって、無様な格好で一段ずつ這い下りていただろう。
「……くそ、さっき地上であんなに駄々をこねていた自分を、思いっきりビンタしてやりたい」
謎の光源と冷気、長引く階段に、俺の冒険心はすでに消えかけていた。
だが、どれほど降りただろうか。やがて、足元にぼんやりとした地面の影が見えてきた。
「おお……やっと着いた……」
階段の終わりを踏みしめ、周囲を見渡す。
そこは、想像していたような狭く息苦しい地下空間ではなかった。まるで巨大な鉱山の主要坑道のような空間が広がっていた。
幅は電車が三台すれ違えるほどに広く、高さも電車二台分はゆうにありそうだ。岩肌には、ぼんやりと青白く光るコケのようなものが付着しており、それが空間全体を神秘的に照らし出していた。
先ほどまでの高所への恐怖は嘘のように霧散した。代わりに、胸の奥から湧き上がってきたのは、『子供のような冒険心』だった。
「おっしゃあああ! ダンジョン到着! これぞファンタジー! お宝探すぞ!」
俺は拳を突き上げ、暗い坑道の奥へと歩き出した。
しかし、舞い上がっていた俺は、ひとつの致命的な事を完全に失念していた。
入り口だけ見て帰ると約束したことを――
そして自分が、極度の方向音痴であることを――
◇◇◇
しばらく坑道を歩いていると、前方に何か動く影が見えた。
目を凝らすと、それは猪に似た姿をしていた。だが、普通の動物とは明らかに違っていた。その身体はどこか輪郭がブレており、まるで揺らめく黒い影そのものが実体化したかのような不気味さを持っている。
「おいおい、さっそくお出ましだな。一応、鑑定してみるか」
スキルを発動してみるが、表示されたステータス画面にはただ一言、簡易的な文字が浮かび上がるのみだった。
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『ステータス』
【混沌種】
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「混沌種? 名前もレベルも分からないな……。まあいい、とりあえず様子見だ」
俺は足元に転がっていた、握り拳ほどの大きさの石ころをひょいと拾い上げた。
そして、何の気なしに、小石を軽く投げ飛ばして猪もどきへとぶつけてみた。軽い牽制のつもりだった。
――パァン!――ドゴォォン!
乾いた破裂音とともに、猪もどきは激しく爆散した。
黒い霧のような粒子が四散し、あっという間にその姿は消え去ってしまう。後に残されたのは、静まり返った坑道だけだった。
「……え? 嘘だろ、爆散したぞ。弱すぎないか?」
きっと、見た目だけのハリボテモンスターだったのだろう。俺は拍子抜けしながら、猪がいた場所に歩み寄った。
地面を見ると、そこには黄色く透き通った、宝石のようなものがひとつ転がっていた。
「お、ドロップアイテムか? 鑑定」
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『鑑定』
【名前】経験値石
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